第83話:襲来
「……うん、旨いなこれ」
城塞を去った龍斗は、そのままライトベルクの中を歩いて移動していた。『幻術 纏陽炎』でルートの姿に化けているが、ライトベルクの商店街に集う人々はあまり気にかけていないようで、通常通りの生活をしていた。
これは内乱鎮圧の際龍斗がとった行動に起因する。民を説得するため、龍斗はまずユーヤと同じように民の中へと入り込むことから始めた。様々な手段を使って短期間で馴染み、それとなく情報を流してランゴバルトへの反感を煽ったのである。この時点で余りにも馴染み過ぎたため、王族であるにもかかわらずルートは他の一般市民と同様の扱いとなってしまっているのである。勿論これは王族直系に対する不敬罪にあたるのだが、龍斗本人がどうとも思っていないのと中央政府に報告していないことで事無きを得ている。
「……にしても王族直系の方が屋台で買い食いというのはいかがなものでしょうか」
一歩先を行くレイアが厳しめの視線で龍斗を見やる。その先には、屋台で買った鶏肉の串焼きを頬張りながら歩くルートの姿があった。
「いいじゃねぇのちょっとくらい」
「いえ、姉さんの言う通りです。龍斗様は既に要人、いつ何処でどうされるか分からないんですよ?」
「ああ、そこちと左に」
龍斗の要求通り、直近の曲がり角を左折するマーティス姉妹。直ぐに龍斗も続いた。この道は裏筋となっており、昼間だというのに建物の陰で薄暗くなっている。暫く進んだ後、不意に龍斗が口を開いた。
「まあ2人の言葉が正しいのは分かって、る。だが俺だって無防備でいるわけじゃない」
音の詰まりを不審に思ったマーティス姉妹は、揃って龍斗の方を向いた。丁度1人の男性が、地面に吸い込まれていくのが見えて目を丸くする。
「『即応の霧』で感知してたんだ。街に入ってからずっとついて来てたんで鬱陶しくてな」
「……まさかこの裏路地に入ったのって……」
「そう、暗殺者を誘き出し始末するために敢えて入った」
龍斗が地に沈んだ男の体を蹴り転がした。その胸のほぼ中央に、木製の串が刺さっていた。龍斗が食べていた串焼きの串である。ミーアが感嘆の声を上げた。
「対象を背にしながら正確に心臓を貫いた……ですか」
「まあ、感覚を強化していればどうということはない。けど、これで何回目だ?」
「私のカウントが正しければ、白昼での暗殺者襲来はこれで9回目です」
レイアの言葉に、思わず溜息を漏らす龍斗。
「ハァ……ま、街の様子はある程度見たことだし、空から帰りますかね……其の速きこと風の如し、我走るに大地を欲さず。即ち我宙を駆けんとす、『天駆翔走』」
術を発動させた3人は、何の障害もない広い空を駆けて王宮へと戻っていった。
「お帰りなさいませ、ルート様」
後宮に戻ってきた龍斗を出迎えたのは、緑髪のメイドだった。龍斗はそれに笑顔を作り、横を通り過ぎる時にご苦労様と声をかけた。暫くして、また別のメイドに出会った龍斗。
「お帰りなさいませ、龍斗様」
黒の長髪を持つそのメイドは、先日再会を果たした梅宮、改め九蛇屋沙希。あの一件以来、沙希は龍斗の後宮に仕えるメイドとなり、後宮の様々な仕事をしているのだが、彼女の仕事はそれだけでは無かった。
「ん、ああ……そういや表に草の芽が生えてたけど、あれは何だろうね?」
腕を組み、左人差し指で腕を2回叩きながら龍斗が尋ねた。
「草の芽、ですか……撒かれた種でないのなら雑草ですね。私には判りかねます」
立てた指を頬に当て、小首を傾げながら沙希が答えた。それを見た龍斗は腕を解き目を細めた。じゃあと手を上げて挨拶し、龍斗は部屋へと入っていった。
その日の夜、龍斗の部屋の扉がゆっくりと開いた。扉を開けた人物はランタンの火を消し、音を立てないよう注意しながらゆっくりと歩を進めていく。そして、部屋の主が眠っているであろうベッドの傍までやってきた。大腿部を探り、何かを握ると勢いよく腕を振り上げた。と、その時。
「!!」
全身に強い威圧感を感じ、動きを止めた。原因を探るため辺りを見渡す。相手はその隙を見逃さなかった。
「甘い!!」
その声を認識した時、既に侵入者は床に叩きつけられていた。手に持っていたものも落としてしまい、体は何かに拘束されている。そんな状況が起こった原因は、数秒後に明らかになった。
「龍君!!」
『『ライト』!! 龍斗様!!』
異変を察知したマーティス姉妹は駆けつけるとすぐに詠唱し明かりを点けた。その1歩手前に、木の棒のようなものを両手に構えるメイド姿の沙希がいる。3人の視線の先には2人の人物がいた。1人は侵入者。もう1人は、その侵入者に圧し掛かるようにして取り押さえている龍斗だった。その傍にはナイフが転がっている。
「俺は大丈夫だ。それより……やはり雑草だったか、『草の芽』」
龍斗に取り押さえられている侵入者の正体。それは、この日龍斗を出迎えた緑髪のメイドだった。
「ごめんなさい、思った以上に『草の芽』の動きが早かったわ」
「いや、それはいい」
侵入者を本国の兵士たちに預けた後、沙希の謝罪に龍斗が軽く返した。暗殺者は男女関係なく存在し、女の場合メイドなどに扮して接近してくることが多い。沙希は龍斗から、暗殺者の炙り出し、あわよくば排除を依頼されていたのだ。
「しかし、そろそろ鬱陶しいな。1日2回来るとはな」
「誰が送り込んでくるのかが分かればいいんだけど……」
沙希の言葉に、溜息をついた龍斗。
「ハァ……あんま得意じゃないけど、直接聞くしかないか」
「聞くって、誰に何を、ですか?」
直近にいたレイアが尋ねる。龍斗はそれに答えた。
「誰って、地下牢にいる暗殺者さんから聞くんだよ」
「というと、拷問ですか」
「暗殺者は拷問にかけられても情報を漏らさないよう訓練されてるのが普通。だからまあ、意味はないだろうな。俺がやるのは……敢えて言うなら尋問、だな」
そういうと龍斗は、明かりを持たぬまま廊下の闇に消えていった。向かう先は、地下牢獄である。
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