ありえない
ルギオスさんに許可を貰ってペンダントの青年を観察する。
特徴のある金のくせっ毛に初夏を思わせる瞳。やんちゃそうに微笑む口元にはどこか幼さがあるが私の知っているアスランだ。
「あの、弟がどうかしましたか? なんだかひどく驚かれているようですが」
あ、いえ……ととりあえず言葉を濁す。
とてもじゃないけど本当のことなんて言えない。
「なーにー? 教えてよ。気になるじゃん」
にこにこというよりニヤニヤしながらディミータさんが私を見ている。
本当のこと言ってもいいのかな? でも、そうしたら私が異世界から来たことも言わないといけないよね。
どうしようか迷ってるとスっとディミータさんから茶化すような表情が消える。
「もしかして、リュッツイ……リュツイフェールって奴から口止めされてる?」
「いえ……」
「じゃあ、話してよ。口止めされてないならおいおい僕らにもまわる情報だろうからさ」
なら、話しても大丈夫だよね? 口止めされてないから。
横でうんうんとルギオスさんも頷いてるし……それにアスランのこと心配しているよね。
「話す前に確認させてください。ルギオスさん、弟さんの名前はアスラン・ファーバー・レヴィンスで合ってますか?」
目を一瞬見開いて深く頷く。
「お二人がどれだけ私のことを知っているか知りませんのでまず私のことからお話させてもらいますね」
ゴクンッと生唾を飲む音が聞こえた。
「私はこの世界とは違う地球という惑星の日本に生まれました。
物心ついた時には両親は既に他界していましたが、三人の兄と一人の姉、それから二人の同居人と何不自由暮らしていました。
兄と姉は必要以上に過保護でこの歳で一人で買い物に行くと言っても反対したり私のあとをこっそり付けてきたりします。私が一度怒ってからは同居人である二人がついてくるよつになりました。
私はそれだけ大切に育てられてきたんだと思います。
本当は家に帰りたいです。けれど、初めにリュツイさんに言われました。向こうへ帰れる術がないと」
二人の表情がかたくなる。
ディミータさんは何か考え込むように顎をさする。
「だけど、それだと一つ不思議なことがあるんです」
こっちから地球に行く方法がないならあってはおかしいこと。
「先程話した二人の同居人。その一人は私の姉の夫、つまり私の義理の兄です。
その義理の兄の名前がアスラン・ファーバー・レヴィンスなんです」
はい? とディミータさんがいい、アスラン? とルギオスさんが言った。
「アスランが? アスランは生きているのか?」
握りしめたペンダントの青年を震える手で撫でる。
一方でディミータさんは顔つきがいっそう険しくなる。
「ねえ、からちゃん。こっちに来るときのこと覚えてる? なんか空から降りてきたって僕らは聞いているんだけど」
そ、そんな神様チックな登場してないよ! 気づいた時にはベッドの上だったし、あれからリュツイさんにも会ってないから結局どんな風に転移したか私自身もよくわかってない。
それに……運命の主様いわく誰かが私を意図的にこっちに呼んだ可能性が高いらしい。
「目の前が急に暗くなって目が覚めたらこっちに来てました」
手掛かりはこれだけ。
少なすぎる情報にディミータさんもうーんと頭を悩ませている。
「もし、そのちきゅうとこちらが単なる時空の歪みで繋がったんじゃないならどこかに扉があるはずだ。そして、そんな世界を揺るがす存在を僕らに知らせないわけがない。となると」
ちょうどそこで馬車が止まった。ちらっと窓から外を見ると立派なお城が見えた。
「ルギオスはリュッツイにからちゃんのことを報告しといて。僕はちょっと出かけてくる」
馬車から降りるなりディミータさんは廃墟で会った時とは別人のような顔つきで足早に去っていった。
会場だった城の大広間は壁が吹き飛びきらびやかな中がまる見えになっていた。
無事だった私を見てリュツイさんはひどくほっとした様子で襲撃後のことを聞いてきた。
話がややこしくなるのでアスランのことは省いて話すと顔を曇らせルギオスさんと共に部屋を出て行った。
ぽつんとだだっ広い部屋に一人になった。
途端に突き刺さった槍が頭に現れる。そのあとに響く様々な音が混ざった雑音が耳元でうるさくなる。
全身が震えた。目の前が暗くなった。
私は死んでもおかしくない場所にいたことを今更のように思い出した。
いかなる理由であれ私はあの仮面の人に助けられたのだ。
『こっち』
抱き上げられたときに聞こえたような懐かしい声が頭に響く。
いるはずがない、そう思うほど求めてしまう。会いたくなる。帰りたくなる。
忙しさに恋しい気持ちが埋もれていたのに、隠していたのに。
胸の奥に押し込んだ思いが一気に噴き出して全身を駆け巡る。
「帰りたいよ…………姉さん…………」
何の取り柄もない私がぼっちの世界でうまくやれるはずがない。
探そう、帰り道を。
アスランがこっちの世界のヒトだったなら絶対に帰れる方法がある。
必ず帰ろう。私の大好きな家族がいる家へ。
伝説なんて知らない。
こっちの事情なんて知らない。
絶対に家族のもとに帰ってみせる。




