第74話:地に沈む
「何なんだ……何故彼らは私達に刃を向けるんだ!?」
窓の外で繰り広げられている喧騒を聞きながら、ランゴバルトは砦の中をひた走っていた。その一歩後ろには、無表情のルートが控えている。不意にルートが口を開いた。
「それで、これからどうするのですか?」
「決まってるだろう、ここから脱出する!!」
「しかしここは彼らも勝手が分かってるでしょう。脱出経路はまず潰されるんじゃないですか?」
焦りを見せるランゴバルトとは対照的に、極めて冷静に、的確なことを告げるルート。逃げ道はないということを暗に示したような台詞だったが、ランゴバルトは意外なことを口にした。
「それは大丈夫だ。1ヶ所だけ、誰にも伝えていない抜け道がある」
「えっ」
ルートは目を丸くした。一瞬呆然としかけたが、辛うじて我に返り重要なことを聞いた。
「それは何処に?」
「第6ブロックC地区の地下を通り、ケルトン樹海に出るようになっている」
目的地に向かってひたすら走っていく2人。ルートは冷や汗をかきながら、カードを握りしめていた。因みに第6ブロックとは、ユーヤ達が突破した辺りの事だった。
「……ここが、脱出口……」
そう呟いたルートの眼前には、土をくりぬいただけの穴と思わしき道があった。石壁に特殊な魔法が施されているらしく、ある石を1つ押し込んで初めて出現する仕組みとなっていた。
「万が一何かあった場合に備えて、1つだけ完全に隠しておいたんだ。こうしといて本当に良かったと思うよ」
その時、辺り一帯が大きく揺れた。数秒ほどで治まったものの、ランゴバルトは危機感を募らせ歯ぎしりをした。
「おっと、のんびりしてる場合じゃない。我に光を、『ライト』。早く行こう」
そう言って石壁から土壁の道へと走り出す。その後ろ姿を見ながら、ルートもまた危機感を募らせた。もっとも、それは別の方向を向いていたのだが。
(まずいな……このままだと逃げ切られる……そろそろ足止めするか?)
そんなことにまで考えを巡らせていたルートは、ランゴバルトが立ち止まっていることに気付かず、思わずぶつかりそうになった。
「おっと……どうしました?」
「……何だ、これは……」
ルートが覗いてみると、ランゴバルトの眼前に土壁があるということが分かった。つまりは行き止まりである。
「何で……何で壁が……」
「言わにゃ分からんかど阿呆が」
突然天井の土が崩れ落ち、光が入ってくると共にそんな声が響いてきた。急な光に目が追い付かなかったが、目が慣れてくるとオールバックの金髪に額当て、大きなウォーハンマーを肩に担いだ着物風の服装の男がいるのを確認した。更にその後ろにはミーアが控えている。
「将軍……!! 何故だ!! なぜ我々に牙を剥いた!!」
「何故? 愚問だな。19年も騙されてたことに気付かされたら、誰だって怒るだろうよ」
「騙した? 何を言っている!? 私は、エルグレシア王国の為に、フェルミレーナの為に――」
「母の為? 違うな」
何の感情も持たない声が、ランゴバルトを遮った。ランゴバルトは大きく目を見開き、声にならない声を上げた。その左胸には、赤いしみがじわじわと広がっていた。冷徹な声は尚も続く。
「母は王族であることを捨て、決死の覚悟で海を渡った。その意志を知らず、あんたは母の名を看板に掲げ続けた。19年間、母の意志を騙った」
ランゴバルトの体が1つ揺れた。その刹那、素早い一閃がその首を斬り裂く。崩れ落ちるのを早めるかのように蹴りを放ち、ランゴバルトの後ろにいた人物が、血に濡れた脇差を片手に姿を現した。金髪に紫龍眼のルート・イーストはもう存在しない。そこにいたのは、冷徹な光を放つ藍色の眼と、影を切り取ったような黒髪を持つ忍、東龍斗だった。
「……殺っちまって良かったのか?」
「構いません。首を差し出せたならそれで良いでしょう。これ以上詭弁を聞く気もありませんし」
龍斗は天井に開いた穴を見上げ、声色を変えずに続けた。
「さて、残るは雑兵か」
兵をまとめ指揮する立場の人間が真っ先に殺されたため、私兵は混乱してまともに戦うどころではなかった。砦と外壁の間が戦場であるために逃げ出す事も出来ず、離反組の兵士や傭兵達によって命を刈り取られていった。そして午後4時、砦は完全に制圧された。19年間続いたエルグレシア王国ライトベルク地方の反乱が完全に幕を閉じたのである。
短いですが話が膨らまなかったもので
反乱はこれで終了となります。が、反乱編はもうちょっと続きます。