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魔女博物館〜The top secret story〜  作者: end&
第一話「鋏と傷口」
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「鋏と傷口」1

 鋏で切るのと、ナイフで切るのとでは違うと何かで読んだ。いや、聞いたんだったか?


 でも、鋏で切った紙とナイフで切られた紙を差し出されて、どちらがどれで切られたものか見分けられる人間がいるか?

 もしいるとしたら、それは大層なもの好き――という名の変人。


 クララ・コルノミカは布切り鋏で布の裁断作業をしながらそう思った。


 彼女が作業する広い天板の机の上では同じように布を切る鋏たち。


 鋏を持つ手はない。

 鋏が勝手に動いて、布に描かれたパターンを綺麗に切断していく。


 琥珀色の瞳で見つめて支持を出さなくても鋏は正しく裁断してくれる。こうなるまでに何年かの訓練は必要だったが。


 ――切断。


 ざっくりと鋏を入れられた漆黒の髪型はギロチンの刃にも見えなくもない。

 それが、クララの能力だった。


 

 この国には魔女がいる。

 なぜだか、女性だけが魔力に目覚めるのだ。


 魔力と言っていいのか? それは「魔女」の烙印を押され、実際にこうして力を使うクララにもわからない。


 大陸の西には、神秘を操る本物の魔法使いがいるという。

 だから、己の能力も、他の魔女たちの能力もまがい物なんだと思う。


 魔女が操れるのはたった一つの事象のみ。


 クララの能力は「切断」。


 切断する道具ならばなんでも操ることができるし、本来切断目的で作られた道具でなくとも、結果として「切断」という事象を生じさせることができるものであればなんでも操ることが可能だ。


 だが、世間一般の思う切断行為からかけ離れている場合は、能力を扱う魔女の力量次第となる。

 何を「切断」できるかどうかも魔女次第。


 切るという行為。


 今のように布を切る、紙を切るのは一般的だ。


 その気になれば「想い」も断ち切ることができるかもしれない。

 となれば、「縁を切る」ということもできるのではないかと他の魔女に聞かれたことがある。そういう言葉があるのだから、たぶんできるんだろうなあと適当に答えたような気がする。


 魔女が断ち切りたい縁といったら、異端審問官との縁だろう。


 日々、魔女の行動を制限したり、監視したり、罰を与える教会の一機関。


 異端審問官なんていなければ魔女はもっと自由に暮らせるのだろうとクララ自身も思う。

 だが、いないならいないで、仲の悪い魔女同士はすぐに喧嘩を始めるだろうし、無法地帯もいいところだ。

 人より多くを持つ者は疎まれて当然。能力を持たない一般市民から魔女を守ってくれているのは他ならぬ異端審問官だ。


 たまに、何が何でも異端審問官に従いたくないとか、頭のネジが飛んでしまってるような魔女や、北の大国かぶれの半端な錬金術師が起こす騒動を収めるための教会の遣いっ走りにされることになるが、慣れてしまえば快適なものだ。


 今はこうして教会から頼まれて服作りのための裁断作業をしてそこそこのお金と評価をもらって他の服屋と変わらない生活をしている。もっとも、ここで作る服は教会用のもので、一般に出回るものではないのだが。


