第2話
母親は形のない不安を身に抱えながらも月日が流れ、男の子の父親が兵として戦に赴き三月程経ったある日のことだった。
男の子は日々の食料を確保すべく弓矢と刃渡りの短い粗製の剣を手に町から三里は離れた森へ狩りに赴くと、その森中で重厚な白銀と朱の鎧兜が所々腐食し気を失っている騎士を見つけるのだった。
助け合わねば生きて行けぬ貧者の環境で育てられた男の子は傷だらけの騎士を見捨ててはおけず、鎧ごと騎士を担ぎ上げ最寄りの湖畔へと場所を移す。
男の子は傷ついた騎士に水を飲ませるために身につけられている兜を外すと、その素顔に驚愕を覚えた。
無骨な鎧兜の下にいたのは柘榴石のように光輝く艶のある短い赤髪、争い事に縁があるものとは言い難い真珠の肌を持つ美しい少女だったのだ。
男の子は少女に対して立ち眩みに似た感覚を覚えると、これを自らの頭が異常をきたしたのだと考え、それを冷まさせようと湖に首から上を飛び込ませる。
彼が五つ呼吸を終える程の時間湖に頭を浸けてると、その間に横たわる美しい少女騎士は意識を取り戻し首だけを動かして辺りを見渡す。
男の子も少女騎士が気がついたことを認知すると顔を上げ、湖から真水を手ですくいそれを飲ませてあげようと傍らへ歩み寄る。
少女騎士は四肢がぴくりとも動かせず、男の子に不躾ながら水を口元へ運んでほしいと頼んだ。
男の子は断る理由もなく、可憐な花を愛でるかのように優しく両手一杯の水を口に注ぐ。騎士はよほど身が疲れはてていたのか、砂漠の砂の如き勢いで水を吸いとっていった。
湖から得た僅かばかりの英気を身に染み込ませた少女騎士は、恩人たる男の子に感謝の笑みを贈るのだった。
今はこれしかあげられるものはありませんが、どうかお許しください。と少女騎士は淀みの無い透き通る河のような声で、殆ど棒になった手で男の子の手を取りそう言った。
男の子は少女の笑みに、かつて親に読み聞かされてもらった叙事詩に登場する女神はそれを見いだしていた。
感謝とともに、傷ついた少女は男の子にすぐ森から離れるよう警告する。何故かと訊く男の子に騎士はこう答えた。
この森には強大な力持つ悪魔が住み着いていて、わたしは同じ旗の仲間と共にそれを討伐するためやってきたのです。しかし返り討ちに合い、わたしひとりおめおめと逃げおおせたのです、と。
男の子はそれを聞いて怯えるどころか、むしろその悪魔を仕留めなければと少女騎士に告げた。
少女は男の子が気でも触れたのかと驚愕を露にする。しかし引き留めようにも少女の身体は言うことを聞きはせず、立つことすら危うい有り様でありどうしようもなかった。
ならばせめてもと、少女は腰に下げている細身の剣を自分の代わりに持っていくよう告げた。
これは我が家系に伝わる秘宝であり、振れば害悪断ち切る宝剣、投げれば不浄不徳貫く聖槍になるという。
男の子は秘宝を借り受けるとその美しい銀の刃の輝きに思わず目を奪われた。
この世のあらゆる宝石類が石ころと同等に霞む程の光輝く秘宝を目にし昂るものを感じられると同時に、この刃を血で染めることになるだろうと思い肩をすくめる。
男の子はこの秘宝を必ず返すとだけ言い残し、森の奥深くへと駆け足で進んで行くのだった。




