第84話:尋問其の一 喜車の術
地下牢には、捕らえられた様々な犯罪者達が集っている。窃盗で数週間程度の軟禁という罰を与えられている者から、死刑が決定し処刑を待つ者もいる。個別に与えられた部屋の中から、男女問わず、昼夜問わず叫び声を上げている者もいた。
その喧騒を完全に無視して、龍斗は地下牢の一角へと向かった。その周辺は他と違って騒ぎもせず、随分静かな空間となっていた。龍斗はある牢屋の前で足を止めると、鍵を開けて鉄柵の中へと入った。その瞬間、牢屋の中の人物が勢いよく動いたが、龍斗は動じなかった。手枷足枷とそれにつながる鉄鎖によって、牢屋の外には出られないと分かりきっていたからだ。
部屋の隅に置かれていた小さな椅子を動かし、それに座る龍斗。鎖で動けぬ茶髪の女性は、歯軋りしながら龍斗を睨み付けた。だがそれで何が変わるわけでもなく、悔しそうにベッドの上に座り込んだ。
「さて、ご機嫌如何かな、暗殺者さんよ」
「最悪よ。変な待遇のせいでね!!」
そう言う彼女への待遇は、実はこの国の普通とは違ったものになっていた。本来であれば犯罪者に与えられる食事はスープのようなものが1日1杯。一度に多く作る必要性と安価に作れるという効率重視でそのような食事になっているのだが、この暗殺者には、後宮で働くメイドに与えられる食事と全く同じものが与えられていた。因みにこの食事は、龍斗を狙って返り討ちに遭った暗殺者のほぼ全員に与えられている。
「変、ねぇ。良いじゃないの、他人より美味いもん食えてんだから」
「それが変だって言ってるの!! 絶対何か裏があるでしょ!!」
警戒心を剥き出しにして龍斗に突っかかる女暗殺者。軽い口調とは裏腹に、龍斗は対象を冷静に捉えていた。
(直ぐに脱出しようとしたあの態度、このイラつき様……侵入の時期からしても、新米の可能性が高い、か)
そう判断した龍斗は、方針を決めて相手を見据えた。
「ところで最初に来た暗殺者は確かお前だったな」
「それが何か」
「ということはだ、お前は侵入が難しいこの後宮に初めて侵入出来た優秀な人間ということになる」
「あ……それが何だっていうのよ?」
相手の目が僅かに泳ぐのを、龍斗は見逃さなかった。付け入る隙を見つけたとばかりに更に言葉を投げかける。
「見たところまだ15、6といったところか。その若さで侵入できる技術を持っているとは大したもんだ。一体どこで学んだ?」
「それは……ギルドの禁則事項。何があっても話すわけにいかない」
(ほう、暗殺者にもギルドってのがあるのか)
表情は軽く笑いかけたまま、龍斗は次の言葉を紡ぐ。
「ふむ、成程。しかし、ここに侵入できるってことはギルドでもかなり有力なんじゃないのか?」
「……お生憎様、あたしはこれが初任務。しかも失敗」
「ほう、初任務でここまで出来るとは、やはり才能があるってことか」
「無いよそんなの」
(やはり新米だったな)
鼻で笑い自虐する暗殺者。彼女が初めて表情を変えたことに、龍斗は目を細めた。
「しかし大陸じゃあ、ある程度の適性がないとギルドには入れないだろう?」
「冒険者と一緒……適性なんて関係無い。大抵の者は幼少時から厳しい訓練を受けて暗殺者となる……あたしみたいに」
(幼少時から訓練、ここは俺と変わらないか)
その後も龍斗は、相手にとって耳触りの良い言葉を選びながら話しかけた。この日だけでなく、何日も続けて通い同じように話し続けた。その結果。
「――それじゃあ、ギルドの中にもランク付けがあるということか」
「ええ、そうよ。より多くの依頼をこなせばこなすほど、難易度の高い依頼をこなすほどランクが上がっていくの。そして貰えるお金も増えていく。依頼については……あたしみたいな下っ端に来る情報はほとんど匿名ね」
「ほう」
2週間後には、暗殺者ギルドについての情報をあらかた引き出すことに成功したのである。因みにこの女暗殺者、名をオリヴィアという。2週間の間で本名を聞き出したのだ。
「いやあ、面白い話だった。人とこれだけ話したのは初めてだな」
「ふふ、あたしも……最初はなんか怖かったけどね。今までの人生の中で褒められたことなんて一度も無かった。あんたが初めてよ、あたしのことを認めてくれたのは」
「そりゃどうも。じゃ、また時間があれば」
そう言って龍斗は地下牢を後にした。
「――とまあ、オリヴィアから聞き出せたのはこのくらいかな」
後宮の自室にて、龍斗は聞き出した情報を報告していた。それに耳を傾けるは、レイア、ミーアと沙希の3人。レイアがしみじみとした口調で言う。
「まさか会話だけでそこまで情報を引き出せるとは、思いもよりませんでしたわ」
「まあ、とんでもなく時間がかかることの方が多いからな。相手が新米で助かった」
「けど、暗殺に来た人を褒めたりおだてたりって何か違うような気が……」
ミーアの言葉に苦笑する龍斗と沙希。
「まあ、そうなんだがな。人間褒められると嬉しくなるもんだ。今まで認められていなかった人間なら尚更な。そこに隙が生まれる。後はおだてながら聞きたい情報が出るよう誘導していけばいい……これが、五車の術の1つ、『喜車の術』だ。さて、次は……」
尋問で何がやりたいって、ようするに五車の術を使いたかっただけというね←
お気に入り登録件数が240件超えましたか。いやはや頭が上がりません。有難うございます。
拙作ですがお楽しみいただけると幸いです。
4月22日
タイトルの話数が抜けていたので修正しました