「悪い魔女」3
ルージュがいなくなった以上、未熟な魔女を誰かが世話して、力をコントロールする方法を教えてやらなければならない。
ロビンの場合、二つの未熟さを抱えていた、人間としての未熟と、魔女としての未熟。
後者に関しては、ルージュに生前、世話を頼まれていたロード・マギア――魔法使いのカメリア卿が教鞭を取ることとなったのだが、彼女とてただの貴族のご令嬢、暇を持て余す姫君というわけではない。
日々、「鍵」を失った異端審問室に対し、助力してもらっている最中だ。
力の扱いについて指導するのにはもう少し時間がかかりそうだった。
レオはそのまま、流れ作業のように鍵の魔女の専任審問官を任されることとなった。
生前、ルージュから常に言われていたことだった。
――ロビンのことをお願い。
あのルージュに限って戦闘中にしくじるわけがない。彼女が最善の状況で力を発動させられるようにと、余計なものを排除するために、実働部隊所属のレオが専任審問官として任命されたが、彼女と行動を共にするうちに、多少剣の腕が鈍ったような気がした。
相手の能力がわかれば、あとはその能力を封じれば――鍵をかけてしまえばいい。
よけいな血が流れる余地などなかったのだ。
ただ、万が一のために置かれた番犬は活躍場を失い、牙はその鋭さを失った。
まるで、野生動物がペットに変わったようなものだと、レオは思った。
そのペットは、今では主人を失い、主人が残した子供の面倒を見ている。
ルージュの書斎は、そのままロビンの部屋となり、今は訓練室も兼ねている。
テーブルに置かれた五つの、鍵付の小さな箱。
取り付けられた鍵はチープなもので、鍵穴に針金でも入れていじくれば、素人でも簡単に開けられる、そんなおもちゃレベルの鍵箱だ。
そんな鍵箱に、ソファに浅く腰かけて意識を集中しているロビンがいる。
ルージュの死後、少し痩せたような気がする。
ルナールによれば、固形物をあまり受け付けず、スープやあっさりしたもの以外は受け付けないらしい。
魔女の体調管理も専任審問官の仕事の一つだ。
だが、調理なんて学んだこともないし、勉強しようとも思ったことがない。かろうじて、「おいしいかもしれない」と思う程度で、食に頓着しないので、栄養学も全くだ。
そういうことなので、食事に関してはロビンの好きそうなもので、栄養が偏らない程度に、とルナールに頼んでおいた。
レオはロビンの向かい側のソファに腰かけ、懐から手になじんだ懐中時計を取り出して時間を確認する。
五つの箱すべてに鍵をかける。
それが準備運動のようなもので、そこから少しずつ難易度の高い課題をこなしていく。
いつもなら十五分、調子が良くて十分ですべてに鍵をかけられるはずなのに、すでに三十分は超えている。
ふと、おびえた表情でこちらを盗み見るロビンと目が合う。
すぐに視線は元に戻されるが、集中力が途切れているのはわかった。
「もういい、」
その言葉にロビンの肩が跳ね上がる。
「調子が悪いんだろ。無理はしなくていい」
「そんなこと、ない……」
「だったらなぜ鍵をかけられない?」
「それは――」
「いいわけはするな」
ためらいなくでた冷淡な声。
「作戦のある任務で調子が悪いからできないなんていいわけは通用しない」
ロビンが息を詰める音。
テーブルの上に涙が落ちる。
泣いて能力が発動するならいくらでも泣けばいい。
「とにかく、調子が悪いなら無理はしなくていい。とにかく調子を整えることを優先しろ」
懐中時計を懐に戻して立ち上がる。
ロビンは涙をぬぐうこともせず、黙ってうつむいて泣いている。
こんな時、ルージュなら――
泣いている彼女をそのままに、部屋を後にする。
――私は、ルージュじゃない。彼女の代わりはできない。
「あら、お出かけですか?」
馬具を持って馬小屋に向かう途中、籠に野菜を入れたルナールに声をかけられた。
「今日は特別な用事はないと思ってましたから。昼食は必要なかったかしら?」
「あ、ああ、教会のほうで軽く済ませる」
「審問室へ行かれるんですか?」
「少し、用があって、」
「ロビンさんのことですか?」
ルナールは視線をそらさない。
彼女を見ていると、女は強いんだなと実感させられる。身体的な部分ではなく、精神的な面で。
「いや、私の個人的なことだ。……夕飯も、済ませてくるから、私の分はいい」
「わかりました。息をつく暇もありませんね」
「本当にな」
そう言って、すれ違う。
息をついていたら、自分は立ち直れない。
レオは己が修復不可能なほどに崩れる自分の像を、いつでも頭の片隅で何度も繰り返し見ていた。
レオとロビンの間に生じた不穏な空気を感じないほど、不干渉を貫くルナールではない。
神職に付きながら、レオがルージュに惹かれていたことも知っていた。
職がどうであれ、人間である以上、誰かに恋をすることはあるだろうと黙って見守っていた。
そこに、ロビンが来て、二人の子供とは言わなくとも、レオとロビンはまるでルージュを姉か母のように慕う兄妹のようで、そんな平穏な日々を見ているのが、使用人としての至福であると、ルナールは思っていた。
この穏やかな日々がいつまでも続き、ロビンが立派に成長すれば、他の専任審問官が付き、他のどこかへ行ってしまうのか、そんな日常的な想像しかできなかった。
魔女に使えていようが、自分はただの一般人にすぎない。
演劇で端役として舞台に上がることもできない裏方。もしくは観客。
それでも構わない。
王宮時代、他方から様々な嫌がらせを受けても、黙って受け流し、大丈夫だと強がりを言って見せる主人の姿はそこにはなかった。
心の底から、純粋に笑みをこぼすルージュの姿が見れて本当によかったと思った。
気づけば、野菜を切る手が止まっていて、ため息がこぼれる。
二人の前では気丈に振る舞っているものの、十年近く仕えた主人の突然の死というのは堪える。
国王の百人近くに及ぶ侍女たちならば、その死をたくさんの仲間と共有して泣くことができるだろう。
だけど、ここには私一人だ。
感傷に浸る意識が、大扉のノック音で引き戻される。
――誰だろう?
包丁を調理台の上に置き、手を洗い、エプロンで水をぬぐって扉を開く。
「突然押しかけてすまないね」
「カメリア様、」
扉の向こうに、魔法使いの笑みがあった。




