第77話:黒の1日
エルグレシア王国セトラベルクにある王城の陰には王宮が存在する。そこに住まうことが出来るのは、現国王であるエルペローゼとその血を引く子供。後は住み込みで働くメイドや料理人くらいである。女王の伴侶ということで、例外的にウォルトンの居住が認められているが、それ以外の貴族はどんな身分であっても立ち入ることを許されていない。しかしここ数日の間で、王宮に新たな住人が入ることとなった。
その新しい住人は、とても王宮に似合わない黒の着物、黒の袴、そして黒の紋付羽織という格好で広大な庭の中を歩いていた。ついでに言えば髪も黒。まさに黒尽くめの恰好である。その一歩後ろには、顔のよく似た2人の女従者が控えている。こちらは大陸の女性らしい装いで、一目見ると忘れられないような美貌となっていた。その従者の片割れ、鳶色の目をした方が前を行く男に声をかけた。
「……龍斗様、全身真っ黒なんて珍しいですね」
「ん……ああ、ちょっとな」
黒髪の男、龍斗が振り返り、鳶色の目の女性、レイアに応答した。その言葉を聞いたもう1人、青い目の女性ミーアが問う。
「そういえば2年の間にも、ごく稀にそのような格好してませんでした? 何か意味でもあるのですか?」
ほう、と関心する様子を見せた龍斗。
「鋭いな。確かにこれには意味がある……『喪服』だ」
「喪服? 一体誰……あ」
ミーアは今朝方届いた知らせを思い出した。その内容をレイアが続けた。
「ハルト侯爵の焼死、ですね?」
後ろを向いたまま歩みを止めない龍斗は、レイアの言葉を鼻で笑った。
「世間一般ではそういうことになってるが、実際の死因は刀傷……この『東雲』のな」
龍斗が親指で背中を指した。そこには、龍斗が父の形見として持っている太刀『東雲』が斜め掛けにされている。龍斗の言わんとしていることを悟った2人は動きを止めた。龍斗は前を向き直し、ダメ押しとばかりに言葉を続ける。
「俺が殺した、そういうことだ。火事は証拠隠滅のために過ぎない。俺が喪服を着るのは、身内に不幸があった場合。それと、俺が人を殺めた場合だ」
呆然としていたマーティス姉妹。しかし距離が開いていることに気付き慌てて龍斗の背を追った。先に所定位置に付いたレイアが尋ねた。
「殺めた場合に、というのは?」
「まあ、言ってみれば俺なりの供養かな。殺めた次の日は喪服で、殺した人間を弔うことにしてるんだ。せめてもの義理立てだな」
それ以降会話は途絶え、3人は目的地に向かってただ歩き続けた。
龍斗達3人は庭を横切り、王国騎士団が駐屯する区画の1つに辿り着いた。団員が様々な練習をするためにあるグラウンドの1つで、今は貸切状態となっている。その区画を占領していたのは、十数人ほどの集団だった。白銀の鎧にハルバードを持った兵士が龍斗に気付き、声をかけた。
「おお、こっちだこっち!!」
その誘いに乗り、集団と対峙した龍斗は、自分を訝しむ声を聴き流し口を開いた。
「五里霧中、雲散霧消、『幻術、纏陽炎』」
顔を撫でるように手を動かした。途端に集団の全員が硬直した。黒髪の男の顔が、一瞬で金髪に変わったからだ。そしてその眼は紫龍眼。不審人物が唐突に国の要人に変化したのだ、彼らの反応は正常といえる。
「……というわけで皆さん、今日から私に仕えて頂きますので宜しくお願いします」
その言葉と共に、龍斗は顔を元に戻した。この集団、実は龍斗の親衛隊として集められた者達である。王族1人1人には必ず親衛隊が充てられる。主な目的は身辺警護で、国の象徴と言える一族の人間を殺されたりすると、国としての威厳に関わるからである。龍斗は始め断ろうとしたのだが、有無を言わさず所有させられた。
「どうだ、中々のメンツだろう」
「……というかこれは……」
