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魔女博物館〜The top secret story〜  作者: end&
第一話「鋏と傷口」
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「鋏と傷口」8

 指を切った理由を言ってから、母の私に対する態度が一変した。


 母はつとめて自然に接しようとしていたのだと思う。だが、私はそのことに気づき、気を使い始めると、もっと気味悪がった。


 その気持ちを父にも伝えたのだろう。指を切ったことを含めて。


 家庭内に響く不協和音。


 私が良い子にしていよう、好かれようと振る舞えば振る舞うほど、両親は私を気味悪がった。二人との距離が開いていった。

 両親が耐えれなくなる――その前に私の方が耐えきれなくなった。


 心が耐えきれなくなったのと同時に能力が開花したのか、その前から能力に目覚めていても気づいていなかっただけなのか、もうわからない。


 ただ、悲鳴を上げるよりも先に、家中のあらゆる刃物が、あらゆるものを切り裂いた。


 私はいつものように一人、部屋に閉じこもっていた。


 部屋にあった裁縫用の小さな鋏が急に飛び上がってカーテンを切り裂き、クッションに突き刺さる。


 最初はなにが起きたのかわからなかった。


 ただ、その鋏をジッと見つめていると、鋏は再びふわりと浮かんだ。

 手品か何かだと思った。

 不思議で、その鋏に触れようという気にはならなかった。だけど恐怖もなかった。


 徐々に、その鋏は私の意志で動くということがわかった。


 ――魔女の能力。


 その頃すでに、魔女の存在を知っていた。


 悪い子は魔女になって教会に連れて行かれる。

 そんな言葉を聞かされて、少女たちは大人になる。


 部屋の外で両親が騒いでいるのに気が付いた。

 二人が言い争いながら階段を登ってくる。


 ――教会に連れていかれる。


 私は悪い子なの? 悪い子だったから魔女になったの?


 扉が開くのと、私が悲鳴を上げるのと、鋏が両親に向かって切りかかるのは同時だった。


 その時の母の悲鳴は忘れられない。


 「魔女」という二人の言葉が、耳を塞いでも聞こえてくる。


 鋏に念じた。


 両親を傷つけるのを止めてくれと。


 鋏は簡単に床に落ちた。

 それでも二人の呪詛は止まらない。


 母が床に落ちた鋏を掴んで私に飛びかかってくる。

 血濡れた顔は悪魔みたいだった。


 ――殺される。


 教会に連れて行かれる前に、今ここで私は母に殺される。

 恐怖が家中の刃物に伝播して、私は――


   *


「よっ!」


 扉を開けると、相変わらず絵の具まみれの汚い赤毛の女が立っていた。



「あの小さい眼鏡はどうした?」

「うーん、今頃ボクを探して駆けずり回ってるんじゃないかな?」


 セシルは一応、コートの外側に絵の具が付いていないか確認してからソファに座る。


「そういうリアンは?」

「教会に行ってるよ。今日は俺の報告に行ってる」


 魔女の専任審問官は、月に一度、異端審問室に行って、自分が担当する魔女の様子を報告する義務がある。今日はその日というわけだ。


 その危険度に応じては同行しなければならないのだが、自分は何年も前に緩和された。ただし、外出は禁止されているのだが。


「お前はいいよな、自由な方で」


 長話をするつもりはなかったので、テーブルに寄りかかりながら言う。


「自由に外に出られてさ」

「出たかったら出ればいいんじゃない?」

「できないから言ってんだよ」

「なんで?」

「なんでって……」


 セシルは親指で家の扉を指差す。


「今なら監視もいない。鍵もかかってないんだし外出し放題じゃないか」

「馬鹿か。そんなことをしたらリアンが怒られるだろ」

「あのさー、ボクはBクラスだけど行動制限つけられてるんだよ。知らなかったでしょ?」


 頬杖をつき、セシルは視線を向けてくる。


「だからジャック君は大目玉さ。ボクも怒られるけどね」

「あの眼鏡に迷惑かけてそんなに楽しいか?」

「楽しいかって? 大いに愉快だとも」


 そう言ってセシルは笑う。


「迷惑かけてかけられて、一緒に怒られる。その時だけはジャック君とボクは対等なのさ。平等に怒られるんだからね」

「本当、いい迷惑だな」

「そっ、とても良い迷惑なんだよ」


 セシルはソファから立ち上がる。


「ジャックはボクに振り回されてばっかり。ボクのことなのになにかあれば彼が怒られる。一般人なのにさ。こんなボクについていけないって、何人もの審問官がボクを捨てたよ。

