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His girlfriends (下)

そういえばいつの間にか夏休みに入りました。

 




「ただいま……」

 ばたんきゅー。

 私は、身体中というか、主に心の奥底から絡み付く疲労感に身を任せて帰るなりリビングのソファに身を投げ出した。

「あの……糞女……」

 自分でもビックリするくらいにドスの効いた声を捻り出して、八つ当たりに手元にあった枕をぼふぼふと殴る。

 腸が怒りで煮えくり返りまくってしょうがない。

 人が下手に出てれば、何だアイツ! つーか何だよアイツ!

 アイツのあの満足そうな顔を思い出して、やり場のない怒りをぼふぼふぼふぼふと愛用の低反発枕へと拳でぶつける。

 ぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふぼふ、と。

「……さっきから何やってるの?」

「あ」

 兄さんが訊いてくるまで。

 どうやら兄さんがさっきからの私の奇行を見ていたらしいことに、私は「えーと、ダイエット……?」と、自分でもこれはないわと嘆くような言い訳をしながら、またぼふぼふと枕を殴った。今度はさっきよりも少し優しくお淑やかに。

「へー。そんなダイエットがあるんだ」

 兄さんは、私のどう聞いても言い訳にしか聞こえない言い訳に、「なるほどー。秋穂ちゃんは物知りなんだねー」と感心したように頷いた。そんな素直な兄さんが私は大好きです。

 私が「そうなんですよ。最近少し体重が増えちゃって」と、あまり乙女としては口にはしたくない理由を言った。兄さんは、「秋穂ちゃんは全然太ってないからいいじゃん。むしろ細いんだから少しくらい太りなよ」と、枕元に腰掛けて、私の頭を優しく撫でながらそう言ってくれた。

「いくら兄さんがそう言ってくれても、太るのは嫌です」

「そうかなー? 女の子はふっくらしてるくらいが可愛いと思うけど」

「それでも女の子としては細い方がいいんですよ」

「秋穂ちゃんも?」

「当然ですよ。女の子ですから」

「女の子、ね。男の子な僕にはよくわからないけど、そういうもんなのかね? 女の子って生き物は」

「そういうもんですよ、女の子は」

「そういうもんなんだ、女の子って」

 また感心したように頷きながら、兄さんは、また私を撫でた。

 嬉しいですよーっ、と叫び出したい衝動を抑えながら、兄さんを見る。

 兄さんは、にこにこと笑う顔が手を伸ばせば簡単に届いて掴めてしまいそうなくらいに近くにある。

「あ。そういえば、秋穂ちゃん」

「? 何ですか?」

 つい見惚れていた顔が何かを思い出したように、

「ただいまのちゅーがまだじゃなかった?」

 と。言った。

 私は、急に跳ね上がった心臓の鼓動を無理矢理に無視して、「そ、そそそそういえばまだでしたね」なんて白々しく言って、少しだけ深呼吸をして、あの顔が逃げてしまわないように、できる限り優しく手を添えて、

「――では、ただいま」

「はい。おかえり」


 そして、私達は、互いの唇を――……




   ◆ ◆   ◆ ◆  




「とっと起きろー」

「ろー」

 びしっ。

「のぎゃっ」

 ごろごろ。

 びったんっ。

 …………?

 あれ? キスは? ただいまのちゅーは?

 周りを見ても、兄さんはどこにもいなくて、妙に低い視点はどうやら教室の床から数センチの高さにあるようで。

 つーか、まさか、さっきのは夢で……?

「起きたか?」

 と、思いっきり残念がる私の目の前に足が現われる。

「……あにすんのよ?」

 私は少し視線を上げて、その足を掴みつつ、そいつに問う。

「起こしてやったんだよ」

「次、移動教室」

 なぜだか床に横たわった私は、とりあえず目の前にいる香緒里と、茶髪のポニーテールが目を魅く可愛らしい女の子で私の心の第二位の天使、一井(いちい) 遊良(ゆうり)の二人をぼんやりと眺めつつ、「とりあえず、後で香緒里はしばく」と言っておいた。香緒里は、「何であたしだけ? 遊良(ゆうり)は? 依怙贔屓か、おい?」とかぶつくさと文句を吐いていた。