 「切断」という能力は一般的に地味だし、道具を使えばだれでもできる行為だ。

 だが、魔女の場合の「切断」は規模が違う。

 道具によっては大木も切れるし、人間も切り殺せる。


「ただいまー」


 多少気の抜けた声がアトリエに響く。


 扉から顔を覗かせたのは、ここで一緒に作業している「縫合」の魔女――リアン・ユリアホルン。


 一本にまとめられた長いブロンドの髪と青い瞳、見た目はどこにでもいる一般女性そのもの。


 珍しく正装だったので、思わず裁断の手を止める。


 周りの鋏たちはシャキシャキと真面目に働き続けているが。


「……今日って何か用事あったっか?」


 作業、食事、就寝、たまに娯楽という生活を毎日こなしてるせいか曜日の感覚が抜け落ちている。

 スケジュールに関してもそうだ。暦なんて見なければ、当然自分の誕生日すら忘れている始末だ。


「キッチンにメモ置いていったんだけど。また飲まず食わずで作業?」


 スカーフを外しながらリアンが苦笑を浮かべながら言う。


「うん、集中してた」

「別に急ぎの作業じゃないんだし。ちょうどいいから休憩にしよう?」


 そう言われて、勝手気ままに動かしていた鋏たちを閉じて机の上に置く。


「ところで、どこに行ってたんだ? 採寸とかじゃないよな?」


 採寸だったら、そのための道具を詰めた大きなバッグを持っているはずだが、彼女が脇に抱えているのは小さなハンドバッグだけ。


 問いに対して、リアンは小さくため息を付く。


「異端審問室からの呼び出しよ」




 本来リビングにあたる部屋を縫製用のアトリエにしているため、キッチンとリビングが一緒というインテリアになっている。


 ソファや壁にはリアンの作ったパッチワーク作品がかけられている。


 これは縫合能力など使わずに作ったものだ。


 先ほど、私が自ら鋏を手にしてやっていたことは能力には含まれない。

 たまに能力を使わずに手先を動かさないと、能力が頭の中でゲシュタルト崩壊してしまうのだ。


「で、なんで呼ばれたんだ?」


 リアンがお茶を口にし、ため息をつくのを見て問いかける。

 キッチンの丸机、対面に座る彼女は頬杖をついて再びため息を吐く。


「気持ちのいい話じゃなかったわ」


 窓の外、傾きかけた日の光でオレンジ色に染まる景色を見ながらリアンは言う。


 国内の異物を管理する異端審問室。そんなところに呼ばれたのだから、当然、魔女がらみか、厄介な事件がらみなのだろう。


 好んで首を突っ込みたがるヤツもいるようだが、リアンも私も、そういう人間ではない。


 しばらく、部屋が沈黙に包まれる。


 女の二人暮らしで、二人でいる時の沈黙が居心地悪いと思ったことはない。

 第一、アトリエで二人きりで作業している時はほぼ無言だ。


 沈黙は特別なことではない。

 だけど、リアンが気軽に口を開かないということは特別だ。


「……俺のこと?」


 魔女はその能力から考えられる一般に及ぼすであろう影響力と危険性からランク分けされる。


 ランクはA、B、Cの三段階に分けられるが、あくまでも「影響力と危険性」の高い者に与えられる。これに当てはまらない者は「その他」というお粗末なものだ。


 その中でリアンはCランク。

 私はAランク。


 私の言葉が誘い水になったのかは知らないが、リアンがまっすぐこちらに視線を向ける。


「ここ数日のあなたの行動について聞かれたわ」

「なにか、俺がやりそうな事件が起きたって?」


 慣れている。


 刃物で行われた殺傷事件があるたびに、真っ先に疑われるのだから。


 リアンは魔女であるが、同時に私の専任審問官に近い役を担っている。

 専任審問官というのは、魔女一人に対してつけられる監視のことだ。


 本来であればこの役は異端審問官の中から選出されるのだが、私はこれを拒否した。というか、リアンが横からその役目を掻っ攫ったというか。


「血なまぐさい殺傷事件ってことか?」

「負傷者はいないわ」


 その言葉に視線を上げる。リアンは話を続ける。


「生存者なしの連続殺人事件」

「連続殺人だって決め手は?」

「今日呼ばれたのはあなたの行動もあるけれども、遺体の切断面の精査もあるかな」


 リアンは普段、針子として洋服を縫っているが、「縫う」ということを人体に対して行うこともできる。


 縫える傷と縫えない傷があるが、そう判断するために彼女はいくつもの傷を見てきている。傷に関してのプロと言っていいかもしれない。


 ――に、してもだ。


「切断面? 完全に切り離されていたってことか?」

