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【短編】

好きなロックバンドを有名にさせたいなら、グッズを買ってあげないと。


「これ、落としたみたいだよ」


彼女は僕に

そう告げた。


僕はそれを落としたのは

わざとやったことなので


全然驚いたことではなかったが

敢えて驚いた振りをした。


「ありがとう」


僕は顔を上げずに、そう彼女に告げると

落としたタオルを受け取る


僕は足早にその場を去る

心臓はバクバクと鼓動を鳴らす


ひどく安心している

手は汗でびっしょりだった




-----------------------------------


僕は遂にある計画を

実行した


昨夜徹夜して5時間かけて

つくったものだった


計画の概要はこうだ

心して聞くように


時は放課後

僕は部活帰りの君を"スターバックス"で待つ


窓際の席でアイスコーヒーでも飲みながら

彼女が一人でその前を通りかかるのを待つのだ


彼女が友達と一緒なら

計画は中止


でももし彼女が一人だったなら

僕は急いでスターバックスを出る


そして早歩きで

彼女のことを追い越す


10mほど突き放したあたりでぼくは

おもむろに鞄を漁りだす


そのとき自然を装って、彼女の好きなロックバンドの

ロゴが入ったショートタオルを地面に落とす


僕は気づかない振りをして

そのまま歩き始める


そうすると優しい彼女が

拾ったタオルを僕に渡してくれる


ここまでが僕の作戦

ここまでうまくいけば僕の勝ち。100点だ


追加オプションで君が

「このバンド好きなんですか?私も好きなんです」


って話しかけてくれたなら

120点だ


そしたら、僕は

「君も好きなのかい?よかったらそこのスタバでトークでもしないかい?」


と気さくに話し掛ける

ここまで出来たら700点


...だがこれは夢物語

実際は目を見て喋ることもできないだろう




-----------------------------------


僕は家路を急いだ。

(よし、申し分ない成果だ。彼女と会話をすることに成功したぞ)


僕は100点の成果に満足しながら、

高鳴る鼓動に自然と早くなる足元を見ていた。


時折前を歩く人と

ぶつかりそうになったりもした


「あのー」

後ろから声が聞こえる


何となく彼女の声に聞こえたが

そんなわけはないので、無視してスタスタ歩く


そしたらトントンと

肩を叩かれた。


僕は振り向くと

彼女がそこにいた。


僕は驚いて

心臓が口から飛び出しそうになった


「ごめん。驚かせちゃったね」

彼女もまた、僕のあまりの驚き様に目をパクチクさせていた。


「ど、どうしたの。山咲さん」

僕は言ってから"しまった"と思った。


彼女にとって僕という存在は

"ただのタオルを落とした初対面の人"だった


僕が彼女の名前を知っている

はずはなかった


「いや、そのたまたま名前を聞いたことがあって...」

僕は必死に言い訳をした。


「君さ。もしかしてわざとタオルを落としたの?」

彼女がそう言った


僕は心臓をぎゅっと掴まれた様な

気がした


そして頭の奥がズシンと重たくなるのを

感じた


「いや...そんなわけないじゃんか。鞄の中を探ってたら偶々落としちゃって...」

言葉が口から滑り出る様に出た。


「ふーん」

彼女が訝しげに僕を見ている


「スターバックスの店内にいた君が走って私を追い越した後に、私が好きなバンドのタオルを落としたことは、全くの偶然だったわけね」

彼女は捲し立てる様に言った。


あの時僕は、陸上部の彼女の歩く速度の速さに

早歩きでは間に合わないことを悟った。


その為走って彼女の傍を通り過ぎた

あれが不自然だったか


僕は恐らく顔面蒼白になっていたと思う

上手く呼吸が出来なかった。


どう取り繕っても彼女から嫌われてしまうことは

避けられない様に思えた。


「いや...あの...その...」

自分の声が掠れているのが分かる


頭の中は真っ白になって

もう素直に打ち明ける以外の手を思いつかない


僕はその場に膝をつくと

頭を垂れた


「すいません。わざとやりました...」

僕と彼女の物語は終焉を迎えた。




-----



「そんな恥ずかしいことするの辞めなよ。ほら、早く立って。私がすごく悪いことしてるみたいじゃない」


そう彼女に言われて

僕はすっかり虚ろになってしまった体を起き上がらせようとした。


(あれ、どうやって立ち上がったらいいんだっけ)

僕は片膝を立ててからどうしていいのか分からなくなるほどに混乱していた。


そんな姿を見かねてか、彼女が僕の腕を引っ張ってくれた

普段なら死ぬほど嬉しいはずだけど、今はちょっとしか嬉しくない。


彼女が僕の学生ズボンの膝についた汚れをパンパンと叩いてくれている

普段なら過呼吸になるほど嬉しいはずだが、既に別の原因で過呼吸になりかけていたので、大丈夫だった。


「よし、これで綺麗になった」

彼女はそう言って立ち上がると僕の目をまっすぐと見つめた。


「あのバンド好きなの?」

彼女がそう尋ねた。


「いや...興味なかったんだけど、山咲さんが好きって知ってから聞くようになって...今は毎日聞くくらい好き...」

"ふーん"と彼女が口を尖らせる。


「なんの曲が好き?」

彼女が続けてそう尋ねた。


「...2枚目のフルアルバムに入ってる"sunday night sunny"が一番好き。あとインディーズの頃の"fuga"も。」


「あっ分かる。サンディナイトサニーはめちゃくちゃテンションあがるよね。フーガもメロディがすごい好きだな」


彼女はふふふと楽しそうに笑った。


「周りの友達はあんまりロックとかに興味なくってさ。君とだったら語り合えそうだね」


「いや、僕もこのバンドしかよく知らないんだけど...普段はアニソンとかしか聞かない...」


「じゃあ今度オススメのバンドのアルバム貸してあげるから、聞いといてよ。」


山咲さんはそういうと鞄を地面から拾い上げて、僕に背を向けた。


「では、今日はこれくらいで。ばいばい。"野中くん"」


そういうと彼女は去っていった。




-------------




僕は家に帰ると今日起こった出来事の反省会を始めた。


自分の犯した失態を責める時間はそれほど多くなく、


むしろ彼女と会話を交わしたあの数十秒を何度も、フラッシュバックしてはにやけていた。


普段なら緊張して会話にならないはずだが、あの絶望的な状況が僕にはプラスに働いたようだった。


そして、最後に彼女は僕の名前を呼んでくれたのだ。


(いつ、僕の事を知ってくれていたのだろう。)


僕は彼女に知ってもらえていたことが嬉しかった。


(よし、今日は明日の彼女との会話プランを練らないと...!)


僕は徹夜覚悟で机に向かった。



























好きなロックバンドを有名にさせたいなら、グッズを買ってあげないと。  -終-


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― 新着の感想 ―
[一言] ストーリーのある“詩”つて、初めて読んだかもしれません。 普段陰惨な話に接してゐるだけに、すごくほつこりしました、笑。かはいい。
2018/12/25 22:16 退会済み
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