第8話:地図と決意
龍斗がランドレイク大陸に漂流してから1ヶ月が過ぎた。この間龍斗は特に何をするということもなく時間を過ごしていた。否、実際には何をすればいいのか分からなかったと言った方が正しい。霞も連もこのオリジアで仕事を見つけ働いていた。だが龍斗はそれらの職に就きたいとは思わなかった。かといってこのままデイビス夫妻の所で厄介になっているわけにはいかない。なら旅亭で働くか。その選択も龍斗には出来なかった。
何せ最近まで龍斗は忍になることを目標としていた。忍とは影なる者。諜報や暗殺、破壊工作、情報操作を生業とするが故に、その存在は表沙汰には出来ない。龍斗は15歳、既にそういった任務を任せられ、遂行していた。その中には当然の如く暗殺――人を殺めるものも含まれている。
連は龍斗と一緒に基礎体力の鍛錬をした時期がある。だが連は忍になるためにしていたわけでなく、実家の空手道場を継ぐためだった。無論殺人の経験など皆無である。
一方霞は女忍者――俗に言うくノ一になることを目標としていた。龍斗、連と同い年で龍斗と同じ忍の道を進んでいたが、決定的に違うのは3年前に行方不明となったこと。この時点で彼女は11歳。忍の任務が与えられるのは12歳からなので、彼女はまだ忍として動いたことが一度もない。即ち、人を殺めた経験がない。
(そう、俺の手は既に何度も血潮に濡れている。そんな俺が一般人としてのうのうと暮らしていけるはずがない。今更……道は引き返せない)
龍斗は2人が羨ましかった。血の穢れを知らず、自分の道を進んで行けたのだから。
そんなある日、龍斗は街の商店で大陸の地図を見つけた。そのまま何の気なしに購入し、旅亭に戻った。衝動買いと言っても過言ではないかもしれない。食事の後落ち着いた時に改めて見ると、何故これを買ったのだろうと自分で不思議に思ったほどである。値段は1枚3万ドルク。旅亭の宿泊料が一泊2食付で2000ドルク、林檎1個が100ドルクということなので、かなり高価な買い物である。にもかかわらず使いようがない。なんという無駄遣いだろうか。
だがこの地図を手にした時から、龍斗の心境に変化が起きたのもまた確かだった。部屋にいるときは地図を見て時間を潰すようになっていた。地図の何を見るのか、そして何を思うのかは大体いつも同じだった。
龍斗の視線はまず地図の右端、つまりは東端に向かう。そこにあるのは様々な形の島が南北に長く連なっている様子。その横にはタツノ列島という文字が書いてあるが、タツノ列島よりも『大和』の方が龍斗にとっては馴染みがあった。
(大きめの島が上から順に玲角島、徳間島、御蔵島。更に数個の島を合わせて大和か。……けっこう広いと思ってたが、小さいな。で、これに乗って西へと)
龍斗の視線はタツノ列島から左側へと進んでいった。海には大きな渦が描かれているが、あまりの大きさに紙から切れてしまっている。渦の中心に書いてある『トリトン海流』から更に左、『ランドレイク大陸』で目を止めた龍斗は母から聞いた言葉を思い出す。
「私が生まれ育ったのはとても大きな陸地だった。世界はここだけじゃない」
それはぽつりと呟く独り言のようなものだったが、龍斗の耳に強く残っていた。そしてそれは、大陸に流れ着いた今、龍斗が思うことでもあった。
(井の中の蛙大海を知らず、か)
龍斗は自分が今いる所、『オリジア』と書かれた場所に目を向けた。街の様子は非常に賑やかで、かつて龍斗が住んでいた玲角島よりも広い面積を持つが、それでも大陸のごく一部でしかない。つまりまだ龍斗は大陸の中のごく一部しか知らないのだ。
(どうせなら、もっと大陸を知りたい。知識は多い方がいい。無くて困ることはあってもあって困ることはない)
最終的に龍斗はそう考えるようになった。
そして龍斗はついに決意した。自分の進む道を定めた。多少迷いはあるものの、自分が思う条件を満たしている職業は他になかった。
(冒険者、か。正直気乗りはしないが……今まで培ってきた戦う力を失うのは俺には出来ない。どうせなら縛られずに生きていきたい。なら、この道しかないか)
この大陸には職業ギルドというものがあり、何か職に就きたい場合はそれに所属するのが一般的である。だが、大抵のギルドは加入に際して厳しい条件が課される。
例えば銀行の経営も行う商人ギルドでは、お金の計算はもちろん社会経済についての知識も必要となる。それらを問うための筆記試験に合格しなければギルドに入ることは認められない。
例えば鍛冶屋ギルドでは、親方と呼ばれる中堅の職人の下で何年も下働きを経験した後、実技試験を受け合格しなければならない。
それに比べ冒険者ギルドには加入条件が一切無かった。その理由は至極簡単、冒険者の世界は完全な実力主義だからである。力が無ければ生き残れない。常に死と隣り合わせと言っていい世界。だが逆に言えば、力量さえあれば任務を次々こなして荒稼ぎすることが出来る。それ故に冒険者という職業は大陸で最も人気のある職業だった。
更にギルドは、全ての国から独立した組織である。商人ギルドはオリジアという拠点を持つ例外的なものだが、承認が得られれば何処の国で商売をしても構わない。鍛冶屋もまた然り。冒険者では、関所を通る時の通行料が半額になる。それも決め手の一つとなった。
思い立ったが吉日と、龍斗はすぐに冒険者ギルドに行き登録を済ませた。ややこしい手続きが必要なのではと内心不安だったが、カードを水晶にかざすだけで登録は完了した。
だが龍斗にはもう一つ決意したことがある。
ちょっと焦ったかな……
ハァorz
素人の拙い作品ですが感想など頂けると有難いです。