第85話:尋問其の二 怒車の術
オリヴィアから情報を聞き出した後、龍斗はまた別の牢屋に出入りするようになった。その中にいたのは、オリヴィアから大分後に侵入してきた青いショートカットの女暗殺者。オリヴィアのように無駄な抵抗はせず、龍斗を見ると怪しげな笑みを浮かべた。それに気付かぬ振りをしながら龍斗が問う。
「ご機嫌如何かな、暗殺者さんよ」
「……はっ、良いわけ無いだろ、捕まってんだから。それで? あたしに何をしようってんだい?」
そう言う女の口調に余裕のようなものを感じ取った龍斗。
(この状況で切羽詰まってないか。まあ、後の方になって侵入してきてたから相応の実力者か……闇雲に逃げ道を探ってるわけじゃない。確実に逃げられる手段を持っているのか)
そう判断した龍斗はひとまず相手の出方を見ることにした。
「へぇ、まるで何かされるのが分かってるような口振りだな」
「いや? ただ拷問しに来たのがひ弱そうな人間で助かったかもね。女も経験してなさそうな感じだし」
その言葉に、僅かに目を見開く龍斗。そしてそこで気付いた。
(……ああ、そういうことか。夜伽の隙を狙っているのか、確かに上級者だ……なら)
龍斗が意地の悪い笑みを浮かべた。それを見た女暗殺者の目が細くなった。
「ふぅん……あんた、名前は?」
「ロビンよ」
「ロビンねぇ……じゃあロビンよ、お前鏡見たことあるか?」
龍斗のその言葉に、ロビンの表情が凍りついた。そんなことはお構いなしと龍斗が言葉を続ける。
「てめぇみたいなブス女、頼まれたって抱きゃしねぇっての。自分の体に一体どんな妄想を持ってんだ?」
「なっ……!!」
「ああ、そういや世の中にはブスを好く変わり者がいるって話だったか。あんたが今まで相手してきたのはそういう連中だろ。なら分かるわ」
「この野郎、好き勝手言いやがって!! あたしは娼館の元ナンバー1だぞ!! そんな言い草されて黙っていられるか!!」
怒りで顔を真っ赤にしたロビンが吠えかかった。それを聞いた龍斗の目が僅かに細くなる。
「へーえ、そら失敬。でもこんな簡単に捕まってるんなら、どうせギルド内でも大したこと無かったんだろ?」
「んなわけあるか!! 総合ランク3位だよあたしは!!」
「ふーん、じゃああれだ、大したことない依頼を多くやって数稼いだのか」
「そんなせこい真似するか!! あたしだって意地があんだよ!! それとも何か。王城に侵入する任務が大したことないってのか?」
「大したことないかもしれんな、これが初任務だって人間が侵入できてんだから」
手枷足枷の鎖が壁と繋がっているため、体だけが前に出るロビン。更に龍斗の言葉に我を忘れ、これ以上ないくらいに目頭を釣り上げた。
「オリヴィアか!! あいつはただの新米じゃねぇよ!! 5歳の時から潜入特化の訓練を受けてんだ!! こういうのに回されるのは当たり前なんだよ!!」
その怒鳴り声を受けた龍斗は数瞬目を見開いた。口角を上げ、更に質問を続けた。
「ほう、ならそれはそれとしても、あんたは行動力に欠けるな。ちんたらしてるうちに沙希に捕まったろ。ついこの前の緑髪の女、あいつの方が早かった」
「エステナは単にせっかちなだけだ!! あたしは機会を狙ってたんだ!!」
「機会を狙って、屋根裏に1週間も? ご苦労なこったなぁ。他の奴らは皆メイドに扮してたってのに」
「そんなのは初心者のやることだ!! プロはまず相手に姿を見せないんだよ!! 他の奴? リオーニャはどんくさいしアビーは馬鹿、アリスは……!!」
龍斗の王宮に潜入してきた他の暗殺者の名を挙げては短所を叫び、自分の優位を主張するロビン。これにより龍斗は思わぬ収穫を得た。
(ククク、緑髪の女はエステナ、せっかち、か。この辺の情報は案外使えるかもな……ほう……ふむ、こいつから得られる情報はこんなものか)
なおも狂ったように叫び続けるロビンに、龍斗は冷めた視線を送った。
(まあ、暗殺者なんぞどうなっても俺の知ったこっちゃ無いんだが、もう少し情報を引き出せるかな。そのためには発狂されても困る……オリヴィアと同じように、後処理しとくか)
