「catch me」2
綺麗に刈られた芝生の上、腹這いになってマスケット銃を構える。
的との距離は、おおよそ五十メートル。
「こちらの射撃精度の問題ではないと思うんですけどね」
引き金をためらいなく引く。
同時に火薬の爆発音と肩にズシッと弾を打ち出した反動がかかる。
テスト撃ちは今のが最後、ため息を付きながら私――リズ・ベルボヌルは立ち上がる。
国産マスケット銃の精度確認テスト。
改良に改良を重ね、失敗作も重ね、今度こそは! と、いつも異端審問室実働部隊に武器を下ろしてくれている方からのお願いとあって試してみたのだが。
その銃を兵隊のように肩に立てかけ、的の確認に向かう。
撃ったあと、的が動いたようには見えなかったので、たぶん今回も外れだろう。
用意された五本を二回ずつ、十回撃ったのだが、それぞれバレル精度が違いすぎる。
たぶん、一本のマスケット銃に絞り込んで五発くらい撃ったら一度は的に当てられるような気がする。
的板を台座から外して、実働部長のルイが難しい顔をしながらこちらにやってくる。
まあ、基本的に難しい顔なんですけどね。
背は低いし、加えて童顔。
髪は短く刈り上げられているが、こめかみ辺りの一房だけは伸ばされている。
――消えなかった古傷を隠すためだそうです。
どれだけキャラ盛ってるんですかね?
今、巷で話題の犯罪小説の登場人物ですか? もうこの人、主人公にしちゃっていいんじゃないですかね?
考えが表情に出ていた気はしないが、ルイが無言で的を渡してくる。
的は縦横五十センチの正方形。
弾がかすったような形跡もない。
「お前なら当てられると思ったんだがな」
腕を組みながらルイは言う。
「一本の銃を使い込んで癖を覚えれば何とかなると思いますが、実戦に持ち込むまでにはお金に時間もかかりますよ」
「金のことなら気にしなくてもいい」
「?」
「今回のテスト射撃のデータだけで、お前が普段使ってるナイフが百は買える」
「だったらこんな役立たず無理に使わなくてもいいじゃないですか!」
思わず声を荒げてしまった。
「まったく、その通りだ」
ルイは大きなため息を付いて言う。
訓練場から実働部隊本部の建物まで、ルイと並んで歩く。
「隊長さん、武器商ってそんなに儲かるんですか?」
「やつらはこの国だけで商売しているわけじゃないからな。武器を欲しがっている連中がいると聞けばどこにでもだって行くだろ」
「北のクレモネスとかですか?」
私の問いにルイは首を横に振る。
「いや、たぶんあそこで武器商なんて成り立たないだろうな。クレモネス製の武器を買い取るって言うんなら話は別だが」
「でも、クレモネスって軍事大国じゃないですか。武器を集めているんじゃないんですか?」
「あの国は元々錬金術師が興した国だ。今は生粋の錬金術師はほぼいないが、奴らの残した技術が国を維持している」
「錬金術で国を維持ですか?」
なんだか怪しい儀式をやっている風景しか思い浮かびませんけど。
「錬金術の副産物で得た知識で、あの国の医術と製鉄技術が一気に進歩した。――隣のイースクリートとの戦争くらいは知っているだろ」
「ええ、」
北のクレモネス、南のイースクリート。
この国――セクトリアはイースクリートの元属国であった。戦争があったのはその時の話。私も、ルイ隊長も生まれるずっとずっと前、曾祖父あたりの時代になるのだろうか?
