表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女博物館〜The top secret story〜  作者: end&
第二話「受難告知」
13/52

「受難告知」3

 専任審問官は一日の始め、本部へ顔を出さなければならないという義務はない。


 魔女の監視を行い、定期的な報告という義務が果たせていれば、あとの生活態度などはどうでも良いようだ。


 だが月に一度、全体朝会は異端審問室本部で行われるし、魔女がらみの事件があった時もまた、本部に呼び出されることがある。


 担当する魔女によっては、顔を出せないという審問官もいるが、そういう者たちには文章や口頭で知らせがいく。


 僕の場合は四六時中セシルさんにくっついていなければならないというわけでもないので、全体朝会も本部からの緊急の呼び出しもたぶん皆勤賞だ。


 ――その、緊急の朝会で知らされたのが、「音楽家」ドルチェの殺害――死亡だった。


 数日前に会った人物との突然の別れ。

 僕の家は両親が健在だが、祖母の死は経験している。


 だが、祖母は高齢だったうえに長患いで、両親から言われて心構えができていた。

 だから、音楽家の殺害状況などの説明も、ほぼ上の空で聞いていた。


 僕は身近な人の死に慣れていない。


 同じ役職についていながら、いつ死ぬともしれない任務に就いている者もいるというのにだ。


 震える手で、メモを取っていく。


 メモなんて取ってどうするんだろう? 殺人事件なら警備隊の仕事になるんじゃないのか? でも、魔女に関する事件はやっぱり異端審問室で請け負うのだろうか?


 徐々に周りの音が消えていく。

 周りは淡々と、指示されて装備をそろえたり、移動したり。


 僕だけが、日常から切り離されていた。


   *


 庁舎に戻ると、セシルが五枚目の絵の下書きに取り掛かっていた。


 床には、たくさんのスケッチブックが散らばっている。

 今まで書き溜めた、絵を描くための参考資料だったり、練習の跡だったり。


「緊急の呼び出し、なんだったんだぁ?」


 キャンバスに向かったまま、手を止めずにセシルが聞いてくる。


 なんて伝えればいいんだろう?

 セシルは、他の魔女の死に慣れているんだろうか?


「どうしたジャック? お腹でも痛いのか?」


 何も知らないセシルが、こちらを見て首をかしげている。

 隠したところで、何になるって言うんだ。


「音楽家さんが……」


 隠してたら、それこそセシルさんに怒られる。


「ドルチェさんが、昨日の夕方に……殺されたそうです」


 言葉にした瞬間、数時間にも満たない、彼女と一緒に過ごした記憶が甦ってきた。


 セシルは手にしたパレットと筆を、脇に置いた作業台に置く――


 と思ったら、それらを手にしたまま、作業台の上の絵の具や筆洗バケツなど薙ぎ払った。

 金属音が広い空間にこだまする。


 パレットも乱暴に投げ捨てて、パレットナイフを片手に、セシルは大股に完成した絵に近づく。


 ――ドルチェさんが見て、音楽を奏でた絵。


 セシルが何をしようとしているのかすぐにわかった。


 散らばった画材もそのままに、走って絵とセシルの間に割って入る。


「そこをどけ!」

「絶対に嫌です!」


 後ろにある絵を守るために両手を広げて、セシルの前に立ちはだかる。


「セシルさん、この絵をめちゃくちゃにするつもりでしょう? 気に入らないことがあったらいつもそうだ!」

「それはボクが描いた絵だぞ! それをボクがどうしたってキミには関係ないだろ!」

「関係大ありですよ! 絵の納期が遅れたら怒られるのは僕なんですからね!」

「キミはいつからボクのパトロンになったんだ、ギャラリー経営者になったんだよ! そんなのボクには関係ない!」

「セシルさんには関係なくても、セシルさんの絵を楽しみにしている人になんて言い訳するんですか!?」

「そんなのボクが知るか!」

「少しは周りのことを考えてください!」


 絵の才能に恵まれて、だけど魔女になったセシル。


 僕の前の専任審問官の機嫌を取るために、おびえながら絵を描き続けた彼女に年相応の態度を求めるのは気がひけていたが、今は少し大人になってもらわなければならない。


「他の絵は、百歩譲ってセシルさんの好きにしてもいいです。だけど、ここにある絵だけはだめです。ドルチェさんにあんな素敵な演奏をさせたこの絵たちだけはだめです!」

「キミは本当に馬鹿だな! 彼女のことを思い出すから絵をつぶすんだ! つぶさなきゃだめなんだ!」

「いつもならそんな現実逃避、胃に穴開けながら目をつむってきましたが、今回はだめです!」

「なんでだよ! なんでボクの絵なのにキミに指図されなきゃならないんだ!」

「セシルさんに大人になってほしいからです!」


 その言葉に、彼女は少し泣きそうな表情を浮かべるが、再び牙をむく。


「ボクは十分に大人だ!」

「まだまだ全然子供です!」

「魔女との戦いで、ちびってるジャックに言われたくない!」

「怖いものは怖いって、自分に素直な僕のほうがセシルさんより大人です!」

「どうせボクは素直じゃないよ! 毎日ヘラヘラしてるキモい人間だよ! だってしょうがないだろ、ボクは絵を描く以外の生き方を知らないんだから!」


 セシルの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


「大人になれってなんだよ。お酒がおいしいって思ったら大人か? 嫌いなやつの前でもニコニコしてたら大人か? そんなもんにボクは絶対にならないぞ! そんなのクソ喰らえだ!」

「話が少しずれてますけど、セシルさんはセシルさんのままでいいんです。自由に絵を描いててもいいんです。だけど時には我慢も必要なんです。乗り越えなければならないことがあるんです。」


 涙でグシャグシャになったセシルの手をとる。


「いくら時間がかかってもいいです。でも、ドルチェさんのことを忘れるために絵をつぶすのはだめです。誰かの死を受け止められるようにならなきゃだめです」

「だったらこのモヤモヤしてる気持ちをどうしたらいいんだよ?」

「別に僕にぶつけてくれてもいいですけど、少し、時間をもらってもいいですか?」

「時間?」


 セシルは鼻をすすりながら顔を上げる。


「ドルチェさんを殺した犯人を見つけます」


   *


 ――と、セシルには言ったものの。


 実のところどうしたらいいのかわからない。


 専任審問官であるシスター・アナは現在も取り調べ中で会うことができない。


 殺されたのは自宅で、今のところ犯人と目されているのはアンチ・ウィッチ集団。

 アンチ・ウィッチ集団というのは、その名の通り、魔女の存在を快く思わない一般市民の集まりで、たまに過激な行動や集会を行うことがある。


 アナが不在中、自宅に押し入ってドルチェを殺害したというが、室内の様子から強盗という線も捨てきれないらしい。


 以上が、朝礼での報告内容。

 今のところ、自分で仕入れた情報は一切ない。

 推理小説の探偵役とかどうやって事件を解決してるんだ?


 「たまたま殺人の現場に居合わせる」というのが大前提だと思うのだが。


 現場……、一般の異端審問官の身分証で中に入れてくれるものなのか?


 捜査って何をすればいいんだ?


 この分だと、捜査を覚える頃には別な誰かが犯人を見つける可能性が高い。


 それはだめだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