龍斗はロビンの傍まで移動し、片手をゆっくりと彼女の体に向かわせた。
「……まあ、他の暗殺者の情報くらいかな、今引き出せたのは」
「流石は龍君、相手の神経を逆撫でするのは非常に上手いわね」
褒めているのか貶しているのか、恐らくは両方を意味する言葉を放った沙希。王族にこのような物言い、見つかって上に告げられると不敬罪で即死刑となるのだが、そのようなことをする輩はまず龍斗の私室には入れない。正面にいたレイアが、少し冷ややかな声色で尋ねる。
「それで、今回はいかなる手を使ったのですか?」
「沙希が言ったのそのままで、相手を怒らせ、我を忘れさせて情報を誘導した。五車の1つ、『怒車の術』だ」
「……で、その結果がこれですか」
レイアがさらに冷淡な声を発し、視線を下げた。つられるように全員が同じところに目を向ける。
「ご主人さま~」
4人がソファに座っている中、唯一龍斗の足下に跪いている女性がいた。メイドの服装で四つん這いになり、何処で手に入れたのか大陸北部に生息する野獣の一種、黒豹の足と耳の毛皮を身に着けている。猫撫で声で龍斗にすり寄るその女性は、青のショートカットというヘアスタイル。即ち女暗殺者の1人ロビンだった。最早暗殺者としての面影は微塵もない。
そんな彼女を見た龍斗は眉を顰め、困ったというように首裏を掻いた。
「いや、尋問の一環、それと手駒に出来ればいいかなーとか思って睦事を仕掛けたんだが……ここまで豹変するとは思ってなかった」
「あら、流石は『吉原千人斬り』、見事な調教だこと」
「……おい止めろ、俺の前でそれを言うな……!! 余計なこと思い出す……ああ、もう二度と御免だ……」
沙希の茶化すような言葉を聞いた龍斗は目を丸くした。体を前倒しにして頭を抱え、周りを置き去りにして気を沈めていった。龍斗のあからさまな言いように頬を赤く染めたミーアは、彼の様子が変わった原因を沙希に尋ねた。
「あの……なんですか、その何とか斬りって……?」
「ああ、『吉原千人斬り』ね。ほら、前に言ってたでしょ、娼館に軟禁されたって。その娼館の名前が『吉原』って言うの」
「……あ」
ミーアが声を上げた。以前龍斗がそのことを話していたのを思い出したのだ。
「経験の浅いくノ一や逆に経験豊富な娼婦を相手に会話や性技の技術を磨く。そのために1週間ずっと娼館に閉じ込められるんだけど……龍君は娼婦の人に余程気に入られたのか、1週間経っても吉原から出してもらえなかったんだよね。何度も脱出しようとしたけどそれでも駄目だったって。まあ娼婦の中には忍崩れもいるしね……で、1ヶ月経った後ようやく自力で脱出できたって話。その時余りにも多くの人を相手にしてたから『千人斬り』と言われるようになったってわけ」
「そのようなことが……」
「そういえば今まで、あまり過去のことは話して頂いてませんねって……あれ、龍斗様は?」
ミーアの言葉に反応し、残る2人も首を動かし辺りを見回した。しかし龍斗の姿は何処にも無かった。
「あー……聞くに堪えられず逃げたわね……出てこい、『吉原千人斬り』!!」
その瞬間、彼女らの頭上から小さな音がした。3人は顔を見合わせた。
「人の話を聞かないのは……確か忍としてあるまじき行為じゃなかったかしらね。藤堂さんがいたら手裏剣投げられるわよ?」
「なら、代わりに私が」
「……!!」
「あら、それいいわね」
レイアが槍を構え、ミーアがそれに倣った。沙希は近くにあったペーパーナイフを手に取った。
『我が身を鋼に矛盾とならん、『金剛鉄身』』
3対1の地獄の鬼ごっこが、今ここに始まった。
最後の方、ちょっと納得いってません。どーしてこうなった←
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尋問については冗長ではないかと思う今日この頃ですが、やると決めた以上はやらないと……というわけで、あと3つですね……