Brother's wall
「失恋した……」
さっきからそればかり。
痴呆老人の戯言みたいに繰り返されるその言葉にもいい加減に変化が欲しい。
「先生は失礼しました……」
「はいはい。わかりましたよ」
現在、私は学食にてテーブルにうなだれながらしくしくぶつぶつと同じことばかりを呟き続けている先生と対面しながら学食の甘ったるいカレーを食べている。
「つーか、先生、アンタね、兄さんに彼女いるってわかっててあんなこと訊いたんじゃなかったわけ?」
「知らなかったわよ……。だって春君ってばいかにも純情チェリーボーイって顔してるし。いや、可愛いけど。とっても可愛いんだけどさ……」
聞いてて馬鹿なんじゃないかという感想しか沸いてこない。
兄さんは別に彼女がいることを隠してなんかいないし隠すつもりもないだろうし、むしろあの二人が付き合っているというのは有名なことだ。だというのに、この人はあれだけ兄さんにベタベタとくっついてたくせにまったくその存在に気付かなかったというのか――。
「先生、アンタ、もしかして――恋は盲目ってやつの体現なわけ?」
「え? 皆そうでしょ?」
皆そうじゃねぇよ。それが許されるのは純情な乙女の硝子のハートだけだよ。
「ああ、もう、秋穂ちゃんでいいや。結婚しよ」
「嫌」
「少し大きめの庭付き一戸建てに子供が男の子と女の子の一人づつとの四人。あたしが教師続けて家事全般は秋穂ちゃんがやってくれて、あたしは毎日お仕事でヘトヘトになりながら帰って来て、そんなあたしに秋穂ちゃんが『お帰りなさい、アナタ。ご飯に私を食べる? お風呂に入ってから? それとも今からここで?』なんて訊いてそのまま――て、嫌!? 何でよ!?」
「何でじゃないわよ。何で私がアンタなんかと結婚しなきゃいけないのよ。あと日本じゃ同性の結婚できないし。同性じゃ子供もできない。それから私を食べていいのは兄さんだけよ」
ぎゃーぎゃーわーわー、食事中だってのに何だって私はこんなやつに付き合わされなきゃならないというんだ。いつもなら香織や遊良と一緒にご飯を食べてのんびりと昼休みを過ごすというのに……。
「何が楽しくて私は先生とこんな馬鹿話しながらまっずいカレーを食べなきゃいけないってのよ……」
ついつい本人が目の前にいるのも忘れて、ため息が漏れる。
まったく、今日はもうまたいつにも増して胸の奥からこうむしゃくしゃしてきてイライラとムカムカと何か落ち着かないってのに。
だというのに、この自分勝手な先生は昼休みに入るなり、「ちょっと付き合って」と嫌がる私を無理矢理引きずって食堂に連れてって兄さんと新さんのことについて訊いて、私は私の知ってる限りのことを正直に答えたところ――この有様。
「ほんとに、何で私が……」
ふつふつと沸き上がってくる苛立ちを甘ったるいカレールーと薄いお茶で流し込む。もう嫌だ。今日は厄日だ。もうさっさとこのカレーを食べて退散しよう。これ以上こんなのに付き合ってられるかってんだ。
「聞いて!? ねえ聞いてよ! 聞かないなら聞かないでいいけどさ! 叫ぶよ! 秋穂ちゃんのいけず! ブラコン!」
「うっさいヘンタイ!」
騒ぎ立てる先生を一喝して、私はカレールーで汚れた皿を先生の顔に叩き付けて黙らせた。
◆ ◆ ◆ ◆
「またお前さんも変なのに好かれたもんだね……」
疲れた、という顔を露骨に見せてやると、香織里はそんな同情めいた言葉を投げてくれた。
「ほんとにアンタ、何か変なフェロモンでも出してんじゃないでしょうね?」
「……冗談」
自分でもそういうヘンタイばかりを寄せていると自覚があるだけに冗談に聞こえない。そんなわけがないけど。
そんなことを考えてげんなりうなだれる私をじぃーと眺めながら、遊良がぽつりと呟く。
「……類は友を呼ぶ?」
……うわぁ……なんか今すごくその言葉がしっくりきた……。
香織里なんか必死に笑いを堪えてぷるぷる震えてる。
ってゆうか、痛い。自分がヘンタイ(重度のブラコン)という自覚があるだけに今の遊良の言葉がとても心に痛い……。
「あ。あ……別に秋穂ちゃんがヘンタイってわけじゃなくてね……? ええっと……」 そこで言葉を詰まらせて視線を泳がせないで下さい。
「あ、あの……ごめんね……」
「いいよ、いいわよ……。どうせ私はヘンタイさんよ……」
世間一般的にも風当たりはよろしくないしね。ブラコンって。おまけに『like』じゃなくて『love』だから尚のことね。
「ふーん。お前さんでもそこまではちゃんと自覚があるわけか」
うなだれたまま愚痴る私に、香織里は意外だと言った。
コイツは本当に私のことを何だと思っているんだろう。これでも私はその辺については弁えているつもりだ。
「……でも、秋穂ちゃんはそれでも愛しちゃってるんだね」
「……そうよ」
ええ。そうよ。
それが分かっていても、私は兄さんを愛してますとも。
喩え、彼に彼女がいても。
喩え、それがいけないと分かっていても。
「私は兄さんを愛しているのよ」
喩え、彼が私の兄さんでも――。
どうも。毎度お馴染みの作者でございます。
これを書いてる頃の私はまだあと一ヶ月ある夏休みを寝ながら過ごして書いたものです。何で大学ってこんなに休みが長いんでしょうね?
まあ。それはさておき。
今回のお話でようやっとこの作品のプロローグっぽいのは終わり。次回から普通にコメディーになります。たぶん。
あと今さらなんですが、これ普通のラブコメなのかと訊かれたらけっこうどうなのよ? ってなります。
だって、妹もののラブコメなのに秋穂が何か妹っぽくないです。何か変なのになりました。いえーい。
あと先生、名前忘れました。いえー(殴)
あと。なんといいますか、こんだけ書いておきながら言うのも何なんですが、ラブコメの主人公って大抵男の子が主人公じゃないですか。そのせいか、たまに秋穂ちゃんは妹じゃなくて弟とかのがよかったかも、なんて思います。でも、何故か妹にしたことを後悔していません。不思議ですね。ぶっちゃけどうでもいいことなんですけどね。皆さんはどう思います?