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プロローグ

気付いた時には既にこの状態だった。


まわりは闇そのもので暗く何も見えない。


何度も胃酸が通った喉奥は辛く、乾いた鼻孔が呼吸を妨げている。


来たるべき瞬間を待ち、早鐘を打つ私の心臓はもう限界なほど苦しい。


どくどくと脈打つ振動で脳が揺れ、首が千切れそうだ。


もう何度、夢ならばと願っただろう。


もう何度、時間を巻き戻したいと願っただろう。


荒唐無稽な状況で荒唐無稽な望みを願い、叶わぬならいっそ早く死んでしまいたいと何度願っただろう。


これは、これ以上悪くなりようがない最悪。


私は今、途轍もなく深い穴に落ち続けている。


一人深い穴の淵に立ち、恐る恐る覗き込んだことは覚えている。


そこから今までの、はっきりした記憶が無い。


今、なぜこうなっているのかがわからない。


酷い頭痛と目眩がする。


問答無用の浮遊感に臓腑を絶えず揺さぶられ、口から全て飛び出してきそうだ。


風の纏まったうねりが顔に当たり、乾いた口蓋と舌が張り付き息が苦しい。


そもそも、こんなにも長い時間落ち続ける深い穴が現実にありえるだろうか。


もしかしたら、自分の感覚が引き伸ばされているのでは、と思う。


極度に緊張し集中したアスリートなどには、こういう瞬間が訪れることがあると聞いたことがある。


だからこそ今、私は1秒を1分にも感じているのではないか。


だが暗闇の中で観測者も居ない今、確かめる術などない。


落ちてきた闇を見ながら、ふと思う。


仕事も荷物も、全てそのままで出てきた。


誰も、私ですら、戻らないとは思わない。


私が戻らないことを、誰かは気付いているだろうか。


探してくれているかもしれない。


だからといって、私がここから助かる方法は皆無だ。


見当もつかない。


そんなどんでん返しは現実には存在しない。


私はあと、どのくらいで終わるのだろう。


ここが地獄か、と思う。


そもそも、この非現実な状況は夢ではないのか。


本当の自分はベッドにいて、地獄に落ちる悪夢を見ているのではないか。


そうであってほしい。


そうに違いない。


太腿をつねるとピリピリと脚の脇を亀裂が走る感覚があり、ストッキングが破れたのだとわかった。


べとつく顔にまた涙が流れる。


ひきつれる皮膚にまた髪の毛がまとわりつく。


それら全てが実に不快で、とても現実的だった。


くやしい、と小さくつぶやいて少し笑う。


どうせ誰も聞いていない。


誰も見ていない。


なのに私は何を我慢している?


今度は半ば叫ぶように口に出す。


くやしい。


くやしい。


くやしい。


声を限りに、ありったけの力で喚く。


意味のある言葉ではない。


ただやり場のない感情を闇にぶつける。


助けて。

誰か。

苦しい。

もう嫌だ。

もう終わりたい。

怖い。死にたくない。

なぜこんなことに。


誰も聞いてない。


何も聞こえない。


私は、本当に叫んでいるのか?


これは現実なのか?


私は、本当に生きているのか?


もう息を吸いたいのか吐きたいのかすらわからない。


底に強く打ち付けられ小さな肉片になる自分を想像して、私はまた意識を失った。




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