第9話:雁は発つ
『忍びても 景色晴れぬと 雁は発つ 跡は濁れど 情けは無用』
そう書かれた紙を囲うように座る4人の人間がいた。皆がその紙に書かれた文句を見つめ、眉にしわを寄せていた。そのうちの1人、べラスが金髪を振り乱した。
「全然分からないわ。何なの、これ」
その隣にいた茶髪の男性、トマスもべラスに倣って首を振った。肩をすくめ、両手を上に向けるおまけ付きである。
「僕もお手上げだ。こんなのは見たことない。……君らはどうだい?」
彼の視線は黒髪の少年少女、連と霞に向けられた。同じ大和出身の彼らなら、何か分かるかもしれないと思ったからだ。その声に反応した連が顔を上げた。
「あ、そうか。お2人は知らなくて当然ですね」
そう前置きしてから説明を始める連。
「これは俳句、じゃないな、短歌っていうものです。美しい景色を見た感動とか、自分の気持ちを誰かに伝えたいときとかに詠む……まあ、詩みたいなものですよ。ただ、単なる詩と違っていろいろ制限があるんですけど」
「制限?」
聞き返してきたべラスに、連は答えた。
「ええ。俳句だと五七五の計十七音、短歌はそれに七七を加えた計三十一音で全てを表現するんですよ」
「へぇ~、東洋の神秘だね。それで、意味は?」
「んとね~、『いくら我慢して待ってても、空の景色は晴れにならず曇っている。だから渡り鳥は飛び立っていく』前半部分はこんな感じかな」
霞の回答にますます訳が分からないと2人が首を傾げる。
「えっと、……だから、何なんだろう?」
その様子を見た連が苦笑を浮かべながら説明する。
「それは文字そのままの表の意味です。龍斗がわざわざ置いてったんだから、必ず別の意味があるはずです」
「別の意味?」
「そうそう。東君、長く家を空ける時たまにこういうの残して行ってたんだよね。で、毎度何か伝言を隠してたから、これもそうだろうなって」
そうして霞と連による解読が始まった。デイビス夫妻は旅亭の仕事があるのでここで退席した。
「忍ぶはもしかしたら『偲ぶ』がかかってるんじゃ」
「景色は~……『気色』?」
「後は何があるかな……」
30分後、仕事が一段落した夫妻は連と霞の所へ向かった。だが扉を開けた瞬間、中の空気が重くなっていることに気付いた。連は肘をついて頭を抱え、霞は椅子に全体重をかけて天井を仰いでいる。その様子にただならぬものを感じたべラスが声をかける。
「ちょっと、2人ともどうしたの、何か分かったの!?」
べラスに視線を向けた連は、顔を起こした。
「ん、ああ、べラスさん。ええ、大体分かりましたよ、奴の言いたいことは」
「それで、何だって?」
トマスの質問に脱力した声で霞が答えた。
「『いくら故郷を懐かしんでも、気持ちを押さえようとしても、自分の気は晴れない。だから俺は渡り鳥の如くここを離れていく。ちょっと面倒事残して行っちまうけど、心配するな。』……全体的にまとめるとそうなるね」
部屋の重い空気がデイビス夫妻を飲み込んだ。驚いた表情のまま固まっている。やはり結構ショックを受けた様子だ。ある程度こうなることを予想していた連はフォローに入った。
「まあでも、お2人にはちゃんと感謝してますよ。ほら」
テーブルの上に置いてある3枚の金貨を指さす連。
「1泊2食で2000ドルク、1ヶ月30日で6万ドルク。30万ドルクは明らかにおかしい。命を助けてくれた。食住を提供してくれた。それに対するせめてものお礼のつもりでしょう」
「そんな大金……とても受け取れない……」
「駄目ですよ、ここは受け取るべきですよ」
「そうですよ。それが龍斗に対する礼儀ってもんです」
連も霞もべラスに反論した。そこからは受け取れ、受け取らないの堂々巡り。このままではらちが明かないとトマスがある提案をした。
「えっと、なら4人で山分けにするのはどうだい? 龍斗君は色々教えてくれた君たちにだって感謝しているはずだろ。なら、君たちにも受け取る権利はある」
全額はもらえないので、連や霞にも分配することで額を減らそうという考えである。だが連も霞も目を丸くして首を振った。
『受け取れないですよそんなの!!』
こうして立場が入れ替わり、再び堂々巡りとなってしまった。いつの間にか日は傾き、窓から入る光がテーブル上の金貨を照らしていた。
最終的にこのお金は、デイビス夫妻が10万ドルク、連と霞はそれぞれ5万ドルクを受け取るということで決着がついた。残った10万ドルクは教会に寄付することとなった。