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王子が純真すぎて色々とツライ

王子が純真すぎて色々とツライ

作者: 維川 千四号


 カイドゥホ暦六四五年、日ごと気温が上がっていく季節。

 資源豊かな王国・ポロッサにて、国を揺るがす事件が発生した。

 数名の大臣が私兵を使って反乱を起こし、国王と王妃を城の奥に幽閉したのだ。

 これにより、大臣たちが国の実権を掌握。しかもその事実を知る者は、城内のごく一部の人間だけという事態に陥ってしまった。

 密かに、しかし確実に、国を蝕みつつある毒。

 だが、それでもまだ、全ての希望が潰えたわけではなかった。




 ポロッサ東部、ロシーシ地区の深い森の中。

 鈍色に輝く軽鎧を身に纏った騎士が、まだ幼い顔立ちの少年を前に跪いていた。


「本日はこのような場所での野宿となり、大変申し訳ございません、王子」

「謝らないでくれ、マルス。むしろ君がいてくれなければ、僕はここで野宿することすら叶わなかっただろう」

「はっ、ありがたきお言葉!」

「ただし、一つ大事なことを忘れてるぞ」

「大事なこと……ですか?」


 騎士――マルスの整った顔に、怪訝な色が浮かぶ。何か忘れていることがあっただろうか。

 しかし思い返す間もなく、少年は答えを明かした。


「今の僕を『王子』と呼ぶのは禁止のはずだろう?」

「あっ、いや、それは人前での話でして、今ここには私たちしかいないので……」

「ダメだ。こういうことは普段からしっかりしていないと」


 だから、と両手を広げる少年。


「さあ、今のうちに練習しておこう」

「い、今でなければダメでしょうか……?」

「ああ、もちろん!」


 キラキラと輝く少年の瞳に、マルスは逃げるという選択肢を諦めた。昔からこの目に弱いことは自覚している。

 だから、すうっと深く息を吸うと、しっかりと主君を見据えて言った。


「テオ様――これでよろしいですか?」


 本来、王族を名前で呼ぶことは畏れ多い行為とされている。

 だが、今は事態が事態だ。それよりも優先すべきことがある。

 ゆえにマルスはある種の覚悟を持って、その名を口にしたのだが、当の本人はどうしてかフフッと笑みを漏らした。


「……どうされました?」


 純粋な疑問が、思わず口から出た。何か笑うようなことがあっただろうか。

 そんなマルスに「いや、すまない」と、少年――テオは答えた。


「こんな時に不謹慎だと分かってはいるのだが、なんだか嬉しくてな。昔からずっと一緒にいるマルスに、初めて名前を呼んでもらえたから」


 そう微笑むテオに、ガシャリと鎧を揺らしてマルスは一気に立ち上がった。

 見るからに華奢な十代前半と、鍛え続けてきた三十路目前。並び立てば、身長差はかなりのものだ。

 だから視線が追い付き、表情を読まれる前に、くるりとテオに背を向け、マルスは歩き出した。


「何か食べるものを探してまいります! 森は危険ゆえ、決してここを動かぬよう、お願いいたします!」

「う、うむ、分かった。マルスも気をつけてな」

「はっ!」


 騎士らしくハキハキと、そしてキビキビと歩を進めるマルス。

 しかし、その内心はひどく乱れたものであった。


(王子、可愛すぎんだろうよぉぉぉおおおおおおっ!)



 マルス・オードリー。二十九歳、独身。

 騎士の名家に生まれ、若くして王子専属の近衛騎士を拝命。以来十年近く、身分は違えどまるで兄弟のように――あるいはそれ以上に、同じ時間をテオと共に過ごす。

 しかしそんなマルスにも、テオに対して秘密があった。

 別段、隠しているわけではない。ただ、告白する機会がなく、また、不運にも気づかれることもなかっただけだ。

 実は、自分が『女』であるということを――。



 ◆ ◆ ◆



「はぁ……」


 テオの元へと戻る道すがら、採った果実や野草を手にしたマルスの口からは、深いため息が零れた。

 もちろんその理由の一つは、これからのこと。

 いち早く異変に気づき、なんとかテオを連れて城外へと脱出したマルスだったが、状況はあまり芳しくはない。

 城下の者はもちろんのこと、城内の者ですら、事件が起きていることを知る者はほとんどおらず、その裏で今頃、大臣たちは王族唯一の取り逃がしであるテオを躍起になって捜していることだろう。