「そう。どれも体のどこかが完全に体から切り取られているんだけれど、それがおかしいのよ」


 彼女は少し身を乗り出して言う。


「おかしいって?」

「まるで探偵小説みたいなのよね。切断された部分が残ってないの」

「切断して、犯人が持って行ったんじゃないのか?」


 そう言って、ティーカップを口元に運ぶ。


「下半身を丸ごと持っていく人なんているのかしら?」


 手が完全に止まってしまった。


「あ、ごめんなさい、気持ち悪い話して」

「いや、いまさらだろ」


 改めて紅茶で喉を潤す。


「下半身……、上半身は残ってたってことか?」

「それが、何体目の遺体だったかな? 一番新しいものは首を含む上半身の一部。それと、右足だけとか」

「右足だけでも遺体って言うのか?」

「誰かの落し物ってわけでもないでしょ? それも今回の事件と関連があるのか、傷口から判断しようってことで」

「リアンが見た限りでは犯人は同じだろうと」

「うん」

「人体切断か。魔女だろうな」

「クララがそう言うのなら、やっぱりそうだよね」


 リアンは苦笑を浮かべながら言う。


 私は切断に関してのプロだからなあ。

 でも――


「手足を切り離すにしたって場所によっては生半可な刃物じゃ俺でも無理だ。大鋏でも使わないと」

「それは異端審問室でも理解していたわ。一応念のためってね。ただ……」

「ただ?」

「……大鋏でもあそこまで綺麗に切断できないと思うの」


 刃物による切断は摩擦が生じる。


 昔、私と同じ「切断」能力を持った魔女がいた。

 その女は人を切って、切って、切り殺した。


 人間を切ることに熱中した。


 彼女は刃物屋をその能力でもって脅し、大きな鋏を作った。

 人間の胴体を丸ごと切れるくらいの大きな鋏。


 それが、大鋏。


 その魔女は、捕まって切り殺されたが、大鋏は残った。


 鋏は二枚の刃を重ねたものだ。


 魔女の処刑以降、残った鋏は分解され、片方は教会、もう片方は「鍵」の魔女が管理する遺物保管所に収められている。


 私がそれを扱えるのは教会から使用許可が出された時のみ。しかも、片方だけ。


 本来の鋏としての遣い方ではなく、剣のような使い方になるが、それでも魔女の遺物というだけで道具としての限界値は跳ね上がる。


 聖遺物に対して魔遺物とでも言うのだろうか?


 対象物の強度や靱性に関係なく切り刻むことが可能だ。


 だが、それ以上の切断面となると、「切断」能力ではないのでは?

 「切断」についてあれこれと考えていると、玄関の呼び鈴が鳴った。


「教会の人間か?」

「どうかな?」


 リアンが立ち上がって玄関へ向かう。


 接客はすべてリアン任せだ。

 このアトリエに来るなんて、服作りを任せている教会の人間くらいの者だろう。


 残った紅茶を飲み干す。


 そういえば、魔女の何人かがたまに来ることを思い出した。同時に、その「何人か」の奇声に近い声が鼓膜に突き刺さった。


「連続殺人だよ! 殺人鬼だよ! 怖いねー。物語だねー。ファンタジーだよ!」


 振り向けば、なぜか部屋の入り口で両腕を天井に向かって突き上げる女の姿。


 羽織ったコートは新品のようだが、中に着ているワンピースは汚い。いろんな色で汚れている。というか、作業用のエプロンつけたままコート来てないか?


 緑色の瞳が好奇心……というより、野次馬根性的な光をたたえてこちらを見つめてくる。


「いやー、クララちゃんすごいね! 第一容疑者じゃん!」

「勝手に決めつけるな。というかまずそのエプロンどうにかしろよ、油臭い」

「ちょっ! えぇえええええええ!? セシルさんなんでコートの下にエプロン着てるんですか!? もう絵の具付いちゃってるじゃないですか!」


 ――そうだ、こいつらセットでうるさいんだった。


 癖のついた赤毛髪の絵の具にまみれの女は「画家の魔女」セシル。


 セシルに続いて部屋に飛び込んできた黒縁眼鏡をかけた小さい男はジャックなんとか。セシルの専任審問官で、教会支給の黒い制服に身を包んでいる。


 魔女と専任審問官、どちらかといえば、異端審問官のほうが前に立つものだが、このコンビの場合。セシルが汽車で言うところの先頭車両機関部で、ジャックはそれにくっついてる貨物車状態だ。


「小さいことで小さいこと言うなよジャックぅ。人生汚したもん勝ちだぜ。君ももう少し人生汚したほうがいいぜ」

「もうあなたのせいでけっこう汚れてますから!」


 ――だろうな。


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