8話 安心と安全のウルル
翌日。ウルルに起こされた俺は、屋根をたたく激しい音を聞き取った。
「雨か?」
「そうみたいなのです。今年は雨期が早まっているのかもしれません」
その音は荒々しく、まるで花火か太鼓の音を間近で聞いているようだ。要するに土砂降りである。
早めに俺に相談に来たミリアの慧眼はやはり確かなものだったな。
そんなことを思いながら、俺は何の気なしにふと窓の外をのぞいた。
「……なんだ、これは?」
俺は予想だにしなかった光景に思わず驚いた。
「どうかしましたか、ご主人様?」
ウルルも背伸びをして窓を覗き込む。
「特に変わったところはないですけど……」
「ウルル、外を出歩いている人たちを見てくれ」
俺は歩いている人々を指さした。ウルルの目がそちらに向く。
「彼らに、本当におかしなところはないのか?」
「……うーん。ごめんなさい、ウルルには普通の光景にしか……」
俺はその言葉によって、この国で風邪が脅威として恐れられている原因を特定した。
この国の人間は土砂降りの雨の中、傘も差さずに歩いていたのだ。そりゃ風邪もひくだろうよ。
「ミリアのところに行くぞ。大至急だ」
俺はウルルを引き連れてミリアの家へと向かった。
「ミリア! 至急会いたい!」
俺はミリアの家の門前に着くや否や、大声で叫んだ。
2階の窓があき、そこから姿を現したミリアは、雨の中訪れた俺とウルルを見ると目を丸くさせた。
そしてすぐにそこから姿を消して、玄関へとやってきた。
「シュウ様、それにウルルさん! こんな雨の中大変だったでしょう? どうかしましたか?」
「大事な用事だ、この上なくな」
家の中に上げてもらった俺はそう言ってミリアを見つめる。その表情で察してくれたのか、ミリアは喉をごくりと鳴らした。
「それで、大事な用事とは……?」
「風邪が脅威となっている原因が分かった。さらに対策もある」
「ほ、本当ですか!?」
ミリアは驚きの声を上げた。まさか1日で解決策を思いつくとは思わないだろうから当然だろう。
「俺が嘘をつくとでも? もちろん本当だ。風邪が脅威となっている理由、それはずばり雨に濡れてしまうことだ」
「!? まさか、雨の中に有害な物質が含まれているということですか?」
ミリアはやはり頭がいいな。なるほどいい推論だ。だが、この場合はそうじゃない。
「雨自体は有害でもなんでもない。ただ、人の身体は濡れると体温が奪われる。それが原因で風邪をひいてしまうんだよ」
「ご主人様……凄いのです」
「ですがそれでは、防ぐことは不可能ではないですか? 雨の日に外に出るなとはさすがに言えませんし……」
さすがにミリアにもいい対策は思いつかないようだ。
「そう思うだろう? 雨の中濡れない方法などない。そう思うだろう?」
「はい、そんな方法など私ではとても思いつきません。それどころか世界中の人間、シュウ様以外誰にも不可能でしょう」
「だが、俺なら出来る。なぜかわかるか? ――――俺は賢者だからだ。それも歴代屈指のな」
「あ~、格好良すぎて昇天するのです~」
俺は視界の端で倒れこんだウルルに回復魔法をかけつつ、ミリアへの説明を継続する。
「濡れたくないなら『傘』を使えばいいのさ。傘については図に書いて説明してやる」
俺は紙に傘の図と簡単な説明を書いた。
ミリアは食い入るように紙を見つめている。
「ど、どうすればこんな発想がっ!? 革命的です!」
「まあ、俺にかかればな」
「凄すぎます! さっそく国民の皆に教えてあげなきゃ……! 私、少し出てきますね。シュウ様、今日は本当にありがとうございました!」
「気にするな、大したことじゃない」
ミリアは俺との会話もそこそこに、家を飛び出していった。心の狭い奴なら怒ることかもしれないが、俺はそんな気はさらさらない。なぜなら、ミリアは常識人だと知っているからだ。だというのにそういう行動をとるのは、ミリアが本心から国民を愛しているからなのだ。それを怒るなど、俺には考えられなかった。
「はっ! ご主人様、ご無事ですか!?」
帰宅後目を覚ましたウルルは、開口一番に俺の心配をした。
「いや、俺は何ともない」
俺の返答を聞いてウルルはほっと胸をなでおろした。
「よかったです、急に目の前が真っ暗になったので、他国の暗殺者が来たのかと……」
「ウルルが勝手に昇天しかけただけだ」
「なぁんだ、じゃあ安心ですね」
「安心なのか……?」
「安心なのです!」
まあ、本人がそう言うんならそうなんだろう。安心なのだ。