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侵入者

時刻は午後2時。途中で余計な時間を使ってしまったがようやく本当の目的地に辿り着いた。


魔導具店から徒歩20分の所にある研究エリアの一角。


そこにはスキル研究所(SuperskillResearchingFacility)通称SRFがある。アルメリア公国のSRFは世界一と謳われる程、情報量や研究力を持っている。


他国との取り引きにも使われる貴重な情報を簡単に盗まれまいと、研究者の身辺調査などの情報漏洩対策や、大量の警備員、そして常人には超えることすら難しい高さ十メートルの障壁に魔導式自動狙撃銃を完備する事で侵入者を排除。


これらの効果は抜群で、スパイなどは過去に一度もおらず、侵入者は過去五十年間で一名のみ、障壁を超えたところで力尽き即座に捕獲された。


そんな鉄壁を誇る世界一のSRF、今から俺はそこに侵入しようとしていた。


──ここまで来たらリーディングの事、直接調べてやろうと思って。侵入者を拒む鉄壁の守りと内部調査? そんなもの俺には通用しない。


ここからでも見えるけど障壁の上にあるやつ、自動狙撃銃ってターゲットが見えなきゃ撃つことすら出来ないただのガラクタ。だから障壁を超えることは問題じゃない。


しかも、内部の人間じゃない俺は調査なんて関係ない。



俺ならいける、と言わんばかりの余裕の表情を浮かべる。

そして、一息置いてから、


──ステルス


──アクセルエンハンス


無詠唱で二つのスキルを使うと手始めに最も警備の薄そうな研究所の裏手にまわる。そこには表の入口側よりも少ないが警備員がいた。


──5人か。表の入口側には約十人隊列を組んで配置されていた。やはり裏側は手を抜いてるな、それに加えて侵入者なんて来るわけがないと思い込んでやがる。


仕方ない、と言えばそれまでである。五十年に一度の出来事が今から起きると誰が予測できようか。


ステルスを使い第三者からの認識不可状態になったヘリクは一番近くにいる警備員の後ろに近づいていき、肩をトンっと軽く叩いた。


「もう交代の時間か? 今日は早いな……」


警備員が気を緩め、振り返りながら言った。しかし視線の先には虚しくも壁が映るだけだった。


「…………?」


一瞬の間を埋めるようにドスッと鈍い音がした。


そして崩れ落ちるように倒れる警備員を速やかに担いで木の根元まで運ぶ。


「よし、一人目。あと四人か……さて、どんな方法で撃退しようかな」


嬉嬉として警備員討伐を楽しむヘリクの姿がそこにはあった。



──────────────────────


──!


「痛ってぇ! ……石? 一体どっからこんな物飛んでくるんだよ。はぁ、最近ついてないなぁ俺。なんで俺がこんな物騒な研究施設の警備なんてしなくちゃならないんだよ。怖いし、低賃金だし……辞めてやろうかな! あーあ、いっそモンスター討伐でもして一攫千金狙った方が楽なのかなぁ。でも俺のジョブ、ガーディアンだから一人じゃなんにも出来ないしなぁ……。 はぁ……ついてないなぁ」


──こいつ可哀想すぎる……! 石投げて申し訳ない気持ちになってきた。てか、警備の仕事って低賃金なのかよ。嫌なら辞めちまえ!


と、愚痴にツッコミを入れつつ早足でネガティブ警備員の背後に張り付くと全く慈悲のない峰打ちを繰り出して警備員を気絶させ、やっとの思いで侵入経路を確保した。



警備員がいなくなった研究所の裏手はメインストリートの騒がしさでそれ以外何も聞こえない。


ここまでが研究所の障壁を超えるための第一段階、そしてこれからが本番だ。


さっきアクセルエンハンスを使ったのは警備員を撃退しやすくするためではなく、障壁を飛び越えるために必要な手段だったから先に使ったというだけである。


アクセルエンハンスは速度強化という捉え方が一般的だが、本来は脚力を強化することで移動速度を増加させている。脚力が強化される、という事は移動速度だけでなく飛距離も増加する。


要するに、不可視の状態で障壁を飛び越えることが出来れば撃たれることも無く簡単に侵入出来るということだ。


ただ、エンハンス系は全ジョブ使うことが出来るが、ステルスを使えるのはアサシンなどの限られたジョブのみ。


そしてステルスを使えるジョブは攻撃系のスキルが少ない。これらの理由から研究所に侵入しようと考える輩がいないのだ。


侵入しても見つかった時に対処出来ないと分かっているからだろう。


だが、これら全てを理解しているからこそヘリクは侵入しようと決意した。


──準備は出来た。……待ってろリーディング!


