0-3耐屈(たいくつ)
今回は、主人公の登場です。名前はまだ出てこないですが…。そこはご愛敬。では、ルイの不思議世界をおたのしみ下さいな
昨日と変わらない今日、今日と変わらないであろう明日。友人との他愛もない会話。教師との隣人との冷たい意思表示。両親との情報交換。テストの結果。ニュースキャスターの読みあげるニュースとか…、あるいはブログや掲示板に載せられている種のニュース。新作のゲームだとかリメイクされたゲームとか。棚から引っ張り出してきたゲームとか。…正直、うんざりだ。教室の最前列の席に座らされている男子生徒は本日五度目の溜め息を吐いた。
「なぁ、今日ゲーセン行かね?」
「行かね、金無いし」
茶髪の学友の誘いを冷たく断る。窓からの風は冷たい。もう、秋なのだ。
「先月もその前も金欠だったじゃん。今日こそ俺のクレーンサバキを披露してやろうと思ったのによォ…」
「悪いな」
学友は溜め息を吐いて、男子生徒の隣の席に座り込む。女生徒が寒い、と呟きながら窓を閉めた。教室にはまだ十名近い生徒が残っている。彼等の多くはバスや電車の時間待ちだ。傾いた陽光が窓からさしこむ。
「別に良いけどよ…。親父さんのことはアレだけどよ。親無しは俺だってそうだぜ?なぁ、そろそろ前みたいに遊ぼうぜ」
「そうだな…。だけど、どうしても終わらせたいことがあるんだ」
学友は納得したような、していないような複雑な表情を浮かべながら立ち上がった。アナログの腕時計は彼が兄から貰ったものらしい。それを彼は顔をしかめて見た。遠視が入っているのだろうか。教室の時計は五時をさしていた。
「もう、バスが来るから先に帰るわ。一人でゲーセンは寂しいし…バイビー」
「またな」
学友は明らかに軽そうな鞄を担いでいそいそと教室をあとにした。不真面目で、軽薄そうに見える彼は時間にだけは厳しい。男子生徒もまた、立ち上がって教室をあとにした。狭い廊下をノロノロと歩く。生徒達の数もまばらだ。歩いているとちゅうに誰ともすれちがわなかった。階段を一段飛ばしに降りて、下駄箱で下靴に履き替える。自転車置き場に行く途中に誰かのサドルが転がっていたが無視して家路に急いだ。
鍵穴に小さな鍵を差し込んで何度もガチャガチャと回す。少し前に、鍵を学校に忘れたからといって針金でこじあけてからどうも調子が悪い。十分ぐらい鍵穴と向き合っていると確な手応えを感じた。ドアノブを捻り、ドアを開ける。家の中はシンと静まりかえっていた。都心ではないが駅に近く、スーパーもある。なかなかにいい場所だ。一戸建てで、屋根裏部屋もある。その、若干広い家は独りで暮らすには広すぎた。生活は特に不自由していない。小説家だった父の印税と彼のバイト代のおかげで。けれども心の隙間を埋めるものはなかった。
「…はぁ」
テレビの電源を入れてから、父の書斎へ向かう。ギシギシと軋む廊下の先に、鍵のついた扉があった。それをゆっくり開ける。油のきいていないドアは、隠欝なレクイエムみたいな音をたてる。全てあの頃のまま。このドアの先に父の広い背中があって、こちらに気付くと、手を停めて一言。
「おかえり」
そう言ってくれた父の姿はもうない。その姿を見ることを期待して毎日のように開くが一度も父の姿はなかった。仕事机の上の木箱と書き置き。今日、調べるつもりの本をとって居間に戻った。
耐屈、退屈に耐えるというようなニュアンスで。
次は頑張ってもっといいものをば。ご期待あれ