 だけどさ、ジャックだけなんだ。ボクのハチャメチャにくっついてきてくれたのは。そりゃあ、怒るぜ。大いに騒ぐ。泣く。嘆く」

「お前はそれで良心が痛まないのか?」

「なんで?」


 玄関に向かう彼女が振り向く。


「なんでって……」

「彼の騒ぎの中心にはいつもボクがいる。ボクがいるからアイツはあんなにも大声あげて喚き散らせるんだぜ。感謝してほしいくらいだよ」

「……お前の思考回路はまったく理解できん」

「天才理解されずにけっこう。まっ、もう少し沈んでるかと思ったけど、大丈夫そうだね」

「まさか、心配してきたとか言わないよな?」

「さあねー。また遊びに来るよ」


 背を向けたまま、セシルはヒラヒラと手を振って見せる。


「もう来るな」


 玄関が閉まる。


 まったく、あんなのに心配されてたんじゃ世話ないよなあ。


 事件後、リアンとどう接したらいいのかわからなかった。


 彼女は普通にしているが、やはりあの一件で少し気落ちしていることはわかった。それは私も一緒だ。

 もう少し時間が立てば、元に戻るのだろうか?


「ただいまー」


 セシルとほぼ入れ替わりでリアンが帰ってきた。


「……おかえり」

「玄関の前にたくさんリンゴが置かれてたけど、誰か来たの?」

「え?」


 リアンが、リンゴがたくさん詰め込まれた木の箱を重そうにズルズルと引きずって家の中に入れようとするのを、あわてて駆け寄って手伝う。


「セシルの野郎、」

「セシルさんが来てたの? ちゃんとおもてなしした?」

「あんな奴もてなさなくても勝手に飲み食いするだろ」


 二人で何とかテーブルの上にリンゴの山を置く。


 セシル一人でこの山を持ってきたとは思えない。大方、ジャックも一緒で馬車でここまで来て、アイツだけ家に入ってきたってことか。


「こんなにたくさん、二人じゃ食べきれないわね」


 リンゴを手に取りリアンが苦笑を浮かべる。


「アイツ、買い物まで大ざっぱかよ」

「まあ、何個か食べようか? 私も少し小腹空いたし」


 そう言って、私にリンゴを渡してくる。


 赤く熟れたリンゴとリアンの顔を交互に見る。


 彼女はキッチンの棚から果物ナイフを取り出す。


「皮むきはクララの仕事でしょ?」


 リアンは微笑んでナイフを渡してくる。


 そうだった。


 リアンは刃物の扱いがあまり得意ではないのだ。

 だから、彼女の仕事を手伝うために私がいる。


   *


 教会に引き取られて、異端審問室というところに連れて行かれて、いろんな人から何度も同じ話を聞かれた。


 いつまでこんなことを繰り返すんだろう? いつまでここにいなきゃいけないのかなと思った。


 もうあの家には戻りたくない。


 ううん、もう戻れないんだ。両親は私の親権を手放したらしい。当然だと思う。こんな化け物みたいな娘、いらないよね。


 審問室の建物の廊下を、審問官に付き添われて歩いていた。


 その時だった。

 

 突然、横から腕を引かれた。

 私より少し年上の少女が、私をまっすぐ見つめて、瞳を潤ませていた。


「何をしている!」


 周りの審問官たちも驚いた様子で、その少女を私から引き離そうとするが、手を離そうとしない。


「離して! 早くこの子の治療をしてあげなきゃ!」


 治療? 私はどこも怪我していないのに?


 周りの審問官の困惑した雰囲気が伝わってくる。


 少女は涙を流していた。

 私の腕を力いっぱいつかんだまま。でも、不思議と痛いとは感じなかった。


「こんなに酷い心の傷、ほっとけないです!」


 心の傷。


 少女の言葉に、心も傷つくんだと気が付いた。


 ――私の心、傷ついてたんだ。


 一粒の涙が、頬を伝った。

 それが、私クララ・コルノミカとリアン・ユリアホルンとの出会いだった。


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