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Prologue (下)

 

「何パンチドランカーになったボクサーみたいに真っ白な感じで机に寝そべりながら塩素漬けのプールに放り込まれて死んだ金魚みたいな目してんの? あとその顔の湿布はまたかい?」

 説明ありがとう。今のは絶対に年頃の乙女に対する表現じゃなかったけど。

「ま。だいたいの理由はわかるけど言ってごらんなさいな」

「ちゃんと聞いてくれる?」

「当たり前」

「兄さんに嫌われたー……」

「あ。そっち」

「それ以外に何があるのよ」

「また男に殴られた、とか」

「何よ、それ? そんなことよりも兄さんのことでしょ? 普通は」

「秋穂は、本当にお兄さん大好きだね。馬鹿みたいに脳みその容量がそれだけで埋まってる」

 何よそれ。

 まるでいつも私が兄さん絡みのことでしか悩んでないような言い方じゃない。

「違うの?」

「違わないけど」

 ため息。ただし私からではなく、友人Aから。

 嘉島香織里(かしまかおり)

 男にみたいにサバサバとした話し方で、「恋は盲目、とはよく言ったものだよ」なんて詩人に皮肉を言う。本人はけっこう気にしているらしいが、傍目には羨ましいすらりとした長身。短く切り揃えた茶色いボブカットが妙に似合う私の友人。

「それで、今度は何をしたの?」

 香織里は、あまり興味のなさそうにかったるそうな声で訊いてくるもので、私はそれに答える気がものすごーくそがれてしまったのだが、「ほら。早く聞かせてご覧なさいな。どうせ毎度毎度大したことじゃないんだろうし。アンタの思い込みとか妄想だろうし」とか何とか言ってくれるものだから、私はコイツに私の人生における重要な分岐点になりうるであろうこの問題を口にしなくてはならないではないか……!

「実は昨日兄さんに向かって怒鳴ってしまったのです!」

「いや。いつものことじゃん」

 けっこう張り切ってテンション上げたっていうのに、この友人は『何やっちゃってんのコイツ』みたいな冷たい目で私を見るものだから、私はさらに言葉を続ける。

「そしてそのお詫びに兄さんがお風呂に入っているところに突入して『お背中流しまぁす』どころか全身くまなく流すつもりで――」

「ちょっと待て。アンタ、全身……?」

「くまなく」

 そりゃあ、もう。あーんなとこやこーんなとこまで。だというのに、兄さんは顔を真っ赤に抵抗して可愛かっ――じゃなくて、逃げてしまったのですよ。せっかく可愛い妹様が『一緒にお風呂入ろー! ついでに兄妹の一線越えちゃおー!』って感じで入っていったってゆーのにー……。

「アンタ……そりゃあ、アンタが悪いって……」

「? 何でよ?」

 こんなの、別に兄妹としてのスキンシップみたいなものじゃない。昔はよく二人でお風呂に入って洗いっこしたものよ。それこそ全身くまなくあーんなとこやこーんなとこまでお互いに激しく擦りあわせて……あーあの頃の兄さんは可愛かったなぁ。今はさらに可愛い過ぎるけど。まあ。あの頃、幼稚園くらいの頃とで比較してもしょうがない。可愛いものは可愛いのだから、しょうがない。

「なんつーか……ブラコンにも程ってもんがあるでしょ。ふつー」

「五月蠅いわよ」

 ブラコン。

 なんて、良い言葉じゃない。つまりそれは兄妹愛でしょ。マザコンってのは見てて個人的にどうかと思うけど、いーじゃん。ブラコン。私お兄さん大好きな妹ちゃんだもの。

「あたしから見たらブラコンもマザコンもシスコンもファザコンもロリコンも変らないと思うけどね。所詮は全部『コンプレックス』でしょ? 劣等感よ、劣等感。あたしは何でそんなものをアンタがふつーに誇れるのか物凄く気になってしかたがないよ」

