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安堵したのは藤原の方だっただろう。余裕のない表情がやや柔和なそれに替わる。
「当たり前だ。進路調査、去年の暮れから出せ出せ言ってて、まだ出してないのお前だけだぞ」
「そんなこと言われても。どうするかなんて決まりませんよー」
駄々をこねる子供のように千歳は机の上に一枚置かれた無記入の自分の進路調査票を睨みこんだ。
第一志望、第二志望と続いて、第三志望まで記入する欄がある。さらに余白のスペースにご丁寧に鉛筆で「将来何になりたいのか?」記入するように指示されている。
千歳は机の上に頬をあてて、めんどくさいだの、わからないだの呟いてみるが担任藤原にその手の攻撃は全く意味がないものだった。
「まじめに考えろ。お前の将来だぞ」
「そんなこと言ったって、将来なんて未知数じゃないですか~」
「お前はゲームのやりすぎだな。未知数なんて言葉、使うほど道があるのか??」
「あたし、ゲームなんてしませんよ。それは妹の領分です」
「領分なんて言ってるあたり、十分な二次元中毒患者だ。もうちょっとなぁ、―――ああ、くそっ!このカーテン!」
藤原は窓辺で四苦八苦しながら風で翻るカーテンを抱え込み、ようやくひとまとめにしながら苦笑した。
「まぁでも、言わんとすることはわかるが、それでも決めなきゃいかんことは世の中にはたくさんある」
藤原はまとめ終わったカーテンの位置を調整しながらさらに言葉をつづける。
「将来どうなるのかなんて誰にもわからんと言うのは確かにそうだが、それでもある程度の指針を決めとかんと、いざって時に困るもんだ」
「いざって時・・・ですか?」
藤原の言葉に千歳は机から顔をあげる。
「そう。いざって時だ。こっから自分で歩かなきゃいかんという道の岐路に立った時、予めこうしよう、ああしようと決めている奴なんていないもんさ。それでも俺たちは先に進まなきゃいかん。後戻りという選択はないからな。後悔はしても」
「・・・・」
「だからその時、今どうするのかということをその瞬間にたとえ決めるのだとしても、自分が基準にしているものがわからんとどうすればいいか選択しにくいだろ?そのために、俺たち教師は漠然にでも将来何になりたいのかと聞いて、そのためにできる得る、本人にとって一番いい選択肢をいくつか用意するということだ。実際、進学しても就職しても途中で進路変更はできるし、新しい夢ができればそっちに進んでもいいんだ。って、おい、吉村。聞いてるのか??」
藤原はカーテンを背に、生徒の方を振り返って息をのんだ。