クレモネスは錬金術師の国、イースクリートは聖者の国。
信仰するものが異なっていたのだ。
方や、奇跡は突き詰めれば自然現象、人為で起こすことが可能だと解き、もう片方は神の御業であると、奇跡を人の言葉で説き伏せようなどと罰当たりであると――
今のクレモネスに生粋の錬金術師がいないのと同じく、イースクリートにも聖者と呼べるほどの奇蹟を起こせる人がほとんどいなくなっていた。
クレモネスに残されたのは先人たちの技術。
イースクリートに残されたのは過去の聖人たちの奇蹟――の記録だけ。
小さなすれ違いが戦争に発展するまでそれほど時間はかからなかったらしい。
クレモネスはその技術を持って、二国の間に横たわる川を越えてイースクリートに進行した。
クレモネスには穀物を育てるための平地が不足していた。
北と東西を針葉樹の林に囲まれている。
林業で稼ぐことも可能だが、木が育つまでの時間を考えれば、むやみやたらと切り倒すこともできないし、北東の針葉樹林帯は北の海から吹きつける冬の風から国土を守る役目を果たしていた。
対するイースクリートは南に位置し、四季はあれど、冬はそれほど辛くはない(これも針葉樹林帯のおかげだ)
そして、昔川だった部分、肥沃な土地を北東と南東に有していた。
技術はあれど、技術で民の腹は満たされない。
衰退する聖者の国に技術大国が攻め入る。
当然の帰結だと思う。
歴史の授業の時に思ったのだが、なぜ偉い人はこうも上下関係をつけたがるのだろう? 戦争をしたがるのだろう?
クレモネスは食べるものに苦しいから、技術を与える代わりに食べ物を分けてほしいと言えばよかったのに。
イースクリートは衰退する国を建てなおすために技術を分けてほしい。代わりに食べ物を分けようという考えに至らなかったのだろうか?
そこは、新しい知識を国内に入れたくなかったイースクリート側に問題があったから仕方がないのだけど。
今は両国間で友好条約が結ばれて、仲良くしているそうだが。
このセクトリアはその戦争の時に早々に属国から外れ、クレモネスに対し、物資の援助を行っていた。
セクトリアはイースクリートのような広い平地を有しているわけではないが、それでも国内を川が流れているということもあって、川沿いは作物を育てるのに適した土地らしい。
そして、なによりセクトリアはクレモネスに貸しがあった。
クレモネスに属する公国からの木材の輸入だ。
レンガを作るのも、王宮の調度品も、輸入した材木が用いられた。それは今でも続いている。
セクトリアは早々に中立国になったということで、今まで友好国であったイースクリートとの関係が一時期一気に冷めてしまった。
――だから魔女なんて生まれるんだ。
いまだ、行き過ぎた信仰心を抱く者たちは、そう言う。
イースクリートを、聖者の国を裏切った罰として魔女の国になったのだと。
――っと、話が大幅にずれてしまった。
ルイは淡々と語る
「イースクリートとの戦争でクレモネスはこの東大陸一の軍事大国と呼ばれるようになったと言われている。軍略ももちろんだが、各国が注目したのはあの川越えの技術と武器の斬新さだ」
うーん、話がなんかマッドですよ? 武器って人を傷つけるものだし、それを斬新というのはちょっと……。
「戦後、各国に散らばっていた武器商人たちがクレモネスに集結したらしい。――あの国は買わなくても、いくらでも武器を生み出せる。だから買う必要はないんだ。むしろ売る側だ」
「それじゃあ、クレモネスってすごくお金を持っているということでしょうか?」
「俺の大斧――」
そう言えば、ルイ隊長さんの武器はクレモネス製でしたね。
「あれかっこいいですよね。大きくて、いかにも『武器!』って感じで」
褒めたつもりだったのだが、ルイにすごい顰め面を向けられた。
なんでです?
