0-2雨夜(あまよ)
グロあり。ぬるいですが
支給品の長刀ではなく、サワラーと呼ばれる短刀だ。刃渡りは約2クレール(1クレールは10,1センチ)の一番小型のもので、彼の愛用品だ。
「左利きか…珍しいな」
少年の斬撃を避ける。が、切っ先が服を霞めた。今度は服が燃え上がる前に脱ぎ捨てる。紫の炎が床の上の衣服を凍てつかす。
「喰らえっ!」
後のことは一切考えず、深く深く踏み込んで、武器を振るった。その切っ先は、少年の髪を数本落としただけだった。瞬く間もなく、男の首は宙を舞うことになった。首のない胴体からは、さながら噴水のように血が吹き出す。首が紫色の炎に包まれる。断末魔すらあげることなく、紫に抱き締められた首が地面に無造作に転がった。命の灯の消え失せた躯は骸となりはてる。肉塊がゆっくりとたおれる。時間が遅くなったような奇妙な視覚の起こす錯覚。血をふきだし、やがて動かなくなったそれ。
「さ、てと…」
少年は懐から人間のテを、手首から上の部分のミイラのような物体をとりだした。何とも言えない嫌な臭いのするそれを、燭台に突っ込んだ。当然のことながら、それに火が燃え移った。
「あー、気持悪い」
そうぼやきながら、少年は脈打つ壁に手を触れた。少年の手が、壁に溶け込むように消えていく。壁はそれを拒絶し激しく脈動する。それは、人間の体内に、臓物の中にてを突っ込む感覚ににていた。少年はそんな感触に目眩さえ覚えた。
「慣れない…」
最悪…、その一字が少年の思考の中心に座していた。壁に少年の腕が完全にのみ込まれる。絶叫が壁から漏れた。それはいったい何を意味するのか?…やがて少年は壁の中に飲み込まれて、消えた。
鳴り響く雨音は空の涙か。涙だと言うのなら、感涙か、悲涙か…。
轟く雷鳴は絶望の複線。口付けをほどこした、あの女神はもういない。無粋で、冷たい雲に覆われて、愛しいものを見守ることすら出来ない。
燃え続けていた紫炎は、既に消え去っていた。
微かに香る血の臭い。誰にも届かぬぬ最後のことば。
何人の思いも等しく抱き締めて。
雨は降り続けた。
雷鳴は轟き続けた。
風は悲しみ、歌い続けた。
女神の口付けの代わりに夜の闇がそっと、抱き締めた。
夜は更ける。新たな、物語の始まりに向けて。急速に、静かに、優しく…。
世界は、悲しみにくれていた。そう、王宮の詩人が歌ったのは、ちょうどその頃。人々は、歌の終りを知らない。
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