1話
百も満たない人口の小さなこの村には今では女王にしか売れない名物がある。
女王が好んで食べると言われる蜜たっぷりのリンゴ。
それを籠いっぱいにつめて、少し離れた村へと売りに行っていた。
人が行き交いしなくなり、でこぼこと舗装されていない、枝だけを取り除いた道なき道を籠いっぱいのリンゴを持って、今日もやる気の出ない気持ちを抱え、その村に向かっていた。
「なんだ、また来たのか? チビ」
日が暮れてきたから今日も売れなかったリンゴを持って、来た道を戻ろうと歩いていた。
そして、いつも会うのはわたしの栄養不足の小さな体をからかうこの男だ。
「おじさんこそ、今日も呑んだくれてたんだ」
泥だらけで触りたいとは思えない。そう思いながら今日は手を差し出していた。
最初は会話もなかったのに最初から今日まで唯一の買い手に差し出した手はとられることはなく、おじさんは自力で立ち上がった。
呑んだくれなんて関わりたくもなかったのに慣れれば、臭いさえ我慢すれば隣にいても気にならない。
「そうでもないさ。今日も売れ残ったか? 」
おじさんの視線からあまり減っていない籠を後ろに隠す。
「そんなことないよ。売れたよ少しは。ええ、一個分」
売れたのでなく、飢えた犬にあげただけだ。
「相変わらず嘘が下手なガキだ。ただ、悪いな。俺も今日は金がない。買ってやれない」
「……別に、期待してないの」
嘘だった。
便りにしていた。
いつも数個買ってくれるのはおじさんだけでそのお金で今まで飢えをしのいでいたから。
昔は残らず売れていたリンゴも今は税の値上がりで誰も買ってくれなくなった。
この村でもわたしの村でも税を払えず、いつの間にか姿を見せなくなった人もいた。
わたしみたいな子供が生きてるのが不思議なくらい、この世界は生きづらくなった。
誰も言わないけど、思ってる。
王が死に女王が統治するようになり、戦争に明け暮れるからだと。
「本当に悪いな。……ろくでもないな、俺は」
「違う! そんなことない。いつも、いつも、」
助けられてきた。
「いや、違わないさ。……もうこの村に来るな」
「え? 」
「俺もここから離れるしな。二度と会えないかもな」
地面に向けていた顔をおじさんに向けると、諦めたように笑っていた。
「なんで、」
「お城に招待を受けてきてな。ある女と会うことになった。森の奥深くで、な」
それが会わないことと関係あるとは思えなかった。だって、その後に会えばいい。またいつもわたしが会いに来てたようにわたしから行く。
だけど、彼はそれ以上話してくれなかった。動きもしなければ、黙ったまま。
「……そういえば、おじさんの名前、聞いたことなかったなあ。名前は? 」
「俺もおまえの名前は知らないな」
「話したことないからね。わたしはエラだよ。これでも15なの」
「王女と近いな。確か王女が一つ上だったか」
「そうなの? よく知ってるね。おじさん」
本当に不思議だ。王女の年齢なんてそうそう知るものじゃないだろう。
「……俺の名前はライリー、だ。前々から言ってるがおじさんはやめろ」
おじさんは次の日には村に居なかった。
その次の日もその次の日も。
おじさんと会えなくなって三日経ち、おじさんのことを村の人に聞いてみた。
おじさんは住んでいた家を売り払い、持ち物もほとんど処分して村には戻ってこなかった。