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Prologue (中)

 

 ……まったくもって、ウザい。

 さっきからどいつもこいつも人のことをじろじろと見やがって。そんなに珍しいか。殴られた女の子ってのが。顔に痣を作った女の子ってのは。

 あー。いらつく。

 見せ物じゃないっつーの。私は。

「ただいまー」

 私は浴びせられる注目から逃げるように家の中へと飛び込み、力いっぱいに扉を閉めて、自室へと駆け込み勢いそのままに全力でベッドにヘッドダイブ。何やってんだろうね。本当に。こんなまるでフラれたか弱いヒロイン地味た全然似合わない真似したってしょうがないじゃん。そもそもフったのは私なんだし。

 今のこのもやもやした気分をどうにかするべく、気分転換でもとケータイを取り出し、またガックリ。

 着信あり。しかも十七件。ついでに上から下まで全部川口先輩。音声メッセージあり。とりあえず再生。

『七草。殴ったのは悪かった。でもお前が――』

 はい。しゅーりょー。これ以上はもう十分。どうせ私の言い方だの態度だのが悪かったっつーんだろうが。本当に五月蝿い。いつまでもぐちぐちと言ってんじゃねえよ。

 川口先輩のアドレスと番号を拒否設定して机に向かってケータイをスローイング。ケータイは机の上に置かれた小物をその辺に弾き飛ばしながらガシャガシャと音を立てて机の上を転がった。

「……本当に、ウザい……」

 さっきあんなに気持悪く『さよなら』したばかり。それが、何であんなに女々しく堂々と言い訳できるわけ? しかもケータイで! 今時のメロドラマや少女漫画みたいなとことんハッピーな妄想にしか生きられない世界ですらケータイで言い訳なんてへたれた真似しないわよ。

 ねえ。川口先輩。アンタがあんなに繰り返してた『愛してる』だとか『好き』だとかいう言葉はこんなケータイの留守電メッセージなんかで伝わるわけ? アンタ本人が私に何度も繰り返しても『ウザい』としか伝えられなかった言葉はこんなんで意味が変わるわけ? 変わるわけないじゃん。ましてや伝わるわけがない。


 ――本当にウザいんだよ。


 ……ああ。くだらない。

 何だって私はあんな男のせいでこんな気分にならなくてはいけないのだろう。別に私にはどうだっていいやつだったというのに。

 私には、愛すべき人が他にいるというのに――何だって、あんなやつのことでこんなにも嫌な気分にならなくてはいけないのだろうか。

「ああ。本当に――もー……」

 こんな時は、どうすればいいのだろうか? この気分はどうしたらいつもの気だるく生優しい気分に戻ってくれるのだろうか……? ねえ。兄さん――。




  ◆ ◆    ◆ ◆  




「……秋穂(あきほ)ちゃん。何もかけずに寝ると、いくら最近暖かくなってきたとはいえ風邪ひくよ」

「…………ん」

 私をまどろみから救い上げたのは、誰だろうか……。

「…………ん?」

「だから、風邪をひくってば」

 どうやら。いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。 私の耳を撫でる何故か聞いているだけで心地よくなるこの声に名前を呼ばれながら、私は意識の覚醒を始めていた。

 目を開けてみても、視界がまるで霞がかったようにぼやけてしまってよく見えない。枕に頭を押し付けるように寝ていたためだろうか。妙に視力が落ちたような気がする。

 ぼやけた視界を頼りに、私は現在私に毛布をかけようとしているらしい手に何故か抵抗していた。いや。本当に何で抵抗してるんだろうね。私。

「ほら。だから、風邪をひいちゃうってば。大人しく毛布をかけられてから寝てなってば」

「んあー」

 妙な声が出てしまった。

 つーか、さっきから誰だよ。私に毛布をかけようとしてるやつは。寝惚けながら思考と縁を切ってる私の抵抗無視してかけようとするなよ。

「……まったく。少しはこのお兄さんの心配さ加減を減らさせてよ……」

 ……ん? 今何と……? 兄さん……? って――。

「…………兄さん……?」

「ん? 起きちゃった?」

 だんだんと視力の戻ってきた目をぐしぐしと擦って、目の前の人物を確認。

 ……うん。間違いなかった。

 毛布を両手いっぱいに広げながら、本当に何故だか嫌がっている私なかけようとしている――兄さん。

「――きゃあああああああああああああああああああああ!?」

 思わず私は叫んで。兄さんの手から毛布を奪い取り、おそらく今現在進行系で真っ赤になっているであろう顔を隠すためにそれにくるまった。だってしょうがないじゃん!

「人の部屋に勝手に入るなああああああああああああああ!!」

 いや。別に兄さんならいいのよ? 家族だし。でもね。今のこの鬱モードで他の男絡みの私はダメなの! つーか私寝てたじゃん!  兄さんがせっかく私の部屋に来てたのに寝てたじゃん! 恥っ!? 寝顔見られちゃったじゃん! 超恥ずかしいんですけどっ!?

「…………えーと……ごめん?」

 私がいきなり奇行に走って声をあげてしまったためか。兄さんは私に謝ってから半ば逃げるように私の部屋から出ていってしまった。

 ああ。兄さんは全っ然悪くないというのに……。

 本当に、何やってるのよ。私……。

「せっかく、兄さんが私に……」

 思い出して。また赤面。

 頬に手を当てると、火傷でもするんじゃないかというくらいに熱い。

 まったく――本当にどうしてこんなに……私というやつは……。

「ああ、もう……!」

 今日は厄日だ。仏滅だ。血液型ランキングではきっとB型が最下位で。星座占いでは魚座が十二位。ラッキーカラーは虹色とかわけのわからないもので。ラッキーアイテムはホワイトハウスくらい。いや。ありえないよ。ホワイトハウスはアイテムじゃないよ。建物だもの。どうでもいいけど。

 とにかく。今日はそれくらい、どうしようもないというくらいについていないのだ。

「…………後で兄さんに謝らないと……」

 とりあえず、この顔に集まった真っ赤な熱が退いて、着たまま寝てしまいしわしわになってしまっている制服を着替えて、ボサボサになった髪を整えてから――ああ、ちくしょう……!


「兄さんに嫌われたらどうしよう……!」

 



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