第72話:『その時』を告げる号砲
数週間後、龍斗にとって2回目の定例会議が行われる日。龍斗はルート・イーストとして、ランゴバルトと共に砦の中にいた。透き通るような金髪に、王族直系の証である紫の眼をもつ青年は、会議室の窓の外に広がる光景に感嘆の声を上げた。
「ほう、流石に全軍が勢揃いすると壮観ですね」
「当たり前だよルート君。何せ1週間後には、本国の軍と戦わないといけないのだから。いざという時混乱の無いように顔合わせというか、まあそんな感じで全戦力を1ヶ所に集めるのさ」
3日前、軍の情報部から緊急連絡があった。その内容は本国からの宣戦布告があったというもの。その知らせを受けたランゴバルトは直ぐに緊急連絡を飛ばし、ライトベルクに存在する全ての戦力を砦に集結させたのだ。砦を囲む外壁の内側には、ランゴバルトを筆頭とする政治担当の貴族が所有している私軍、外側にはユーヤ、リョウイチを始めとした本国から離反した反乱軍主力、そして未だレイア、ミーアが紛れ込んでいる傭兵の集団で人が溢れ返っていた。
「これで一体、何人ほどですか?」
ふと気になったルートが問うとランゴバルトは明るい声で答えた。
「ふむ、確か……僕らの私軍が全部合わせて大体700、離反組が300程だね。傭兵はこの前まで500いたんだけど、何故か先日多くの人間が抜けていったから半分の250程かな。それでも全部で1000以上、しかもそれなりの強者ばかりだからね。今回はきっといける、勝てるよ」
「そうですか」
ルートは曖昧な笑みを浮かべてそう答えた。上着のポケットに手を入れながら、ルートは更に質問した。
「そういえば、この軍の主戦力ってどんな方々なんでしょうか?」
「うーんそうだなぁ、真っ先に出てくるのはやっぱりユーヤ将軍だよね。あのハンマーと魔法の威力は半端ないよ。リョウイチ大佐は後衛だけど、中々侮れない力の持ち主だ。他にも……」
主戦力となる戦士の名を挙げては、その特徴を自慢げに話すランゴバルト。それに相槌を打ちながら、時折外を見てその人物の所在を確認するルート。すぐ目の前にいるランゴバルトは全く気付かなかった。ルートがその眼に自分の姿を映しておらず、耳では話を聞きながらも頭の中では全く別の事を進めていたということに。
〈――山〉
《川》
〈草だ。応答願う〉
〈狗です〉
〈魚です〉
同時期、通信カードによってレイア、ミーアに連絡が入った。至極簡単な緊急用の暗号であることから、急ぎの用であることが分かる。因みに『草』は龍斗を指す。元々森に潜伏していたことと、間諜を指す隠語であることを踏まえたものである。
〈そろそろ頃合いだ。始めろ〉
「了解しました……リョウイチ大佐、よろしいでしょうか」
「ハァ、レイア君にようやく正しい名前で呼んでもらえたと思ったら号砲役とはね……まあいい。やらなければならないことだ。全員準備は良いな?」
一通り周辺を見回すリョウイチ。否の声を聞かなかったため、彼は了承と受け取った。軍服のズボンに入れていた右手を顔の高さにまで持っていく。その手には、己の尾を銜える赤いトカゲの中に炎という意匠のいつもの白い手袋が装着されている。
「狼煙を上げよう」
リョウイチが指を弾くと、ほぼ同時に轟音が響いた。
「これで、もう後戻りは出来ない」
それは、砦の中からも確認することが出来た。外壁の直ぐ側で爆発が起き、黒煙を上げたのだ。
「何だ? 何があった?」
ランゴバルトの疑問に対する答えは、伝達係の一兵卒が運んできた。全力で走ってきたと思われるその人物は息も切れ切れ、顔から何から汗でびっしょりだった。肩で息をしながらも、声を張って叫ぶように報告した。
「た、大変です!! リョウイチ大佐が、が、外壁に攻撃を……!! それと、ユーヤ将軍、リョウイチ大佐率いる軍部、並びに傭兵団が謀反を宣言しました!!」
「な、何だと!? どういうことだ!!」
ランゴバルトが驚き、一兵卒に向かって叫び返した。ルートも目を見開き、驚いたような顔をした。が、そこは仮にも個人で軍を所有する貴族。直ぐに気を取り直したランゴバルトが命令を下した。
「……!! そうだ、そんなことより。取り敢えず全ての門を閉めさせろ!! 籠城だ!!」
ランゴバルトの号令は直ぐに私軍全体に伝えられた。そして可能な限り迅速に、外壁の全ての門が閉じられた。その手際の良さには目を見張るものがあり、戦果を求めて我先にと突っ走る傭兵達を誰1人門内に入らせなかった。
「チッ、普段デスクワークしかしてねぇとはいえ、あいつも軍の頭ってわけか。とっさの判断にしちゃ良いもんだな」
「それにこの手際の良さ……やはり、きっちりと躾けてあるんだって分かりますね。19年あって今更ですが」
外壁の外にいる軍勢のほぼ中央で様子を見ていたユーヤとリョウイチ。2人して舌を巻いているところにレイアが割って入った。
「お2人共、感心している場合ではないかと。一体どうするおつもりでしょうか?」
「相手は700、こちらは軍が300、傭兵が250の計550ですよね。籠城されたということは攻城戦になるわけですから、確か相手の10倍の兵力が必要、ですよね?」
姉の言葉に補充する形でミーアも主張した。武家の名門で生まれ育った2人は、当然ながら兵法や戦略についての心得も持っている。その中にあった、一般的な攻城戦についての情報をミーアは示したのである。
しかし、ユーヤとリョウイチはその情報を鼻で笑い飛ばした。煙管の煙を吸って吐き出し、ユーヤが言う。
「そいつぁ確かに一般論だ。だが今は、普通とはちいと違う」
今度はリョウイチが、補足するように言葉を続けた。
「普通の攻城戦というのは中の様子が分からない守り手の城を相手にする。つまり相手のホームステージ、相手に有利な状況の下で行われるものなんだ。その分攻める側が不利だし、そもそも城や砦というものは攻めにくいように造られてるからね。だから圧倒的な力量差が無い限りは攻略しにくい、守りの策としては好手と言われている。でも今回は違う。19年間ずっと拠点にしてきた『勝手の分かる砦』が相手だ。内部構造が分かっているから攻めるのはかなり楽になる。それともう1つ……『一騎当千の兵』が、こっちには2人いる。即ちこちらの戦力は2550に等しいということだ」
丁度良いタイミングで金属音が1つ響いた。煙草を吸い終えたユーヤが、膝を守るようについている脛当ての飾り部分に煙管を叩きつけたのだ。落ちた灰を踏みにじりながらウォーハンマーを担ぎ直したユーヤが言った。
「さあて、あの野郎に思い知らせてやろうじゃねぇか。俺が【砕破の獅子】と呼ばれる所以をな」
お気に入り200突破ですか……凄いですね、まさかここまで来るとは思わなかったな……
読者の皆様、本当に有難う御座います。
現在大学関連の諸々で中々執筆の時間が取れてませんで^^;
お陰で更新もやや遅れ気味になっております。今後もまた不定期更新となることはご了承頂きたく……
しかし、途中で放り投げることはしたくないので、最後まで頑張ります。