「……む。コンプレックスって劣等感って意味だったの……?」

「……アンタ、何だと思ってたのよ?」

「いや。ブラコンだのロリコンだのとあるものだから、てっきりラブの活用形とか形容詞とか名詞とかなんかそんなものかと……」

「うん。わかった。今アンタがアンタのお兄さんに嫌われているらしいことを利用して今日からみっちりと英語をレッスンしてやる」

「うわぁ……迷惑……」

 何というか、ダメだコイツ、みたいな顔をされてしまった。

 だってしょうがないじゃん。勉強大っ嫌い。スポーツ大っ嫌い。ピーマン大っ嫌い。大っ嫌いったら大っ嫌い。好きなものなんて――言うまでもない。

「アンタね。このまま勉強嫌だの嫌いだの言っていつのまにかあたしの後輩になってもしらないからね」

「いいよ。その時はその時で。よろしく。香織里先輩」

「秋穂。アンタの場合、本当に冗談にならないから怖いわ……」

 ……いや。そんなに嫌そうな顔をしなくても……。そりゃあ、私の成績は御世辞にも良いとは言えないけれど、赤点は何とかギリギリのラインで上回ったり下回ったり――最終的には先生に頭下げて追試をさせてもらったりレポートを書いたりで何とかなっているというのに……。

「いや。アンタね……。あんまり成績悪いと、アンタの目標にしているお兄さんと同じ大学に行くっていうのも難しくなるんじゃん?」

「あ」

 そういえば、そんな目標が私にはあった。つーか、

「アンタのお兄さん。めっちゃ頭いいじゃん。下手するとあたし以上に」

「それはもう、私の自慢の兄さんですから」

 兄さんの頭は、正直な話。この学校ではもったいないくらいに頭が良い。本人はこの学校を近いからというだけの理由で選び、そしてそのまま進学したらしい。私は兄さんの入学が決まってからこの学校に入るために死ぬ気で勉強して何とか入ったというのに……。

「つまりアンタの偏差値とは雲泥の差があるわけだ」

「ぐっ……」

 反論、できません。

「まあ。でも、アンタも別に頭が悪いというわけではないとは思うんだけどね。文法とかは別に何の問題もなく理解してるし。数学だけなら私と同じくらいはできるし。なんつーか……本当に勉強不足なだけ? やればできる子なんじゃないの?」

 いや。そんな無駄に伸ばした言い方されても。あと今の言い方だと私が頑張らない馬鹿な子みたいじゃない。そうだけど。――って、

「ん? そういえば……何か話が色々と変ってるけど――けっきょく私はどうすればいいのよ……?」

「んー……あー……考えてない」

 うん。それは何となくわかってるわよ。私も考えてなかったもの。

「まあ。アレだ。とにかく……勉強でもしてみたらどうだろう?」

 いや。どうしてよ……?

 …………。




  ◆ ◆    ◆ ◆  




「だー……」

「ほら。アンタ、学校生活の貴重な一日をけっきょくこんなうなだれたまんま過ごしていつまでもうだうだうなってんじゃねーよ」

 蹴られた。

 完全に不意打ちであったために、私の体はぐらりと揺らいで倒れて大転倒。

「…………」

「えーと……ごめん……?」

 ゆらりと無言で立ち上がり、わざとらしくぱんぱんとと音を立てて埃を払いつつ、睨む。香織里が何か面白いくらいビビりながら私に何事か声をかける。周りが何事かと見ている。――うん。いや。ねえ。どいつもこいつも……。

「秋穂……さん? 無意味に無言でそんな目で見られても……?」

 ほら、周りが見てるし、とか言ってた。でも、ぶっちゃけそんなんどうでもいい。つーか、いちいち人のことを見てんじゃねえよ。私は見せ物なんかじゃねえし。本当にどいつもこいつも――人がブルーな気分とイライラした気分と勉学への焦りを覚えた初日の気分で知恵熱起こしそうだっつーのに――。

