勇者様。
ここはアルテア王国、王都。貿易商業共に盛んなこの都市では、今日も数多くの冒険者がダンジョンへ潜り洞窟へ潜り依頼をこなし、報酬を得て生活を送る。
冒険者といっても、職業は様々。
代名詞の剣士や弓手や槍手や魔導師や治療師。召喚士、格闘家、騎士、魔法戦士、死霊魔術師、上げたらキリがないほど職種は多い。
そして今日、僕、テオルドは、初めてこの地に足を踏み入れた。
「おいおい、今日あの方が帰ってくるってホントかよ!」
「噂には聞いてるが、この目で見るのは初めてだ」
「本当に会えるのかな、王都では一番有名な勇者だけどここには一切姿を見せた事は無かったし」
「ていうか、絶対何かあるでしょ!冒険者ギルドでパーティ組んじゃうんじゃない?!」
「えぇ、まさかぁ。あの方はずっとソロでやって来たのに、今更そんな事ってないと思うよ?」
「でもでも、分からないでしょ?!もし指名されたら、端くれ冒険者の私達も有名になれちゃうかもよ?!」
「何だろう?この人だかり⋯⋯ 」
父さんから、王都はこの国で一番栄えてるって聞いたけど、いつもこんなに賑やかなんだろうか。何だか、普通じゃないような気がする。さっきから冒険者ギルドの入り口は人でいっぱいだし、冒険者ギルドに来るまでの広い大通りにも、ぞろぞろと沢山の人が集まってる。
そしてさっきから、誰もが「あの方」と噂してる。
「あの方って誰なんだろう」
もしかしたら、知らないのは僕だけかも知れない。
「うわっ!っ、危ない!」
なんて事を考えてたら、後ろから押されて思わず柱にしがみついた。背中に背負った重い荷物のせいで体はどんどん疲労して行くのが分かる、だけどさっきから全く身動きがとれない。
「はぁ、お腹空いたなぁ」
いい香りのする屋台を何度も何度もじぃっと見つめては、値段の紙を見て項垂れ、ため息をつきを繰り返してきた。 一時間前、ようやく王都にたどり着いた頃、小麦パンを口に運び、噛みしめるように長く味ったのが最後だった。
「元々食料もそんなに持ってこなかったし、仕方ないんだけどさ」
あまり体力を使わないようにぼーっとしてると、ふと周囲が一斉にざわつき始め、誰もが目を輝かせて一方を見つめる。
「「「勇者様だ!」」」
皆が口を揃えてそう呼んだその先で、僕も身を思わず乗り出す。
「勇者⋯⋯様?」
赤い、煌々と燃えるような目の少女。まだ年端も行っていないように見える。軽装備に背中に背負った大剣、とても大きい、小さな少女の体にはとても似合わないはずなのに、その子にはとても似合ってるように見えて、なぜか目が離せない。
(すごい、な)
皆揃って勇者様と名前を呼ぶのに、その子は一切手を振りも歓声に応えもしない。ただ歩き続けて、冒険者ギルドの看板の前で、赤いマントを風に揺らしながらピタリと足を止めた。
そして初めて、口を開いた。
「そこ、退いてもらえないか」
ビックリするほど口調には似合わない幼い声、言ってしまえば少女の声。冒険者ギルドの前にいた団体の冒険者達は我先にと道を譲る。
「ありがとな」
そして軽い返事で、周りの視線を諸共せずに冒険者ギルドの中へ入っていった。
「っ、わっ!ちょ、っ!」
その瞬間、人混みは一斉に冒険者ギルドの方へ移動して行く。
「いてぇ!」
「うわっ、あっ、ごめんなさい!」
そして人混みに流されて、僕は気づけば冒険者ギルドの立派な建物の中へ入ってしまっていた。
「冒険者ギルドに入ったってことはやっぱりパーティを組みに来たんだわ!」
「出来るだけ側に行ってアピールしましょうよ、こっちは魔導師も弓手も揃ってるんだから!」
「おい、俺らのパーティが先だ!そこを退け!」
「⋯⋯すごいな、本当にいるんだ。冒険者って」
剣士、弓手、槍使い、魔導師に治療士、重そうな装備に軽そうな装備、綺麗な装備に薄汚れた装備、汗臭い人達、溢れんばかりの熱気、壁にみっちりと貼られた依頼の紙、受付。
全部、目に映るものは初めての世界。
「そういえば、勇者様?は何処に行ったんだろう」
背伸びをすると、少しだけだけど勇者様と呼ばれるあの子の姿が見えた。何か話し込んでるようだけど、流石にここからじゃ聞こえない、周りの人達も興味津々に耳を傾けてる。
「⋯⋯もしかしたら、今がチャンスなんじゃ」
今はほとんど人混みも動いてないし、ここから出るなら今が一番のチャンスだ。そもそも僕は仕事を探しに来たんだ、家出をした今、冒険者なんて不安定な職業になる気はないし、早く求人募集の広告を見つけたい。
「よし、行こう」
ゆっくりと人混みをかき分けて、僕は入り口を目指して歩き出した。
と、その時。
「ここに治療士はいるか」