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第二部 直召喚

とても残酷な描写があります。

苦手な方は避けて下さい。

 アクヴァル七寿十七年、焔満月ひみちづき(八月)。


 この年、うだるような猛暑がムーア全土を襲い、連日、地を嘗める灼熱の日差しに草も木も枯れ果てた。

 大地は乾いて無残な割れ目をあちらこちらに刻み、地を潤す恵みの雨はついに儀式当日までもたらされなかった。


 いにしえより、神の加護を受けたムーアの地に、自然が猛威を現わすことはまずありえない。

 いつにない天候の乱れに人々は怯え、何か不吉な事の前兆ではないかと不安を募らせていた。



 ムーアから未来夢さきむが失われて早、五年が経過しようとしている。

 その理由を知る者は、自ら結界を紡いだ王と、王が手足と頼むムーアの重鎮ばかりであったが、彼らとていつまでも未来が秘せるとは考えてはおらず、希望のない闇がムーアを覆い尽くす前に、一日も早く陽世継ひよつぎが覚醒するよう、ただ一心に神に祈る他はなかった。




 時満ちて尚、勢いを増すほのおの前に、王は一人希望を模索して立ち尽くしていた。

 そこから一段下がった御座所おましどころには、きらびやかに着飾った陽世継ぎ候補の五人の王子が堂々とした姿で座している。


 因みに末王子は、壇上の兄王子たちを見仰ぐような形で、王の異母兄弟らと共に祭壇に一番近い観所かんしょに控えていた。

 陽世継ぎの力は焔の降寿こうじゅを浴びたニ寿以降でないと発現しないため、まだ一寿の末王子は壇上に上がる事を許されていないのだ。


 清月妃をはじめとする月妃らは、祭壇の斜め向かいの観所から、そんな我が子らの様子をじっと眺めていた。

 人々の視線を意識して互いに優美な笑みを交わしているものの、その心中は、誰が陽世継ぎの生母となれるかと千々に心を揺らし、居ても立ってもいられない心地であっただろう。


 御座所に座す五人の王子たちは、母妃たちよりはもっとあからさまだった。

 欲を隠せずに互いを牽制し合い、きらびやかな衣装を誇示するように殊更に胸を張る。



 王に一番近い席に座る長兄のリクイーンは四寿。

 王と年寿が近い事もあり、陽世継ぎに選ばれる可能性は低いとの見方が大半だ。


 一番可能性が高いと言われ続けてきたのが、三寿であるヨーザ、ヨヒム、ゼノウの三王子だ。

 だが、もうすぐ四寿になろうとするのに未だ神託は身に訪れず、最近は二寿のムーゾクが陽世継ぎに選ばれるのではと憶測する者も出始めていた。


 そのためリクイーン王子の生母、耀月妃ようげつひは、リクイーンの妹アデラを先だってムーゾク王子に輿入れさせていた。


 ムーアでは、異母兄妹間の結婚が許されているため、アデラをどの王子に輿入れさせるか迷っていたらしいが、二寿のムーゾクが一番有望だと思い定めたものらしい。


 この動きに三寿の王子たちは焦りと苛立ちを露わにし、何とか神託を受けんものと、このところ盛んに地下祭殿を訪れては神に祈りを捧げている模様だった。



 今も威勢を誇示するように肩を怒らせ、燃え盛る神の焔を食い入るように見つめる兄王子らだが、そんな中、観所に控える末王子は一人彼らと心を異にして、王を案じる静かな眼差しをじっと壇上へと向けていた。


 その翡翠の双眸を揺らすのは、抑えがたい強い不安だ。

 焔に透ける王の生気は余りにも危うく儚げで、すでに死の翳りすらその体に見受けられたからだ。


 王子は血が滲むほどに拳をぎゅっと握り締める。

 このまま洗礼を執り行えば、おそらく王は命を落とす事になるだろう。


 それでも王は、この儀式を完遂しようというのだろうか。

 陽世継ぎを持たぬこの状況で頼みの王を失って、この先ムーアはどこに船の舳先へさきを向ければいい。




 高じゆく不安に王子が重い息を漏らした時、不意に王が瞳を上げた。

 ざわめきが瞬時に立ち消えて、痛いほどの緊迫と静寂が室を支配する。


 王は蒼ざめた面をゆっくりと上げ、眼前にそびえ立つ神の焔を、限りない畏敬と苦悩を湛えて仰ぎ見た。

 焔印ひいんが結ばれて、王の気に触発されたかのように焔柱が更に澎湃ほうはいたる焔勢を増していく。


「神よ」

 朗々たる王の声が、室に響き渡った。


「我がムーアの民に貴方の祝福を…!

