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嘘は口を開かないと吐けない。

作者: 葡萄水菜

「嘘つき!」


嘘つき?

それは俺に言っているのだろうか。

・・・・多分そうだ。

だって嘘つきと叫んだ女の子は

涙目で俺を睨んでいるのだから。


そもそも、この子は誰だろう。

・・・・思い出すことにすら

数秒はかかってしまう。

彼女とは毎日会っているのに。


あ、そうだ。彼女の名前は。

「ねぇ、みゆり。

どうして泣いているの?」

「だって(らん)と、死なないって、

約束したのに・・・・・!」

あぁ、そんな約束、したっけなぁ。


「嘘つき、嘘つき、嘘つき!

二人で完治してっ!付き合っ、

手ぇ繋いで、けっこんしようって!」

そんなことも忘れてしまうほど

俺に残された時間は少ないと思うと鼻が熱くなる。

一方、みゆりは既に泣きじゃくっていた。


とりあえず、何か言った方がいいのかと

泣きたくても涙が出ない瞳で彼女を見つめる。

「ごめんな、思い出作れなくて。」

「謝って、ほしいわけじゃない!」


彼女の特徴である高い声が頭で響く。

「・・・・怒るなよ。」

「・・・・もういいよ!」

「みゆり、顔がブサイク。

鼻水くらい拭けよ。」

「うるさいな!わかってるよ!」

それでも尚、ティッシュを

手に取らない彼女の腕を引き寄せる。

「なにっ?」

「・・・・・・ごめん。」


そういって俺はみゆりの口にキスをした。

「何、して・・・・」

「みゆりに俺を残しておきたい。

若いうちに死ぬ俺の苦しみを

みゆりに残したい。

みゆりが俺のこと思い出して、

幸せになってほしくない。

そう思っただけ。」


彼女はファーストキスが

まだということを知りながら俺はした。

「さいてい・・っ!」

「最低なんだよ、俺は。

お前より1年も多く、

長く生きられるお前に苛立った。

みゆりがこの先

俺以外の男と結婚するのが悔しかった。

嫉妬したんだよ。」


これでもうみゆりは俺が死んでも

構わないだろ?

みゆりは俺が嫌いになったんだから。


「・・・・」

みゆりは黙って、自分の病室に戻っていった。

ただ、彼女のスリッパの音だけが

この静かな病室に響き、

彼女と俺の距離を表していた。


これでいいさ。これで。

彼女はもう、俺に会わない。

俺も彼女も初恋は終わった。


物語はバットエンド。

俺という主人公はもうすぐ死ぬんだ。


そう考えていると

いきなり呼吸が出来なくなった。

心拍数も減ってしまった。


喋りすぎたせいか、

頭を働かせすぎたせいか。


そのまま死ねばいいのにと思うのに

人間というものは

やけに呼吸をしたがる。

なんなんだ。

しばらくして

呼吸出来るようになり、

ゲホゲホっと咳き込んだ。


呼吸ができるようになると

いきなり目の前が

真っ白になって力が抜けていくのがわかった。

そして俺は呆気なく意識を飛ばした。


*#*#*#


彼女と俺の出会いは数字にするならば

10分の1の確率だった。


同じ塾で、家が隣で、

同じ小学校のクラスメイト。

しかも出席番号が13番と14番。


話しかけて来たのは彼女の方だった。

「えーと、君、勝山(かつやま)君だよね?

勝山 蘭君。うちの隣の家の。」

「そうだけど・・・」

確か、それは小学1年の時の話。

隣のなのだから

もっと早く気づくのだが

なにせ幼稚園が違うし

うちも向こうも両親が共働きで

親も子供も知らなかったのだ。


「あー!やっぱりね!

