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魔女博物館〜The top secret story〜  作者: end&
第一話「鋏と傷口」
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「鋏と傷口」5

  *


 逃げても、隠れていても、誰かが見つける、誰かが私を捕まえる。

 最近夜更かししているせいか、ベッドで眠れるのはうれしい。


 だけど、ずっとずっと建物の中にいて、みんなと同じように生活しろだなんて、そんなのは我慢できない。


 どこかに空家でもあって、一人で暮らせたらいいなと思った。


 だけどご飯はどうしたらいいんだろう? 自分で作るの? 食材は育てるの? 買ってくるの?


 やっぱり一人で暮らすなんて無理だと思って炊き出しに行く。

 そうすると子供だからって教会に連れて行かれてしまう。


 ご飯と寝る場所だけあればいいのに。


 勉強とか、寝る時間とか、余計なおせっかいよ。



 零時。


 街のガス灯が一斉に消える。

 目を閉じて、数秒かぞえる。

 次に目を開くと、夜の街が鮮明に見える。


「各孤児院にはあらかじめ連絡を入れておいてもらった。部屋に異常があれば待機した異端審問官に伝える」

「で、連絡を受けた異端審問官が閃光弾を打ち上げると。てか、だいたい対象の目星はついてるんだし、夜まで待たなくてもよかったんじゃないか?」


 隣で黒い大鍵を手にしたロビンに問いかける。


 私の方も、受け取った大鋏の片割れを手にしている。


「穏便に済ませようと思えばやっぱり泳がせておいたほうがいいだろ。孤児院の壁には犠牲になってもらうがな」


 夜空で光が弾ける。

 信号弾の明かりだ。


 張っていた孤児院の一つが当たりを引いたらしい。


「大聖堂の近くね」

「子供の足だ。とりあえず半径二百メートルを封じる」


 そう言って、ロビンは手にした黒の大鍵を地面に突き立てて回す。同時に、カチっと音がする。


 周りの様子には変化はないが、これで、ここを中心として円形に外との行き来が遮断されたことになる。


「見えない壁にムキになって攻撃してこないことを願うしかないな」

「やっぱり穴があくのか?」

「そこは全力で防ぐつもりだが、押し負ければ穴ひとつで封じ込め自体が解除されるからそのつもりで頼む」

「了解」


 二つ目の信号弾が上がる。

 どうやら目標はこちらに向かってきているらしい。好都合だ。


 大鋏を片手にリアンと並んで駆け出す。


「交戦は控えろ! 能力の正体だけわかればあとは私が封じる!」


 ロビンの方はアルバートと共に用意した梯子で建物の上に昇っていく。高い位置から魔女の能力を確認するためだ。


 空間を閉じたうえで相手の能力を封じようというのだから、なかなかにハードだ。

 対するこちらも、下手すれば真っ二つ。分かたれた部位はたぶん戻ってこない。


 前方から発砲音。


 異端審問官には手出しするなって言っておいたのに、ビビりが!


 舌打ちして走る速度を上げる。


 続けざまに大きな音。たぶんガス灯の一本が倒れたのだろう。


 ここら辺の住民はあらかた避難させているはずだが、あまりあれこれと壊されては瓦礫に阻まれてこちらが戦闘どころではなくなってしまう。


「クララ!」

「見えてる!」


 こちらに向かって走ってくる少女の姿。

 ダボダボの上着に元は白かったであろうワンピース。伸ばしっぱなしの黒髪。


 ロビンのほうでも少女の姿は確認できているだろう。


 あとは少女の力を発動させればいい。


 少女との距離が百メートルを切ったあたりで少女がまっすぐこちらを見つめているのがわかった。


 脇道はある。

 だがそっちに曲がるような様子はない。

 まっすぐこっちに向かって走ってくる。

 その手には何も持っていない。


 媒介なしの能力発動か?


