0-1 病夜(やみよ)
本文にはグロ、エロはございません。ご安心を
序章『灰色の塔』
この世の全ての災害よ。我が旅路に降り掛れ。これぞ旅の醍醐味よ。
ミアシン著『冒険讃歌』
黒色世界にポツリと浮かぶ白い影。小さな天窓からは口付けの様な月の光が差し込み、その白い影と壁を照らした。生命の息吹を思わせる草木のざわめきと、生物のように脈打つ壁の出す不気味な音が牢獄のようなソコに響く。
そこはどうも建物の廊下のようだった。整備が行き届いている、とは到底思えないほど不規則に並んだ石。
「…見回りも楽じゃない」
思わず、愚痴を溢した。白い肌に赤茶色の髪、その影はどうやら人間のようだ。男は手に持つランプを右へ左へとうごかし、侵入者が居ないかどうかを探った。だが、男には侵入者がいるハズないことはわかっている。彼自身が侵入者と呼べる人間を見付けたことさえない。見付けた、と言えば肝試しに来た子供とか深夜の密会をを楽しむ男女くらいだ。やはり、国家に喧嘩を売るような粋狂な人間は居ないか。
「…ん?」
黒一色の世界で何がうごめく。月の口付けは厚い無粋な雲に隠される。ランプの火を何かに向ける。
「コンバンワ、お兄さん」
その何かは人間だった。碧眼は闇の中で寂しげに浮かび上がる。男は、独りきりの碧眼に魅入られたように立ち止まった。
「おまっ…」
出かけた言葉を無理矢理飲み込んで白刃を避けた。少年は狂いかけの笑みを浮かべる。空からは雨粒が降り注ぐ。
「流石…」
「チッ」
男は胸ポケットから笛を取りだし、口につけ、吹いた。同時に雷鳴が轟く。風が小さな天窓を親の仇と言わんばかりに責めたてる。
「無駄だよ」
「何っ…!?」
「だって君の仲間は皆死んでるし」
少年は美しいとさえ思える狂った笑顔をつくる。
「だから、安心して死んでね」
繰り出された剣撃を避ける。一瞬遅れてその軌道上に紫色の炎が上る。空気を引き裂くような、冷気。
「冗…談」
「聞いたことない?‘凍てつきし忌火’…その名前をっ」
その言葉には男の動きを鈍らせるだけの力は十分あった。少年の斬撃を辛うじて避けたが、剣の切っ先は服の袖を切り裂いていた。切口から紫色の炎が上る。
「あぎっ…」
冷たさを超えた激痛が右腕にはしる。紫色の炎は服を焼くように燃え上がる。男は服の袖を破り捨てた。
「右腕はもう使い物にならないんじゃない?」
笑う、少年。その時、男はこう感じた。自分は…食われるがワの人間なのだ、と。だが、こうも考えた。ただでは死ねない、と。男はまだ動く左手で武器をとった。