 つまり、どこに罠が張られ、誰が利用されているかも分からない状態だ。何も知らないとはいえ――いや、何も知らないからこそ、騎士団の人間でさえ迂闊に信用できない。

 なので、ひとまずは身分を隠し、国外へ逃げることが最優先。さすがの大臣たちも、国の外まで大きく手を伸ばすことは難しいだろう。

 それに王国を取り戻す策も、まだ残されている。

 北の果ての国・ナイワッカ。そこに、ナイワッカ王家に嫁いだ王子の叔母がいる。

 だからそこまで辿り着ければ、ナイワッカ王家の力を借り、国王と王妃を救出することも可能なはずである。

 だが問題は、そこまでの距離だ。

 まともに城の外へと出たこともない王子に、長旅が耐えられるか。やはりそれが、マルスにとって不安の種の一つだった。


(まあ、いざとなれば王子には安全な場所へ身を隠していただき、私一人でも……)


 そんなことも考えながら、まもなく王子の姿が見えようという時だった。

 ブゥン、ブゥン、という鋭さのない風切り音が聞こえてきたのは。


「お、王子!? 何をされているんですか?」


 何事かと慌てて駆け寄ったマルス。その目に映ったのは、森の中で一人、木の枝を振り回すテオの姿だった。


「こら、マルス。僕を王子と呼ぶなと言っただろう。――せぇいっ!」


 マルスを一つ窘めて、その辺りで拾ったであろう木の枝を、テオが再び大きく振る。またも間延びした風切り音が響いた。どうやら枝を振ること自体が目的のようだ。


「あの……テ、テオ様。それはいったい何を?」

「もちろん、剣術の練習だ。僕も、せめて自分の身くらい守れるようにならんとな。――せぇいっ!」

「そんなことなさらずとも、私が絶対にテオ様をお守りします!」

「いいや、ダメだ。僕も強くならねばならんのだ」


 ――せぇいっ!

 と、テオが枝を振る。

 正直言って、型も何もない無茶苦茶な振り方だ。剣術とは程遠い。

 だがそれでも、まだ幼き身に覚悟を宿して、強くなろうとしているのだ。

 いざとなれば王子には――。そう考えていた先ほどまでの自分を、マルスは恥じた。

 我が主君を北の地までお連れすることこそ、自分が果たすべき使命。

 マルスはそう思い改め、腰に帯びた剣を鞘ごと引き抜くと、テオの横に並び立った。


「テオ様。まず、剣はこう握ります。そして、このように構えます」


 かつて父が教えてくれたように、基本の構えを示すマルス。

 同年代と比べても小柄で、争い事とは無縁な生活を送ってきたテオではあるが、もしもの際には剣術が役に立つかもしれない。本人が望むのであれば、これから鍛錬を手伝ってもいいだろう。

 そんな風に考えていたマルスであったが、対するテオは構えを真似るでもなく、じっとマルスの手元を見つめているだけだった。


「……どうされました、テオさ――まぁあっ!?」


 ぴとっ――と。

 訝しむマルスの手の甲に突然、可憐とさえ呼べるようなテオの指が伸ばされた。

 あまりのことに危うく、剣を放り投げるところだった。残念ながら奇声は放ってしまったが。

 しかし、そんなマルスの様子に構うことなく、テオの指は滑るように動き回り、そしてついには手のひら全体が添えられた。


「――っ!」


 小さな手のひらから伝わる、確かな温度。

 それが、早鐘のように心臓を打ち鳴らし、熱い何かを血潮と共に全身に駆け巡らせる。

 近衛騎士として長年傍に仕えてはいるが、相手は高貴なお方、直接触れ合うことなどそうあることではない。しかもテオからこうも一方的にとは、まったくもって初めてのことである。

 身体が燃えるように熱く、口から感情そのものが飛び出そうだ。

 そしてついに、それら全てが弾けようとした瞬間だった。

 不意にテオの手が離れ、その顔には晴れやかな笑みが浮かんでいた。


「うむ。さすがは騎士の手、実に男らしい。僕も頑張らねば!」

「……あ、ありがたきお言葉でございます」


 身体の熱が急速に失われていく中、冷えた頭でマルスは思い出した。

 王子が純真すぎて色々とツライ。それがこの旅の、もう一つの懸念材料であったことを。


 二人の旅は、まだ続く。



 以前、ツイッターでネタとして書いたモノの短編版でした。

 中途半端な感じですが、少しでもお楽しみいただけたなら嬉しい限り。


 もし続ける機会があったら『女装(?)で関所を越えろ!』とか『秘湯で二人っきり混浴!?』とか『マルス求婚される(姫君から)』とか書いてみたいところです。

 ではでは。

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