 距離五十メートルを切るかという時に少女が叫ぶ。


「どいて!」


 ヒュッと何かが切れる音を聞く、と同時にリアンが私の前に出る。


「クララ、避けて!」


 言われてすぐさま左に進路を変えて大きく旋回する形で少女に駆け寄る。


 リアンを追い抜く際、横目でチラリと見た。

 理解は難しかった。


 だがあれは確実に空間が開いている。そうなんだと思う。


 完全に開き切る前に、リアンが「縫合」によって空間を塞ぐ。


 縫合ができるということは、その現象を目で見て理解できているということだ。


 対する私は、「何か」としかわからなかった。


 この能力の切断は自分には無理だ。

 問題はロビンにも今の現象を理解できたかどうかだ。

 理解できていれば少女の能力を封じることができる。


 少女は能力の発動を止められたことに動揺したのか、目を見開き、足を止める。


 このまま降参してくれればいいのだが。


 目の前のガス灯の柱が突然消えて、ランプ部分が降ってくる。


「邪魔!」


 空に向かって大鋏を振う。


 ガス灯は簡単に細かく切り刻まれる。


 目の前の女と横から走ってくる女。

 少女の動揺は明らかだ。


「来ないで!」


 少女の叫び声が闇を震わせる同時にいくつもの空間の歪みが手当り次第に走る。

 建物の壁や窓が簡単に消えていく。


 ――イレイザー。


 過去に「消失」という能力を持った魔女がいたらしい。


 今私たちがいる空間からいろんなものを消してしまうのだという。


 消したものはどうなったか?


 誰も知らない。


 消えたものは二度と戻ってはこなかった。


 その魔女自身も一度消したものを再び元に戻すことはできなかったという。


 この少女は人を、壁を切っていたのではない。

 消していたのだ。


 だから切断面に摩擦跡がなかったのだ。


 過去に存在した「消失」と違う点は、その消し方が中途半端だということだ。


 ――中途半端な消失。


 頭の中で情報を整理していくうちに、少しずつ空間の切れ目が鮮明になってくる。

 消失が走ってくるのを大鋏で切り刻む。


 「消失」現象の切断。


 これならなんとかできるか。


 私たちに力が通用しないと知って、少女は脇道に逃げ込む。

 それを追おうとするが、頭上からの声に止められる。


「深追いするな! この先は袋小路になっている」


 建物の屋根からロビンが身を乗り出して言う。


「彼女の能力はわかった。今なら能力の封じ込めは可能だ。だが、暴発したら私の能力も消失させられる。君の切断だって消されるぞ」

「ロビンさんの言う通りよ」


 追いついたリアンが言う。「ここは慎重になった方がいいわ。袋小路とはいえ、建物の柱なんて消されて倒れてきたらあなたの切断でも切り刻み切れないでしょ?」


 ぐうの音もでないとはまさにこのことだ。


 正体がわからない能力も厄介だが、正体がわかってもこんなに厄介だとは。


 少女の逃げた先を黙って見つめた。


   *

 

 なんなのあの人たち!

 消えてほしいと思っても消えなかった。

 しかも大きな剣みたいなの持ってた。


 なんで? どうして?


 私は悪いことなにもしてないよ?


   *


「ああは言ったものの、だ」


 屋根の上、少女の様子を監視している横でロビンがつぶやく。


「なにか問題があるのか?」

「はっきり言って自信がない」

「えっ!? そういうことははっきり言わないと!」

「お前だって知ってるだろ。能力の封じ込めはようやくできるようになって、最近まともに使えるようになったっていうか、なんというか……」


 言葉がだんだんフェードアウトしていくのが余計に怖いんだが。


「もしもの時は……」

「下の二人を守ってほしい、だろ?」

「すまない、」

「そういう時は、よろしくお願いしますっていうものだよ」


 そう言うと、ロビンは何か言おうとしたが、頬を赤らめてそっぽ向いてしまった。


 まったく、素直じゃないなあ。


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