障壁から数十メートル離れ、よくストレッチをしてから助走をつけ──助走と呼ぶには速すぎる速度だが──障壁の数メートル前で歩幅を合わせて力強く地面を踏みつける。


地面が割れ、衝撃で辺り一面が振動する。しかし、昼間から賑やかなメインストリートの騒音でかき消され誰もそれに気づかない。


ヘリクは十メートルもある障壁を背面飛びの様な形で飛び越え、難なく研究所の敷地内に入った。



───────────────────




研究所の敷地はいくつかの建物と大きな中庭や噴水などがあって貴族の豪邸のような印象を受ける。

そして殆どの建物が白の大理石で造られており、入口には立派な柱が数本、頭頂部が円形で統一されている。


──人がいないな……。もしかして、街の食事処と同じで定休日とかあったりするのかな?


絶賛不法侵入中のヘリクは国家機密レベルの施設と街の食事処を同じものと思っているらしい。


──なんだあれ……。一つだけ黒いんだけど。明らかにココが最重要施設ですよって言ってるよな。なに、誘ってんの? 行くに決まってんじゃん!


思いついた事は何でも実行したくなるのは男の性分、と心の中で勝手に割り切る。


人気の無い太陽の光を受けて純白に光り輝く研究所の中庭を駆け抜けて明らかに異様な漆黒の両開きの扉の前にたどり着く。


──一番重要な役割を担う場所ってのは、一番分かりずらくするもんだろ……。


扉を開けようと両手をつけ、力強く奥に押し込んだその時──足元に黒の魔法陣が構築され、それと同時に大音量の警報が鳴り響いた。




警報がなると同時に出現した謎の魔法陣、それと同時にけたたましく叫ぶ警報。

途端に身体が浮いたような感覚に陥り、遅れて脱力感に襲われる。


──なっ……! スキルが消滅してる!? まさか打ち消されたのか? そんなぶっ飛んだ事が出来るスキルなんて聞いたことねぇぞ……!


他にも秘密が有りそうだが今はこの状況をどうにかしねぇと。


新たな発見が出来て少し興奮気味のヘリクだが、すぐに目の前の状況を打破する方法を考える。


魔導具を一式揃えて武装した集団がガシャガシャと耳障りな音を立てて走ってくるのが見て取れた。数は数十、全方位からだ。


──警報音は注意を逸らすためのダミーで、人がいなかったのもこれが理由か。だけどいくら何でも準備が早すぎる。 最初から気づかれてたのか……転移系のスキルでも持っている奴がいるのか。いずれにしても──客人にいきなり武器向けるとか礼儀がなってないな……。