 永劫の未来と世世せぜ続く繁栄を、貴方の御国に与え賜わん事を…!」


 王は拱手きょうしゅして一礼した。そしてそのまま頭を上げようともせず、一心に力を溜めていく。



 いつもと違う儀式の進行に、静かな戸惑いが民の間を走り抜けた。

 これは洗礼前のみぞぎではない。

 不安そうに互いを見交わす民たちの間にあって、心ある者たちはいち早く王の真意を読み取って、慄然と表情を改めた。


 それは直召喚ちょくしょうかんと呼ばれる、神との交換儀式だった。

 国の存亡に関わる大事に、王自らが命を賭して望む答えを神から得ようとする。



 この召喚が行われたのは、幾世代前の御代であったか。

 それに思いを巡らす間もなく、王はすでに逆三角形に両手を組みなおし、前方に召喚焔を宿らせた。



 今年はすでに十七年。 

 年が明けた十八年はついの年とも呼ばれ、焔の降寿が訪れる前年となる。


 寿命を悟った八寿の民たちは、欠け月(二月)にはついの谷へ下り、寿命の尽きかけた自分もまた、この欠け月には谷へ向かうと決めていた。

 それまでに陽世継ぎが現れなければ、ムーアはこの年寿を最期に陽王ひおうの血筋が断絶される。


 王は焦っていた。

 何故、血を継いだ王子たちの誰も、聖なる力を発現しようとしない。

 ムーアの滅びはもはや避けがたい未来なのか。それとも王子たちがただ、潜在する力を出し切れていないだけなのか。


「神よ」

 王は全霊を傾けて神に祈った。


「この望みが聞き入れられるならば、我が命とて惜しからず。

 その偉大なる御霊にて、力を受け継ぎし次代の王を我に賜え…!」


 王が力を振り絞るように祈りを天に放った時、その神託は下された。

 突然、焔が天井にまで吹き上げ、壇上を瞬く間に灼熱の渦に取り込んだのだ。


 凄まじい紅蓮の乱舞に、誰もが色を失った。人々は悲鳴を上げ、神の許しをひたすらに請うて祈りを捧げた。


 焔はそのまま爆発的に広がり、今や五人の王子のいる御座所にまで触手を伸ばそうとしていた。

 焔に呑まれそうになった王子らが、我先にと壇から這いずり降りようとする。

 その姿は見苦しさを通り越してむしろ滑稽だったが、それを笑える者はこの場には誰一人いなかった。



 と、人々の視線が壇中央に釘付けとなる。

 向かい来る焔をものともせず、一人傲然と頭を上げ、場に留まった王子がいたのだ。


 第三王子のヨヒムだった。


 陽世継ぎ候補としての自負と、それを凌駕する王座への欲が、ヨヒムをそこに留まらせたのだろう。

 だがそれは、神の怒りをいたずらに招き、恐ろしい悲劇を生み出す結果となった。


 焔を避けようともしない皇子に、死の御使いが大きく襲い掛かり……。


 もしかしたら、ヨヒムこそが陽世継ぎなのではないか。

 一縷の望みをかけて様子を見守っていた陽の王が己の過ちに気付いた時、すでにヨヒムは火達磨となって凄まじい悲鳴を上げていた。


「散れッ…!」

 王の怒号が室を切り裂いた。  


 焔はすっとヨヒムの体から離れたが、すでにヨヒムの皮膚は顔立ちもわからぬほどに焼け崩れ、黒っぽい棒のような人間が惨たらしい死の踊りを舞うばかりであった。


 民たちは声も出ない。

 陽の王もまた、血が滲むほどに唇を噛みしめながら、その地獄絵図のような光景を見守るばかりだった。


 不気味なその塊は焼けた喉からひしゃげた唸り声を上げながら、恐怖に凍り付いた人々の前を尚も奇怪に踊り続け、やがてどさりという音と共に床に転がった。

 黒い塊はそれきり動かなかった。





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