 香緒里の文句を無視して、掴んだ足を思いっきり捻りあげて起き上がる。私よりも随分と低い遊良の目を見下ろすように睨むと、遊良はびくりと蛇に睨まれたリスみたいに、小さな身体を強張らせた。ちょうどあの可愛らしいポニーテールが尻尾みたい。うん。それでこそ遊良。超可愛くて私はそれだけで満足なのです。

「あの、その、ごめんね。秋穂ちゃん……。でも、次は移動教室だから……」

 本当に申し訳なさそうにそう言う遊良に、私は努めて優しく微笑んで、

「うん。ありがと」

 と、言って、遊良の頭を撫でた。

 横から香緒里が、「依怙贔屓か。依怙贔屓なんだな、おい? つーか何だよ? あたしとこの遊良との扱いの差はよ」って何かぶつくさ言いまくってるが無視して。

「香緒里は後でケツの穴から低温殺菌牛乳流し込んでやるわよ」

 と、脅して香緒里の頭をわし掴んだ。

「おまっ、仮にも女の子だろうが」

 だから何ってゆー。

 人がせっかく良い夢見ていたというのにこんな起こし方をしやがって、何が楽しくて私は床とあんなに激しいキスを交わさなきゃならないんだ。

 むしろこんなもんじゃすまさないしー。

「んだよ。夢くらいでそんなに怒ることねぇだろうが」

「想い人との甘い一時の夢よ? れろちゅーかましてベッドインする甘ーい夢よ? それをアンタは……怒るわよ、ふつーの乙女は」

「いや。お前さんはふつーの乙女じゃないし。あと何? お前、欲求不満なんか?」

「どこの口が欲求不満ときますか。そんな単語はできれば私にじゃなくて万年発情魔なアイツとか糞母上とかアンタの糞兄貴とかに言って欲しいくらいだわ」

「はっ。実の兄貴に欲情してるお前さんよりはマシだね。いや、うちの兄貴は最悪だけど」

「つーか、アレさ。首輪くらい付けときなさいよ。発情期の犬かってくらいに変態じゃん。逢う度に襲われるんだけど」

「それを毎回殴って気絶させてるんだからいいじゃんか。アンタは」

「よくないわよ。つーか――」

「――授業」

 不意に、遊良が、地味にヒートアップしてた私と香緒里の間を縫うように一言そう言うと同時に。


 きーんこんかーんこーんっ。


「「あ」」

「始まっちゃったよ……」

 授業開始の鐘の音にもかき消されない、遊良の呆れしか感じられないため息を聞いた。




「それでは授業に遅れてきた七草さんと一井さんは罰として先生のためにウィスパーボイスで心を込めてラブソングを熱唱して下さい」

「え? えっ? 嫌ですよ、そんなの」

「遊良、しなくていいわよ……」

「いや。つーかあたしはおとがめなしでOK?」

 傲慢に破天荒な先生のセリフに、私達は三者三様の反応を見せる。ちなみに遊良のがものすごく絵になってて超可愛いかった。

 いや、まあ。今はそんなことよりも……。

「何でアンタがここにいるわけ……?」

「それはわたしがここの教育実習生で音楽の授業を任されているからよ」

 と、豊満で艶っぽい胸を張る、望月 佳代。こと変態。

「まあ。秋穂ちゃんはツンデレだからしょうがないとして。……一井さん」

「は、はいっ」

「アナタの恥じらい感は見ててたまらないので今すぐに――」

「――おおっと手が滑ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」

 たまたま手に持っていた分厚い音譜ばかりの音楽の教科書が、たまたま手が滑って先生の顔に叩き込まれてめり込む。

「すいません、先生。ちょっと手が滑っちゃって」

「い、いや。今のは滑ったとか滑んなかっとかよりも――」

「ああっとこんなところに可愛い可愛い遊良に毒牙を向ける害虫が!!」

 全力で害虫(ヘンタイ・望月 佳代)に踵を叩き込む。

 害虫が何か声のない断末魔を上げているけど、この際そんなことは気にしないでこの間の報復に蹴って蹴って蹴りまくる。

「あ、秋穂、ちゃん……」

「あによ」

「個人的には、下着は白より――うごぅ!?」

