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グッドモーニング!

(……なんて可愛い時期もあったのにね)






 と――自分が懐かしい夢を見ていたことに、夏実は気付いた。


 彼女の目線の先には、クリームカラーの見慣れた天上と――いつの間にか腹の上によじ登ってきたのだろうか? 眉をしかめご機嫌ななめな様子の弟の顔があった。


「起きろよ、姉ちゃん。 朝ごはん、朝ごはんは!」


 夏樹は立ち上がるとトランポリンで遊ぶみたいにして、ベッドのあちらこちらで飛び跳ねた。自慢のロングヘアを踏みつけられて夏実は、キャッと悲鳴を上げる。


「痛っ! ちょっと、なにすんのよ!?」


 夏実はガバリと勢いよく起き上がり、夏樹の体を捕まえた。彼は不服そうに「放せよ!!」と大声を出しながら手足をジタバタさせる。


「お姉ちゃん、あんたに髪の毛踏まれて痛かったのよ。人が寝てる時にその周りで飛び跳ねたり、走り回ったら怪我をさせちゃうかもしれない。危ないからしちゃ駄目って言ったでしょ。ごめんなさいは?」


 顔を見ながら諭すように叱るものの、夏樹は横を向けてつーんとして、嫌だと言う。


「いつまでも起きないでいる姉ちゃんの方が悪いんだよ」


「こ、こんの……」


 夏樹はするりと腕の中から逃れると、ジャンプしてフローリングの床の上へと着地した。そして自室から持ってきた色とりどりのミニカーを動かして、何食わぬ顔で遊びはじめた。


 夏実は沸々と腸が煮えくりかえるのを感じ、腕をわなわなさせながら「どうしたらいいのだろう……」と内心困り果てていた。


 なんで、こんなに言うことを聞かない子になってしまったの……私。お姉ちゃん失格かしら?と悲しい気持ちになりながら、これが世に言う「6歳児反抗期」なるものなのかと溜め息を吐いた。


 夏樹が1歳になるまでは、母親である実保(みほ)が育児休暇を取っていた。そのため夏実の仕事は、実保のサポートを祖父母と一緒にし、後は学校に行く前と帰ってきてから夏樹の遊び相手をするのが、もっぱらだった。


 だがそれも、夏実が有名私立大学の付属中等部に入学したことをきっかけに、実保が職場復帰しかつ仕事の量を増やしたので、夏樹の面倒を見ることができなくなってしまった。町の保育所をいくつか受けてみたもののすべて審査に落ちてしまい、結局は祖父母に頼らざるを得なかった。


 祖父母は首を縦に振って、協力することを快く承諾してくれた。だが、そうは言っても一戸建て住宅のローンを返しきれていないし、他にも税金が多くかかり、年金のみでは暮らしていけない。そんな祖父母はパートやバイト、内職をして生計を立てているので、一日中赤子の面倒を見ることはできない。


 だから夏実は「おじいちゃんとおばあちゃんだけじゃなく、私も夏樹の面倒を見る」と名乗り上げた。父親である真樹(まき)が、それでは夏実がやりたいことができなくなってしまうと猛烈に反対したものの、他にどうすることもできなくて、夏実が夏樹の母親代わりとなって育てる日々がはじまった。




 最初は上手くいかないことばかりで、延々と泣き続ける夏樹と一緒になって泣いたりもしたが、祖父母やご近所のママさんやおばちゃん、おじいちゃんおばあちゃんの手を知恵を借りた。また、自分でも育児書を勉強の合間に読み漁って実践してみたりと夏実は、できるかぎるのことをやる。


 だが、合う合うわないが人間にあり、夏樹に合わないものも山ほどあった。あんなに勉強したり、教わったのにと落ち込んだり、挫折感を味わうのが常。それでも彼の笑顔ひとつで報われるのだから、単純だなと感じていた。




「第一あんた、今何時だと思ってんのよ? 朝ごはん食べるのには、ちょっと早いんじゃないの?」


 夏樹は夏実の部屋に飾られている丸いアナログ時計をジッと見て、うーんとうなった。


「朝の5時! 全然早くない!!」


 さっきまで不機嫌だったのが嘘みたいににっこりとした笑顔で、元気よく左手をパーの状態で出した。夏実は口元を引き攣らせながら、腕を組んだ。


「いやー、普通に早いと思うわよ」


「早くないよ! だって、母さん、お仕事に行ったよ」


「え? ママ、帰ってきてたの?」


 夏実は目をぱちくりさせた。夏樹はそんなの構わずに赤いポルシェを宙に浮かして走らせてるのを楽しんでいる。


「そうだよ。お姉ちゃんが、ぐーすか寝てるから……一緒に行ってきますができなかったの!! 反省しなよね?」


 その言葉が胸にぐさりと刺さって地味に痛かった。





 ――全国模試の成績はそれなりによかったし、今通っている高等部の大本である大学ぐらいのレベルなら余裕綽々で受かるだろうと担任にも言われた。だが彼女はそれでは嫌だった。貸与型の奨学金を受けることがかなわなかった自分が今でも許せない。


 高等部に進学する際に、貸与型の奨学金をもらえるように申請し、通ったものの――いずれはあの巨額を返さなくてはいけないのかと気が重くなるばかりだ。

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