何処かで見たことあるなーって思ってたんだよ!」

彼女は小さい時から

テンションが高くて声が高かった。

イライラしてる時はウザイとも思った。

だけど誕生日を迎える度に

彼女に対しての気持ちが

変わっていったのを覚えている。


いや、『変わっていった』のではなく

『気づいた』んだ。


彼女に対する思いがなんという感情なのか。


*#*#*#

俺が入院したのは中学2年の4月だった

つまり、今年の4月。


俺は、とても重い病気だった。

名前は忘れてしまったけれど

じいちゃんもそれで死んだから

あぁ、俺も死ぬのか、と覚悟はしていた。

「不健康ではないのに・・・・」

大人はみんなそういって心配してくれた。

「大丈夫、君は運動が好きで

野菜も食べる健康児だから直るよ。」

担当の医者の励ましの言葉はとても嬉しかった。

まるで唐辛子を食べた後に

口に含んだチョコレ-トの甘さみたいに

心は癒された。


俺はその時もうすでに

死ぬとは思ってなかった。



発見が遅かったわけではないのに。



数か月後死ぬとは

思っていなかったから

俺は弱音を吐かずに

来る日来る日治療やリハビリをした。


そして6月になった時。

彼女は隣の病室へと来た。


彼女の病名は知らない。

だが何ヵ月か治療をすれば直るらしい。


その彼女の容態が良くなるにつれて

俺はどんどん悪化していった。


そして8月。

暑さと頭痛の板挟みとなった

俺はこのもやもやした

思いを少しでもすっきりさせるために

彼女に気持ちを伝えた。

「好きだ。」


彼女は、俺の思いに応えてくれた。

みゆりは驚いて泣いてしまったが

俺は


『私も』


という言葉を聞き

すごく嬉しかったのを

この剥がれ行く記憶の中、くっきりと覚えている。


結局俺のための治療せいで

恋人らしいことはできなかった。

彼女がファ-ストキスだったのもそのせいだ。


・・・彼女は明後日退院するらしい。

明後日から彼女は頑張って周りの子に

追いつかなければならないのだ。


恋人は死んで自分は人一倍勉強して。

なんて可哀想な人生なのだ、と哀れんでやりたいくらいだ。

・・・・・・だがそれを本人の前で出来ないのは

やっぱり彼女をこれ以上傷つけたくないから。

彼女には幸せになってほしいから。


俺は

これから先、彼女と話せる奴、

結婚するかもしれない奴、

俺より長生きできる奴、

全員に嫉妬している。

これは彼女の前で行った通りだ。


紛れもない事実。


俺以外の奴と幸せになってほしくない反面

みゆりには幸せになってほしいだなんて

矛盾で我が儘で最低なのは承知だ。


でもそれでいい。

俺は世界一我が儘な男でいいから。


そう強く思った俺は

痛みで現実へと戻される。


現実に戻った我が儘で

ベットからも出られない無力な俺が

まずしたことは----


ナ-スコ-ルを押すことだった。


*#*#*#


「どうしたんですか?!」

何分もしないうちに来たのは

優しくて綺麗でいつもお世話になっている人だった。

「あの、


彼女に手招きして耳打ちをした。

すると彼女は戸惑いながらも頷いた。

「わかった。すぐ戻ってくるけど

何かあったらナースコール押してね!」


彼女は若くて熱血なタイプなので

病院にも関わらず

慌ただしく病室を出ていった。



その間も続く頭痛に

無意識に顔が歪む。


それでも頭を働かせ

次にすることを考えた。


*#*#*#

しばらくしてさっきの人は戻ってくる。

「はい、これ。

持ってきたよ。」

「ありがとうございます。」

俺はお礼を言って頼んだ物を受けとる。


そして俺は彼女が持ってきた

この病院の物であろう鉛筆を

大分ご無沙汰な右手で握る。


持ち方など忘れてしまったが

書ければいい。


「じゃあ私はこれで。

またなにかあったら呼んでくださいね。

あ、二時間後、薬もってきますね。」


そういって彼女は出て行った。

また静まり返った病室では

先ほどと違い、鉛筆と紙が擦れる音が

響いていた。


*#*#*#


「でき、た。」

俺一人の病室では

はぁはぁ、と激しい呼吸が

よく聞こえる。

字を書くことはこんなに疲れることだったかと

疑問に思いながらも

紙に書いた文字を見つめる。


我ながら汚い字だと思う。


それでもみゆりならわかってくれる。

そう信じて

今、自分が頭をあずけている枕の下へと

その紙をいれた可愛らしい封筒を入れる。


そう、俺があのお姉さんに頼んだ物は


鉛筆、消しゴム、レタ-セット だった。


直接言えないから手紙、というのはベターだとは思うが

今の俺はケ-タイなどを持ち合わせていない。


仕方のないことだと自分に思い込ませていると

頭や手の筋肉を使いすぎたのか

隣の機械が悲鳴を上げる。


ピ―――――――――――


その機械の数字がだんだんと

下がっていくのを知りながら

ナ-スコ-ルは押さない。


しんでしまったほうがいいことも

わかっているから。








*#*#*#


「え・・・・?」

私はいつも蘭のお世話をしている

ナースから聞かされたことを疑った。


「あのね、彼、さっき・・・・・

亡くなったの。

それで、これ。

あなた宛ての手紙があったから・・・・。」

ナースから受け取った手紙は

いつもの彼の字とは思えない程の汚さだった。


のりもテープもされてない封筒を開けると

目に飛び込んできたのは

謝罪の言葉。


「ごめん、最低な奴で。」


違う、違うの。

あなたは最低なんかじゃない。


死ぬと諦めて

俺を刻んでおきたいだなんて理由で

キスしないでっていう意味だったの。

普通に恋人として、してほしかっただけなのに。

「ごめんなさい・・・・・っ」


その続きはどうしても読めなかった。

視界は涙で何も見えない。

どんなに拭ってもボロボロと出てくる

涙に腹が立つ。


ごめんなさい、私はあなたに何もできなかった。

その少ない人生に何も残せなかった。


どうして私はあの時

仲直りしようと思えなかったんだろう。


結局私はその日のうちに

手紙を読むことができなかった。


*#*#*#

そして彼の望み通りに

私は毎日

苦しむことになった。


でもそれでいい。

これでよかったの。

きっと、あなたに出会ってから

そうなるって決まってたんだと思うから。


そうして大人になった私は

結婚しようとは思えなかった。


結婚せずに幸せになろうと思った。


彼の願いを聞いてあげたいから。



合コンも告白も全て断ってきた。


少し気になる人は出来てしまったけど

その人は彼ではないから、と振り切った。



私は彼の墓に向かって

これでいいんでしょ? と

呟く。


例え、届いていなくても

構わない。


私は彼の墓の前で


自己嫌悪とともに幸せを感じているから。

長い間お疲れさまでした。


最後まで読んでくださって

ありがとうございました。


作者も読み返すのが大変でした。


病院とか病気とか

よくわからないのであいまいでしたが

どうでしたか・・・?


よかったら

コメントなどよろしくお願いします・・・。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういうの、上手ですね。 涙目になりました。 響く小説、ごちそうさまでした。
2012/11/25 17:33 退会済み
管理
[一言] 良い話だな・・・ 今、涙目なんですw 心にズンッと来ました。 お気に入り登録させていただきます!
2012/11/25 12:20 退会済み
管理
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