第88話:尋問改め拷問其の五 恐車の術
「イヤー!!」
「ぐぅ……あああ!!」
地下牢のすぐ隣から、凄絶な悲鳴が絶え間なく響いていた。大牢2つ分という非常に広いその部屋の中には、何人もの女性と男性数人。だがその部屋の実情は、非常に凄惨なものであった。
例えば、金属板で作られた等身大の達磨のような物がある。表面には高貴そうな女性の姿が彫られているが、その中からは苦痛に満ちた男性の叫びが聞こえてくる。この金属人形の中は空洞になっており、そこに人を閉じ込めているのだ。ただ閉じ込めているだけではない。金属人形の内側には、鋭利で巨大な針がびっしりと取り付けられていて、蓋を閉めれば入れられた人間に情け容赦なく突き刺さる。
この針の位置は非常に良く計算されており、心臓や喉の頸動脈、脳といった致命傷になる箇所には刺さらないようになっている。故に閉じこめられた人間は2、3日間、失血死を迎えるまで苦痛を味わうこととなる。微笑をたたえながらもその裏に非情で残酷な一面を持った金属の貴婦人。『鉄の処女』と呼ばれる物である。
例えば、窓の傍にある真鍮製の雄牛の像。これも中は空洞になっている。この雄牛像のことを人は『吠える雄牛』と呼ぶ。錠が閉じられると中は完全な闇。追い打ちとして牛の真下では火が焚かれる。この炎によって雄牛が熱されていき、中の人間が炙られていくのである。当然中の空気も熱されるため、閉じ込められた者は呼吸困難になる。そうして悶え苦しんでいると、ふとした時に牛の中にある1つの管を見つけるかもしれない。この管は外と通じているため新鮮な空気を吸うことが出来る。だがその管には笛が取り付けられている。空気が出入りする度にその笛が鳴り、辺りに低く唸るような音が響くのである。この道具が『吠える雄牛』と呼ばれる所以はそこにある。
この部屋で行われていることはただ1つ。肉体的、精神的に痛めつけながら情報を自白させる行為、即ち『拷問』である。
拷問道具を使用しているのは男に対してだけではない。人肌と接する所の全てに針がついている椅子には金髪の女性が全裸で座らされているし、ある女性は、万力のような道具で親指を挟まれている。更に言えば、今のこの場には直接道具を用いる以外の方法も使われていた。
「五里霧中、雲散霧消、以心伝心。『幻術、交糸共鳴』」
この拷問を指揮しているのは、龍斗であった。彼は枷を着けられた男女を前に、手印を組んで呪文を紡いだ。担当の者に命じ、男を『吠える雄牛』に入れさせた。そして火が焚かれる。暫くすると雄牛の口から低い唸り声のような音が響いてきた。すると。
「暗い!! 熱い!! 助けて!! 死ぬ、死ぬ、死ぬ!!」
雄牛に入れられていない女が血相を変えて叫び始めた。この『交糸共鳴』という術は幻術の一種。複数人の感覚を魔力によって繋ぎ、共有させ、片方が経験した感覚をもう一方も同じように経験したと錯覚させるものである。今回の場合、男が雄牛の中で感じている熱さ、苦しみを、魔力で感覚を共有している女の方にも経験させているのだ。
更に龍斗は、枷によって壁に張り付けられている女の元に向かった。彼女が吐く罵詈雑言をものともせず、手印を組んで術を唱える。
「五里霧中、雲散霧消、燃犀之明無くば破ること能わず。『幻術、蜃気楼』」
その言葉の後、怨念がこもった女性の言葉は徐々に消えていき、逆に彼女の双眸は皿のように大きくなっていった。顔色が青褪めた後、彼女の口から聞こえてきたのは悲鳴以外の何でもなかった。
『蜃気楼』は相手に幻を見せる術。龍斗は他者から聞き出した情報などを元に、相手に見せる幻を決めている。そう、相手が最も恐怖を感じる幻である。
