第82話:『使徒』
「……ほう」
ある日、龍斗とマーティス姉妹の3人はライトベルクの城塞に来ていた。その目的はルート親衛隊を含むライトベルク軍の鍛錬の様子を見るため。要人の前で見せる建前の姿など見ても意味がないということで、今回の視察はお忍びである。龍斗が来ていることなど全く知らない兵士達は、普段通りに訓練する姿を龍斗に晒していた。龍斗が感心したのは彼らの態度。セトラベルクやレフトベルクの駐屯地であれば数人程は手を抜いている者がいるのだが、ライトベルクにおいてはそのような兵士は見受けられなかった。
「普段からこれだけやってるとは。やはり指揮官の格かねぇ」
「いや、よっぽどてめぇの言葉が効いたんだろうぜ」
マーティス姉妹が驚いて振り向くと、そこにはウォーハンマーを肩に担いだユーヤがいた。ライトベルクの反乱に組していた、いわゆる軍の『離反組』は、この件に関する全権を持つ龍斗から免罪の通告を受けた。そして女王達の会議によって、そのままライトベルクに駐屯する軍として存続することが決定したのである。
因みに王族である龍斗に対してぞんざいな物言い、本来は不敬罪に抵触するものだが、龍斗が許容しているために不問となっている。
「おう、小娘共。元気そうじゃねぇか」
「お久しぶりです、将軍。何故私達の事が分かったのですか?」
ミーアが問いかけると、ユーヤは何でもないように白煙を吐いた。
「何でも何も、全く魔力を感じない場所があるから来てみたらてめぇらがいたってだけだ。その様子見てるとそいつだけは俺が来ることを分かってたみたいだな」
1人ユーヤに反応しなかった龍斗は、振り返りながら言葉を発した。
「『即応の霧』ではありませんが、『感覚強化』を使っていましたので。強化された嗅覚で貴方の煙草の匂いを嗅ぎ付けました」
「けっ、犬並みかよ」
ユーヤが煙管を口元に寄せ、煙を吸った。それと同時に、彼の左側からまた別の人物が現れた。
「全く、来るなら一言言って下されば良いのに……」
そう言いながらユーヤの傍まで来たのはリョウイチ・マスダ大佐。いつかの時と同じ軍服だが、手袋は嵌めていない。
「それだとお忍びの意味が無いでしょう……ああ、そうだ。お2人に聞いておきたいことがあったんですよ。今お時間宜しいですか?」
龍斗、マーティス姉妹、ユーヤ、リョウイチの5人は、城塞内にある会議室に場所を移した。この部屋を構成する煉瓦には遮音系魔法の魔法陣が刻まれており、魔力を通せば部屋の外には全く音が漏れないようになっている。その室内の片隅に座ると、リョウイチとユーヤが視線を交わした。
「それでお話というのは――」
「あー、どうせあれだろ、俺ら2人の『力』について」
ユーヤが言葉を遮った。それを龍斗が肯定すると、2人はまた視線を交わした。
「まあ本当は言うべきじゃねぇが……一応ライトベルクの長にゃ言っとかねぇとしゃあないって結論だ。つーわけでてめぇにゃ言っとく」
そう前置きすると、ユーヤが説明を始めた。
「てめぇらが信じるか信じないかは別にして。この世界、神と呼ばれるものは実在する。それは、実際に神と会った俺やリョウイチが保証する」
一様に驚く3人。それに苦笑しながら、リョウイチが続きを拾った。
「まあ、その反応は当然だろうね。だが事実だ。で、何故我々が神と会うことになったかというと、つまるところ神に選ばれた、らしいんだ。そして神から加護を与えられた。そして魔法とは違う、詠唱無しで瞬時に出せる特定の力を手に入れた。それを我々は『能力』と呼んでいる……因みに、神は我々のことを『使徒』と呼ぶらしいがね」
「……使徒……ね……」
「ついでに言うと神は1人だけじゃねぇ。俺のとこに来たのは大地神ガイア。だから俺の能力は『大地の力』だ。岩を呼び出したり地形を変えたり、地震を起こしたりってな」
「私の元に現れたのは火神アグニ。故に私は『火の能力』を得ている……もっとも、効率の良い使い方を研究した結果、爆発を起こすことを主としているがね」
リョウイチは指を弾くことなく、人差し指の先に蝋燭ほどの火を灯してみせた。その光景に見入る3人。数瞬の後我に返った龍斗は2人に質問した。
「神に選ばれた……って、何か基準でもあるのですか?」
「さあなぁ。俺の知る限りじゃあ使徒の中にも兵士、暗殺者、マフィア、傭兵とやってることはバラバラだ。多分神の気まぐれなんだろうよ。まあ、力の代償はあるけどな。俺の場合は『慈悲』が義務付けられてる。お嬢の言葉もあって今は民への慈悲ってことでやってる」
「私に課されたのは『究極の炎を生み出すこと』だね」
「へぇ……」
その後暫くして、龍斗達は城塞を去っていった。勿論、来た時と同じように、誰にも見つからないよう細心の注意を払って。
さて……この次からはちょっと問題のある内容になりますかねぇ。15禁設定の意味がようやく出てくるというか……まあ、暗殺とかやってる時点で充分かもしれませんが。