「おい……おいおい……! 何かヤバいぞ!? おまっ!? まさかこんなとこで暴れ――!?」

「香織里……とりあえず貴女から――」

 ――RRRRRRRR……。

「あら?」

「お?」

 不意に鳴り響いたのは、そういえばマナーモードにし忘れていた、私の携帯電話。そしてこの着メロは――

「――兄さん!」

『ふぇっ――あ。はい。兄さんです』

 電話の向こうから聞こえるどこか抜けた、のんびりとした、間違いようのない、兄さんの声。

「兄さん兄さん兄さん兄さん!」

『え? え? なに? どうしたの? もしかしてまた何かやっちゃった……?』

「やってない! まだ何もやってないわよ!」

『……まだ?』

 どうやら私の言い方に少し引っ掛かったものがあるらしい。でも、本当に、まだ、ですけども。

『まあ。別にいいけどね。ところで、秋穂ちゃん、帰りに買い物に行くんだけど色々と買いたいものがあるから付き合ってくれる?』

「つ、付き合って……!」

『あ。何か別に予定があるなら――』

「喜んでっ!」

 断る理由が、あるわけがない。あったらそれを押し抜けて、捻り潰して、なかったことにしてやる。だって、兄さんから、つ、付き合って――誘ってくれて……!

『そう? あー、よかったー。秋穂ちゃん朝から何かおかしかったから怒ってるかと思って……』

「へ? 怒る? 私が?」

 何のことだろうか。

『秋穂ちゃん、昨日のこと気にしてたりしてるんじゃないかなぁ、と思って。昨日はちょっと言い過ぎたな、って。謝ろうとは思ったんだけど。秋穂ちゃん、朝なにも言わずに、いつもより早く出ていっちゃったから。ちょっと気になって――』

 お? おおお……? それはつまり、兄さんは私の心配をしてくれていたと? 別に私を嫌いになったわけではないと? むしろ私のことを気にしてくれていたと……?


――私、嬉し過ぎて、死にそうです……!


『秋穂ちゃん? もしもーし。聞こえてる?』

「は、はい。もちろん!」

『うん。ちゃんと聞いてるならいいや。じゃあ、校門で待ってるからね』

「はい!」

 さあ。早くこんな汚い教室はあとにして兄さんの待つ校門へ――と、思ったのが、

「…………何よ?」

「…………別に」

 なんか、香織里がものすごく疲れているような目で私を見ていた。何だろう。

「いや。別にじゃないでしょ。何かとても酷い顔してるわよ?」

「ん。たぶん、アンタの中での色々な優先順位とか極めて単純に作られた構造とか、アンタのお兄さんの偉大さを見ちゃったせいね……」

 そう言って、香織里は肺の空気をすべて吐き出すような、長く深いため息をついた。

「本当に、アンタのお兄さんは大した人だよ」

 そして、香織里は、私にとっては至極当然のことを、吐き出したため息に乗せて呟いた。だから、

「当たり前じゃない。だって――」

 私は、

「私だけの兄さんだもの」

 当たり前のことを言ってやった。兄さん大好き。いえーい、って感じで。




 

 本作品は作者の妄想とか煩悩とか一握りの浪漫をブレンドさせたラブコメ(予定)の小説であります。

 つーか、ブラコンな妹様の日常です。ラブもくそもないのです。実は。

 ちなみにそんな作者は現在部活に向かう電車に揺られながら、立ったままケータイ画面と睨めっこ中です。酔いそうです。酔いました。吐きそうです。うわーい。吐きませんけど。

 さて、と。前半にかなり無駄の多い後書きとなりましたが、本作『兄妹愛とビターチョコ』はいかがでしたでしょうか? とは言っても、まだ始まったばかりなのですし。別の作品『殺人鬼とペーパーナイフ』の方の更新サボって書いてるくせに遅筆な私の作品ですから。まあ。気長に見守って下さい。

 では、また次回の後書きにて――。

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