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夏の追想いとかなし1

※注意※

BL短編小説『夏の空色硝子』とリンクしております(こちらのみでも読むことが可能です)。

NLですがBLの表現が途中から入ります。



 少女は困り果てていた。目の前の小さな少年とどう向き合ったらいいのか、わからなかったからだ。


 子を産んだ母なら、赤子の時から普通の家庭で育った女なら、人と関わることに恐れを抱かない者なら、どうすればいいのか自然とわかるものなのだろうかと、考えあぐねていた。そうこうしているうちに、彼の大きな瞳から、涙がポロポロと零れ落ちる。


 ただ、少女は、嘘を伝えるような真似だけはしたくなかった。真実を語られず中途半端な優しさを受ければ、真相を知った時にどれだけ心が傷付くかを知っていたからだ。そして、偽りの言葉を口にした人物に対し懐疑心を抱くようになり、そんな風に相手を信じられず疑う自分に、自己嫌悪することも十分理解している。


 だから、幼い少年にありのままを伝えた。


『泣かないで。パパやママがお仕事で忙しいのはお姉ちゃんのせいなの。お金がいっぱい必要な学校に通ったりしてるから……本当に、ごめんなさい』











 彼女は小学生の時に学校のテストの点数が非常によく、全国学力テストの成績も必ず上位に名前を残していた。教師たちと父親は、このまま町の公立中学校に通わせるよりも、都心部の有名私立大学の付属中学校に通った方が将来就職をする際に有利になるのではないかと判断し、受験を強く勧めた。


 だが、母のお腹の中には命が宿っており、その子はもうすぐこの世に産まれてくるのを少女は知っていた。その学校の学費がかなり高く、奨学生にでもならないかぎり通うのが難しい家庭状況であるということを承知していたから、そんな贅沢はできないと一度撥ね退けたのである。


 それでも「せめて学校見学ぐらいは行くように」と大人たちが口を酸っぱくして言うので、渋々学校見学に足を運んだ。




 校門の先に見える世界を目の前にし瞬間、彼女は心を奪われてしまった。


 まるでタイムスリップでもしてしまったのかと、錯覚を起こしてしまいそうな雰囲気漂うレトロモダンな校舎。中高生に人気な服飾ブランドが、デザインしたオリジナルのブレザー。それを可愛らしく着こなし、はたまたかっこよく着こなし、爽やかに談笑する大人っぽい先輩たちがキラキラと輝いて見える。小学校のクラブとは比べ物にならないほどに多種多様な部活動。


 そして体育館で行われた説明会で、中間・期末の試験で総合点数が高く三年間安定した成績を修めたたものは、高校・大学の入試が免除されエスカレーター式で進級可能というシステム。それらすべてが、魅力的で大変好ましく感じられた。一度は拒否したが、彼女は受験を決意した。


 その後、すぐに合格通知が届いたものの――奨学制度を受けられるほどの成績は出せなかったことを示唆する手紙が添えられていた。




 それでも、身重の母の助けになるべく家事を毎日行いながら病院へと通い、仕事に多忙で妻とお腹の子のことをなかなか思いやってやることができない父のサポートをし、夜中まで勉強をし続けてきた娘のことを両親はなによりも愛しく思っていた。努力をし続けた子どもの希望に応えたい。


 彼らは娘の進学を。だが、思った以上に学費・授業料・その他諸々の費用がかかり、出ていってしまうばかり。このままではいけないと危機感を覚えた両親は、働きづめになってしまったのであった。


 あの時、自分がこの町に昔からある中学校に通うと決めていれば、弟に寂しい思いをさせずに済んだのに……。少女はどこか後ろめたい気持ちを、ひとり抱え込んでいた。











 少年は相も変わらず、鼻をぐしゅぐしゅさせて泣き続けている。少女は少年が赤子の時から、泣き続けると鼻や喉に炎症を起こし、具合が悪くなることを承知していた。


 だから、いつか見たドラマの主人公が、役者の子どもにやっていたみたいに腰をかがめる。彼と目線を合わせ、頭の上にそっと手を置いてみた。




 情けないなと心の中で愚痴る。


 この小さな子どもに(なじ)られ、嫌われてしまったら、明日からどう生きていけばいいかわからない。そんな自分が惨めで、とても矮小な生き物にでもなった気がしてしょうがなかった。




 少年はしゃくり上げ、紅葉のような手で目元を擦る。鼻の頭と頬をリンゴのように真っ赤にさせ、コアラのように少女の体にひしと抱きついた。


『ううん、お姉ちゃんのせいじゃないの。ごめんなさいしなくていいよ』


 まるで自分の方が、抱きしめられてるような不思議な感覚を味わいつつ、小さな背中をあやすように撫でさする。ほのかに甘いミルクの香りが肺を満たしていった。




 ……こんな小さな子に気を遣わせてはいけない。守らなきゃいけないものに、守られるなんてことがあっては駄目。私がママやパパの変わりにこの子を見なくちゃいけないの。


 もっと強くならなきゃ。




 無敵になれる呪文を脳内で唱え、()()()()「姉」としての仮面を被り直し弟に接する。


『ありがとう。夏樹(なつき)は優しいのね』


 少女は年季の入った木製のテーブルの方へと視線をやる。そこにはテープがべたべたに貼りつけられた、つぎはぎだらけのフライヤーが置かれていた。

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