 最後に、一撃。

 先生の両目が破裂しますようにー、と願いを込めて思いっきり踏み付ける。

 鼻血を流しながら、ピクピクと痙攣している先生を一瞥し、遊良を先生から引き離す。

「遊良。大丈夫だった?」

「あ。うん。わたしは大丈夫。大丈夫だけど……。あの、先生は……」

 遊良はなんとなく不安そうに横たわったまま起きない先生をちらりと見ていた。優しいなー、遊良はー、もーっ。

「ああ。アレなら大丈夫よ。たぶん」

「でも……」

 私は遊良を抱き締めて愛でたい衝動を必死に抑えて。

「大丈夫。これからちゃんと保健室に運んでくるから。ねっ」

 私は努めて優しく微笑んだ。

 遊良が少しだけ引きつった怖いものでも見るような笑顔を見せたけど、今の私は遊良を毒牙から守れたことと、昨日のうっぷんを晴らせたことに満足しながら、未だに眠る先生を保健室へと引き摺った。




「秋穂ちゃん? 何で授業中に先生引きずってるの?」


 突然聞こえたその声に身体がほとんど条件反射的な速度で振り返る。

「……兄さんこそ、新さんを背負ってるじゃないですか」

 そこにいたのは、見るからに血色の悪そうな顔をした細い女性を背負った、私の兄さん。

 兄さんは「ああ。また貧血で倒れた」なんて微苦笑を漏らした。

「新は昔から身体弱いからね。何かもう、その度にこんな感じ」

 そう言う兄さんの顔は、別に不快だというものじゃなかった。

 兄さんに背負われた女性、新城(あらき) (あらた)は私達兄妹の昔からの幼馴染みだ。

 彼女は昔から人並み以上に身体が弱く、昔から何かことあるごとに倒れていた。たぶん今日もまた、だろう。

 病弱だからというのが理由だからかは知らないが、兄さんはそんな彼女をいつも気にかけていて、今日までその関係を続けている。傍目から見ても嫉妬するような、男女で友人以上の関係を。

「まあ。見ての通り僕は新を運びに保健室に行くんだけど、秋穂ちゃんも?」

「……いえ」

 何でここで『うん』と言えなかったのか、自分でもわからない。

 ただなんとなく兄さんから離れたい一心に「私は先生を花子さんが出ると噂の男子トイレにぶち込まなきゃいけないので」とそんな意味のわからないことを早口に言って、私は先生を引きずって兄さん達を尻目に歩き出す。

 なんとなく、あそこにいたくなかったのだ。


「……ジェラシー?」

「――――」


 くそっ。起きてたのかこの変態は。

 先生は私の手を払い、よいしょと起き上がり、

「いやいや。恋する乙女は繊細なものね」

 なんて、にんまりと笑った。

 何だかその顔が酷くムカつく。

 教師でなければぶんなぐってやるのに。


「んで、あの二人はどこまでいってるわけぇ?」


 先生が訊く。

 コイツ、やっぱり嫌なやつだ。

 私の心をわかっているうえで訊いてやがる。

 そしてそれを私に言わせるつもりか。

 ムカつく。

 ウザい。

 本当に嫌なやつ。

「ねーねぇー。どうなのよー?」

「……別に」

 どうもこうもない。

 兄さんと新さんの関係は友人以上の付き合い。

 つまり、



「兄さんと新さんは――ただの彼氏彼女の間柄ですよ」


















 


 最近は『冷やし中華始めました』を見てもときめかなくなりました(特に意味はない)。


 本当に最近までまたこの小説の存在を忘れていた子です。本当におひさしぶりです。

 さてさて、このブラコン妹物語は今回のお話でやっと色々と書けましたよ。

 実は先生はーとか、妹にも友達とかいたんだねーとか、兄さん彼女いたんかいとか。

 相変わらず馬鹿みたいに馬鹿なものを書いた私でした。本当に(笑)


 それでは皆さんまた思い出した頃にでも。

 ついでに次回はたぶん『Brother's wall』かもしれません。



 

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