絶体絶命の時こそ周囲を冷静に観察し適切な対処、を普段から心がけているヘリク。此方が動かなければいきなり攻撃をしてくることは無いと踏んで、しばらく集団を見つめる。


──どいつもこいつも魔導具……完全武装してるって事でよさそうだ。 ここにいる俺以外の全ての人間が魔導具で武装……。


しかも奴ら、一定の間隔を開けて武器を向けてきてる。……陣形に意味があるなら恐らくは巻き込みを防ぐため。


これらから予想するに、奴らの魔導具はほぼ全てが遠距離スキルか広範囲スキル。……並んだ時に運良く間隔が空いてました、なんてぬかしたらぶっ飛ばしてやる。


俺の仮定があっていればの話だが、突破口はある。



──それは全員が魔導具で武装しているという事。対人戦においては諸刃の剣になり得るということを奴らは知らないのだろう。


魔導具は利点の方が遥かに大きいが欠点をあげるとするならば、それは付与されているスキルの構築から発動までに僅かだが時間がかかる事。


そしてその僅かな欠点がこの状況において致命的だということ。


一般的な侵入者──侵入すること自体は異常だが──に対しては有効な手段かも知れないが俺は普段から並大抵の鍛え方はしていない、自負している。


奴らは俺の事を大して力の無い無謀な侵入者程度にしか思ってないだろう。その油断を存分に利用させてもらおうじゃないか。


僅か数秒後で脱出までの糸口を見つけ出すと、相手に陽動を仕掛ける事にした。ゆっくりと両手をあげ、それと同時に靴を脱ぎだすヘリク。


突如裸足になる侵入者に不信感を抱いた武装集団は一発だけ空にスキルを撃ち出して牽制する。


「余計な事はするな! 次は無いぞ!」


武装集団のリーダーが前に出て来て最終通告をしてきた。


──遠距離スキルか。自分達から相手に情報与えてどうする、俺を助けたいのか? 基本がなってないなコイツら。それに、だ。悪いけど次は来ないぜ。


──アクセルエンハンス


無詠唱でスキルを発動させると、その場に靴を残して超速で漆黒の建物の上に飛ぶ。


「な、何をしている! 奴は上だ、逃がすんじゃない!」


動揺する指揮官が小さな声で「気づけなかった……私の負けだ」などと呟いた事など誰も知るよしもなかった。


少し遅れて魔導具からスキルが放たれるが、当然それは侵入者に当たらない。


武装集団が慌てているのを見て不敵な笑みを浮かべるヘリク、そのまま余裕を持って立ち去ろうとした──刹那。


挑発を含め、盛大な歓迎のお礼に手を振ろうと振り上げていた右腕目掛けて光が揺らめく。


それはヘリクの右腕を僅かにかすめ、遥か後方の障壁に激突する直前で消滅した。


──今のは警告……だろうな。肉眼で確認するのは不可能に近い、流れの変化と感覚だけで対処するしかないか……?



左眼の端で一瞬何かが光ったように見えた、と同時にその方向に向かって遠距離スキルのファイアショットを発動させる。


するとその直後、何かと衝突したファイアショットが爆発する。


「今のは牽制だ!」


何処からか女性の声が聞こえる。


ふと前を向くと、つい先程まで何も無かった対岸の建物の上に一人の女が立っていた。


俺は無意識で臨戦態勢をとる。だが……


「目的は何だ。どうやってここまで来た? 貴様のような一般市民が入ってこれるような警備はしてないつもりなのだが?」


女が武装集団を一瞥。武装集団とリーダーがその圧倒的なオーラに押されて一瞬怯んだのが分かった。


「失礼、私の名はアリス・ケルビル。この国に人生を捧げた、しがない騎士よ」


女は武器を構えたまま、そう名乗った。





──貴様とか一般市民とか偉そうなこと言う割には名乗ってくださるんですね……誰か知らないけど。

まぁ俺は名乗りたくても名乗れないんだけどな。


アリスの言葉に茶々を入れてから、止めていた足を再び動かす。


すると、間髪入れずにアリスが先程の「光の矢」を打ち込んできた。


──さっきより遅い……


ヘリクは顔だけを左に傾けてあっさり回避する。


「ほぅ……殺すつもりだったんだがな。何故顔を狙ったのが分かった」


──答えたいのは山々なんだけどな。あと、殺すつもりだったってのも嘘だろうな。


「答える気は無い、か。残念だ。君のような人材が騎士団には必要だったのだけれど」


そう吐き捨てると、アリスは両手に装備していた銀の手袋を床に投げ捨てた。


そして顕になった左手をみてヘリクは驚愕する。


──黒色紋章。トップランカーって本当に存在したんだな……。



世界で数十人しかいない、一種類のジョブを最高位まで強化し極めた者。


彼らを人々は敬意を込めてトップランカーと呼ぶ。


トップランカーは左手の甲にある紋章が黒になる。


余談だが、通常の人間はジョブを最高一種類までしか持つことが出来ない。 が、稀に二種類以上のジョブが発現する人間がいる。彼らをランカーと呼ぶ。


世間に認知されているランカーは世界で僅か五人しかいない。



──トップランカーと手合わせとは。色んな意味でここに来て良かったぜ……。


透過帽子、高耐久の手袋して念入りに紋章を隠してる奴がそれを人前で見せた……って事は。


へリクは一度目を瞑り大きく息を吐く。


少しでも気を抜いたら殺されるかもな……。だが最大限の足掻きはさせてもらう。


「行くぞ侵入者! 我が力の前にひれ伏すがいい!!」



アリスが勝利宣言を高らかに掲げる──時を同じくして、街の中心アルメリア城が昼の三時を告げる鐘を鳴らし始めた。



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