「大斧一本で、大聖堂のパイプオルガンが買えるくらいだ」
「馬鹿なんじゃないですか?」
今度は呆れ顔を向けられた。
「あ、すみません」
口に手を当ててすぐに謝る。
さすがに、上司に向かって「馬鹿」はないか。
「俺だってさすがにこの値段はないだろうと思った。だが、魔女の能力に、生身で太刀打ちするとなれば、能力を底上げするような、リミッターを解除する道具に頼るしかないんだ。正直、お前の能力がうらやましい」
「もしかして褒めてます?」
「もちろん」
うーん、正直「きゃー! 部隊長にうらやましいって言われちゃいましたよ! めっちゃ嬉しいです!」って、純粋に喜べない。
確かに、ルイは大斧のおかげで魔女と対等に渡り合えている気はするが、やっぱり、経験の差、年の功の前では私も勝つことができない。
第一、私は女の子ですからね。力勝負では敵いませんよ。
その「敵わない」を頭を使って攻略しているというか、努力のごり押しというか。
建物の前まで来ると、内側から扉が開かれる。
部隊本部の建物から出てきたのは、実働副部隊長で、ルイの片腕のヴィンセント。
切れ長の目はいつも笑っていて、不気味。なので、私はあまり彼のことを好きではない。
副隊長という肩書から、隊長くらい強いのかなあと思っていたのだが、実働部隊に入って二年、彼が戦っているところを私は一度も見たことがない。訓練場にさえ姿を見せたことがない。
周りの噂を聞いてるかぎりでは、本当に戦えなくて、秘書的なポジションだとか。
「お疲れ様です。射撃テストはどうでしたか?」
階段を下りながらいつもの笑顔でルイに問いかける。
「使い物にならん。まだ石を投げたほうがマシだ」
そう言って、ルイは私が持っていたマスケット銃をつかみ上げると、ヴィンセントに向かって突き出す。
もちろん、銃口は明後日の方向。弾も入っていないが、一応、「鋏を人に渡すときは持ち手を相手に向けて渡しなさい」というアレだ。
「それは残念」
ヴィンセントはマスケット銃を受け取りながら、大げさに肩を下げてみせる。
――とても、残念そうには見えませんけどね。
そもそも、マスケット銃の導入、その話を持ってきたのはヴィンセントのはずなのに。
「ところで、なんか用があったんじゃないのか?」
ルイの方から話をヴィンセントに向ける。
ヴィンセントは基本的にインドア派で、日々机に向かっている。
その彼が建物から出てきた。真昼間から、仕事すべてこなしたんで帰りますということはさすがにない。
「また死体が上がりましたよ。警備隊から連絡が入りました」
その言葉に、ルイは盛大なため息を付く。
「例のクロスボウ殺人か?」
「ええ、路地裏に放置されていたそうです。一応、警備隊の方で身元確認をしているようですが、派手な刺青とか、ならず者の可能性は大ですね」
「ということは解剖はまだだな?」
「いつ遺族が名乗り出るともわかりませんからね。今は警備隊本部のほうで遺体を一時的に安置している状態ですが、解剖医の話ではメスを入れなくとも完全に心臓を射抜かれているのがわかるそうで」
「そうか、」
ルイは腕を組んで何か考え込むように顎を引く。
「今回の遺体も合わせれば九人か。闇組織の連中が見せしめで下っ端を殺しているにしては数が多いし、殺しまでのスパンが短い。金持ち共の馬鹿騒ぎを洗ったほうが良さそうだな」
「潜入捜査ですか?」
「今はその潜入先を定められないだろ。聞き込み班に動いてもらうしかないな」
「警邏は今のままで?」
「そうだな……」
ルイがこちらに顔を向ける。
「リズ、お前ならできるか?」
――クロスボウで的確に心臓を射抜くことが。
「条件によりますけど。副隊長さん、今回の遺体にも拘束された跡があったんですか?」
「ああ、言うのを忘れていましたね。もちろん。磔刑というんですかね。被害者は必死で縄から逃れようとしたんでしょうね。出血の跡が残っていたそうです」
「今までの被害者、解剖した方々の報告書で、心臓、ないしは皮膚の表層部に服の繊維が残っていたんでしたよね……、悔しいですが、私では心臓を射抜くのは無理だと思います」
「参考までに、理由を聞いてもいいか?」
ルイが質問を重ねる。
「まず、遺体に残された擦過痕。出血するほど被害者は暴れていたということですよね? なにかしら固定されていたとしても、暴れられれば心臓を外す可能性があります」
「不確定要素か、」
「はい。同じく、不確定要素として、服を着ている場合です。裸なら心臓の位置は容易にわかりますが、服を着ていると『心臓近く』を撃つことは可能かと思います。それに、心臓の位置自体人によってそれぞれですから、以上の理由で私には無理です」
「となれば――」
ルイの言葉をヴィンセントが引き継ぐ。
「魔女の犯行、でしょうね」
ヴィンセントの顔がこちらをまっすぐ見つめてくる。
「ラプラスの乙女を超える能力となれば、それしかないでしょうね」
あなたに言われると、嫌味にしか聞こえないんですけど。
私は黙って、ポーチまでの階段を登った。