先ほどのハルバードの騎士が、ヘルムを外しながら龍斗に言った。その人物は、かつて龍斗が解放した元戦奴隷の金髪の男、マルコ・ファスバンズだった。龍斗が見渡すと、ピンクの長髪を持つ妖艶な美女やレイピアを2つ手にしている男、突撃槍を抱え退屈そうにしている少年等、見覚えのある顔が目立つ。何時何処で見たのか。それを思い出した龍斗は1つの結論を出した。
「……全員今年の『春闘』で勝ち残った人間じゃないのか?」
「おお、すぐ分かったのか。俺なんて全員の顔見て名前聞いてようやく思い出したってのに」
「まあ、記憶力はそれなりにある方だと思うよ」
【毒呼び】、【双尾の蜂】、【重力無視の突撃槍】、他にも異名を持つ人物は多いが、共通して言えることは、ほぼ全員この年の『春闘』でベスト16に残った者だということである。
「東殿!!」
龍斗の元に、ベスト16に残らず、されどこの場に召集された2人が現れた。声をかけてきた和装の男は、第1回戦で対峙した坂本糺兆。もう1人は、独特なワンドを持ったローブ姿の男。同じく第2回戦で龍斗と戦った【雷火のアゲート】ことアゲート・パウロニア・ジャスパーだった。
「此度の親衛隊結成の折にて、私ごときの者をお招き頂いたこと、真に感謝の言葉もありませぬ!!」
「わ、私もで、殿下直々にご指名頂いたとのこと……!! 本当に有難う御座います!!」
示し合わせたように2人揃っての土下座だった。それを見た龍斗は苦笑しながら腰を下ろした。
「頭を上げて下さいお二方。王族には春闘への参加資格が無いということなので、繰り上げになっただけですよ。坂本殿に至っては、1回戦のときに名前を覚えていたからというだけですし。むしろ、私のせいで手間をかけさせ申し訳ない」
『とんでもない!! このご恩一生忘れません!!』
なおも頭を下げ続ける2人に困惑していると、また別の人間が龍斗の元にやってきた。
「新しい王族が誰かと思ったら、あたしとやりあって途中棄権した坊やだったとはねぇ」
妖艶な響きの声の持ち主は、【毒呼び】マリアーナ・リーシャだった。以前見た時と変わらない、扇情的な服装である。
「誰かと思えばリーシャさんでしたか」
「あたしの目は誤魔化せないよ。あんときのありゃ毒でやられた感じじゃなかった。もっと別の……そう内なるものに苦しめられるような感じだった」
「鋭いですね……まあ、色々あったんですよ」
立ち上がった龍斗だったが、苦笑は崩さないままだった。彼女との対戦の最中に物憑きが出現し、他人に危害を加えないよう棄権して森へと避難したのだが、物憑きの説明は難しく、仮に出来たとしても理解出来るとは思えない為、龍斗は曖昧に誤魔化した。
「ふぅん……ま、今は大丈夫そうだね。どうだい、再戦というのは」
「あー、考えときます、ハハ……にしても、何故今年入団したばかりの者ばかりが集まってるんだ……?」
どんな規模であろうと軍は軍。となれば軍人としてのノウハウを養う必要がある。そういったものは通常古参の兵士から新米の兵士に伝えられるのだが、この集団は今年入団した者ばかり。唯一前から入団していた人材はマルコだけで、そのマルコですら入団して数年という程度である。とても古参とは言えない。
口元に手を当てて考える龍斗。その様子を見たマルコが、龍斗に耳打ちした。
「ここだけの話だが……多分厄介事を押し付けられてんだと思うぜ。今年の新人、実力があるのは良いんだがいかんせんクセが強くてなぁ。なんというか、軍をナメてるというか、一騎当千を好むというか……あ、俺はあれだぞ、お前と接点あるからって。多分情報拾いなんだろうなぁ」
「あー……よし、リーシャさん!!」
元の位置に戻ろうとしていたリーシャを呼び止めた。振り向いた彼女、またその他の団員を見渡しながら龍斗が言った。
「再戦、やりましょうか。どうせなら面白い方が良い……全員まとめて相手しますよ」
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