『幻術』と名のつく術は相手の精神に働きかける。心の隙などが少しでもあれば、そこから精神に侵入し多大な被害を与える。逆に言えば、術に負けないほど強力な精神を持っていれば幻にはかからない。龍斗自身も言っている通り『燃犀の明』、即ち物事の本質を見抜く力があれば、これは幻だと寸分の疑いもなく断言できるだけの自信があれば幻術を無効化することが出来る。しかし今現在、あちこちで血が流れ悲鳴が絶えないこの部屋の中に、そんな強靭な精神を持つ人物はいなかった。唯一人、術をかけている張本人以外は。
ありとあらゆる手を使い、龍斗は捕らえた暗殺者に拷問を仕掛ける。それは全て、たった1つの非常に重要な情報を手に入れるための手段であった。今し方術をかけた女に龍斗が尋ねた。
「さて、これ以上の恐怖を味わいたくないのなら吐いてもらおうか……誰がギルドに依頼した?」
拷問が開始されてから実に5時間が過ぎた。『吠える雄牛』に入れられた男は既に死亡し、炭化した遺体が部屋の外へと運ばれていった。その男と感覚を共有していた女も途中で気絶しために牢へと運ばれた。
発狂、失禁、失血死、精神崩壊、圧死……時間が経つごとに様々な要因で部屋から人が運び出され、ついには当初の5分の1にまで減っていた。
今の部屋を支配しているのは静寂。鉄の処女から滴り落ちる血の雫の音だけが空しく響いている。今残っている暗殺者達には、もはや悲鳴を上げる気力もない。
そしてついに、彼らは限界に達した。情報を伝える意思を示す挙手が出てきた。暗殺者の傍にいた看守が、中央で待つ龍斗の元へ次々と寄ってくる。
「ルート殿下。囚人、レノ・プロシンからの情報提供です」
「内容を」
「はっ。依頼人は……ゴルドー・エズ・バンディル中将とのことです」
「……次」
「はっ、ジャック・モールベンより依頼者情報。マクドナルド子爵とのことです」
「アドリアーナ・コルズより……」
「うーむ……どういうことだ……?」
自室に戻った龍斗は、結果をレイア、ミーア、沙希に報告した。その上で思考を巡らせ、ため息交じりに呟いた。レイア達もそれに同調する。
「確かに……現王権派のバンディル中将、ポラスト伯爵等は分かりますが……」
「反王権派と思われるマクドナルド子爵、オース侯爵、ラグダーニ少将まで依頼していたというのは納得し難いですね。まあ、オルドラン伯爵は完全に私怨でしょうけど……」
レイアの言葉にミーアが続けた。
「全部本気で命狙ってたわけじゃなかったとしたら……例えば武家の人間なら、失敗することを見越して敢えて暗殺者を送り込み、『ウチの娘がいれば安全ですよ』とか言って娘を売り込む、とかいう考えもあるわね」
沙希の予測もあながち無いとは言い切れないものである。しかしどれだけ考えても結論が出ることは無かった。ギルドもいちいち何故暗殺するのかなど聞かないし、得られる情報は全て搾取し尽くしたといったところだ。
「これ以上はどうにもならんか……取り敢えず、依頼者の貴族、将校は処分かけないとな」
こうして、龍斗と暗殺ギルドの騒動は幕を閉じたかに見えた。しかし、このことに関する様々な疑問は解決しないままだった。
お気に入り登録件数がまさかまさかの270件越えです……本当に有難う御座います。そしてついに、五車の術が終了しました!! ほぼ奇跡です。諦めなくて良かったですはい。
しかし……このままだと300件行くんですかね……? 今まで100、200と区切りありましたが、結局何もしてませんね……
読者への感謝の表現として、何かやったほうが良いかもしれないが……うーん……
感想など頂けると嬉しいです。拙作ですが、お楽しみいただけると幸いです。