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魔女博物館〜The top secret story〜  作者: end&
第一話「鋏と傷口」
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「鋏と傷口」3

 鋏に触れるのは初めてじゃなかった。


 これまでに何度か触れたことがあったし、何ができる道具かも知っていた。


 その日は一人で遊んでいた。


 母がその場になぜいなかったのか、そこまでは覚えていない。

 ただ、適当な紙を与えられて、いろんな形に切ったりして遊んでいた。その最中に母がどこかに行ったんだと思う。


 だから、与えられた紙を使い果たしてしまった時、どうしたらいいのかわからなかった。


 母は戻ってこない。


 もっと鋏を使って遊びたかった。


 だけど、一度切ってしまった紙に再び鋏を入れる気にはなれなかった。たぶん、母に見せたかったんだと思う。


 切るものがなかった。

 いや、切っていいと言われたものがなかったのだ。


 部屋にあるものを勝手に切り刻むことはいけないことだと、幼ながらにわかっていた。私のものだと、自由に使っていいものだと与えられたのだとしても、それは切っていいものではない。


 だから――


 痛みで意識が覚醒した。


 いや、部屋に戻ってきた母に怒られて気が付いたのだっただろうか? 昔すぎてよく覚えてない。


 しっかり覚えているのは、切っていいものがなかったから、自分の指を切っていたということだけ。


 自分の体は、初めから自分のものだったから、切っていいんだと思ったから。



 リアンが異端審問室に呼ばれてから四日後、とうとう私にもお呼びがかかった。


 容疑者扱い、というわけではなく、「魔女狩り」の依頼だ。


「殺害時刻はガス灯が消える零時から明るくなる4時までの間と大体絞り込むことができました」


 王城がある帝都の西、異端審問室本部はこの国で一番大きい教会――トバルカイン教会の隣に位置する。


 同じ敷地内にあるとはいえ、一方は信仰の場、一方は忌避される者たちのたまり場。間には高い鉄柵と林で、目隠しが施されている。


 建物は二階建てと目立たないが、本拠となるのは地下施設のほうが広い造りになっている。

 地下室部分は大聖堂の下まで広がっているらしい。


 忌避されるものは信仰の対象で覆い隠してしまおうという、なんとも幼稚だが、わかりやすい嫌がらせだ。


 今はその地下室ではなく、地上階の二階、異端審問官副室長室にいる。


 Aランクの魔女は基本的に住居外への単独での外出を禁止されている。

 なので、当然隣にリアンがいる。


 異端審問室副室長――アルエット・ウィネーフィカ・ド・ベルナドットは、その高級な椅子に座り、同じく高級な机に組んだ手を置きながら淡々と告げてくる。


 まばゆいばかりの金の髪はいかにも聖女サマって感じだが、金の瞳はまるで獣のそれだ。


「俺がここに呼ばれたってことは、今回の切り裂き魔女を始末しろってことだろ? だったら余計な情報はいらない」

「クララっ」


 リアンはあわてて声を上げるが、アルエットのほうは気にする様子もなく、笑顔まで返してきた。


「あなたのそういうスマートな部分は嫌いではないですよ」

「あっそ」

「ですが、」


 彼女の顔が真剣なものに戻る。


「警邏を一般の警備兵から異端審問室実働部隊に変更しましたが、無駄に被害者を増やす形となってしまいました」


 異端審問室は、魔女の情報を管理するその名の通りの「審問室」と、対魔女戦闘力を有する「実働部隊」の二つに分けられる。


 実働部隊でも一人で魔女と対等に渡り合えるレベルとなるとたった数名だろう。だが、あくまでも数と作戦でもって魔女の動きを封じるのが実働部隊の役目。


「誰も、その魔女の姿を見ていないんですか?」


 リアンが控えめに手を挙げて質問する。


「ええ。班を組ませて魔女の捜索にあたらせていたのですが、接触したであろう班の全員が殺されるとは思ってもみませんでした」


 そう言ってアルエットは前髪をかきあげる。


 無念というより、「がっかり」という感じだ。

 彼女にとって、自分の配下も魔女もただの手駒でしかないようだ。


「ただ、聞き込みのほうでは成果がありました」


 手元の資料に目を落としながら言う。


「本件とは全くないだろうということで、別の者が担当していた案件なのですが、無関係ではなさそうですね」

「やっぱり魔女がらみの事件ですか?」

「ええ、現場の様子からいってまず間違いはないだろうと。ただ、こちらは被害者ではなく、破損事件なんですよ」

「まどろこっしいな。何が壊されたのか知らねぇけど、その壊された箇所と今回の殺人の切断面が似ていて、破損事件と殺人事件が同じ日に起きてたってことだろ?」

「ご理解が早くて助かります」


 アルエットは満面の笑みを浮かべて机の上で手を組む。


「破損事故はすべて孤児院で起きています。壁にぽっかりと穴を開けられたんです。一階部分であれば、そのまま外につながる壁だったり。二階であれば部屋の扉と正門。建物の壁。形はそれぞれですが、大きさは――」

「子供が通れる程度」


 思わず大きなため息がもれる。


「孤児院に預けられた子供が逃げるために穴を開けたってところだろ?」

「そして孤児院を抜け出した後で人を殺した。なぜ殺したのかまでは予測はできません。ただ、この国で孤児は例外なく保護の対象です。何度も孤児院を抜け出してはまた孤児院に入れられて、また抜け出して、その繰り返しです」

「だったらいっそのこと自由にしておいたほうがよかったんじゃないのか? 孤児院だって壁に穴を開けられてたまったもんじゃないだろ?」

「初めから魔女だとわかっていればこちらの異端審問室で保護したのですが。今回は完全に後手に回ってしまったようです」


 アルエットは再びため息をついて言葉を続ける。


「ただ、気がかりなのは壊された壁もこれまでの遺体と同じく、破片が残っていないという点です」

「壁を持って行くなんて考えられませんからね」


 遺体を持って行くのも、子供の力でみれば考えられない話だけどな。


「今まで出現した魔女の能力を調べているところですが……、なにぶん量が量ですから、数日かかるでしょうね。ですから可及的速やかに対処していただくため、あなた方をお呼びしました」

「あなた方って、リアンもか?」

「ええ、もし今回の魔女の能力が切断だとしたら、万が一、切られたとしてもリアン・ユリアホルンの能力で縫合は可能かと思いまして」


 名前が出て、リアンが答える。


「あれだけ綺麗な切断面なら縫合なんてしなくてももしかしたら組織のほうで再結合する可能性が高いですが、問題は失われた部分ですよね?」

「その点に関しては、」


 アルエットは私とリアンの後ろのソファに座る人物に対して声をかける。


「あなたにお願いしますね、ロビン」


 振り返った先、十かそこいらの少女が、自分は関係ないといった様子でテーブルの上の焼き菓子を頬張っていた。


 アルエットの言葉にうなずいて答えたのは、ロビンの隣に座った眼鏡をかけた護衛の方だ。名前は何と言ったか。柔らかそうなブロンドの髪で、見るからに優男な癖に、とりあえず剣の腕が立つという。それでロビンの専任審問官の代わりに彼女の監視役兼護衛をしているらしい。


「作戦などはあなた方にお任せします。何かご入り用でしたらいつものように気軽に言ってください」


 どんなに過酷だろうが、難解だろうが、魔女をこき使うアルエットの声はいつだって明るい。


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