第70話:龍の交渉
「――とまあ、ご覧の通り、私の母は確かに王国第1王女フェルミレーナなる人物ですが、私はランドレイク大陸の者ではありません。生粋の大和人です」
「……それがてめぇの正体か……ルート・イースト、いや、東龍斗」
そう、今の俺はもうルート・イーストじゃない。金髪に紫の眼という仮面を捨て、黒髪に藍色の眼という本来の俺、東龍斗の姿をヤマモト夫妻に晒している。その理由は簡単なもので、この2人、主には将軍に俺が王国第1王女の本物の息子であるということを示したかったから。その為に、王女にしか与えられないという『金珠貝の首飾り』を提示した。しかしそれだけでは不十分だ。当たり前の話だが、物が偽物じゃないのかという疑いが出る。誰かが身に着けていたということを証明するために、その物が持つ『記憶』、もとい『記録』を見せる必要がある。だがそこに、金髪のルート・イーストはいない。いるのは黒髪の父、美夜、そして龍斗。だから、今目の前にいる俺が、映像の中の子供と同一人物であると認識してもらうには本来の姿を見せるしかない。
「……で? てめぇは何故俺に正体を晒した? 何が目的だ?」
魚や狗が集めてくれた情報から、この将軍の大まかな性格等はある程度分かっている。一見粗悪で乱暴な印象を与える口振り。独裁者を思わせ、まずは恐怖を覚えるだろう。だが実際会ってみて分かることだが、将軍の眼に冷徹な光は無い。本気で何かを守ろうとしている、例えば子を持つ親のような、そんな人間らしい眼をしている。そういう人間は自分の利益だけを優先して行動するということは無い……俺には都合のいい人材だ。
「19年間、国の正しいあり方を訴えながら、その実態は貴族の金儲けに利用されていただけ。こんな不毛な反乱に、何の意味があるのでしょうか? 私はこんな無駄な戦い、続けても意味は無いと思っています」
ちと話を区切ってみよう。これは俺が2人の様子を見たいためでもある。思案顔の2人。暫くして将軍が口を開いた。
「……つまり何か、反乱を止めて本国に投降しろ、と?」
「それが一番良い方法かと思いますよ」
流石将軍。やはりただ荒いだけじゃない、判断力、理解力がある。俺が何を言いたいのかを当ててきた。そして多分返答は……
「……俺ぁパスだ」
だろうな。その理由もまあ見当がついている。即ち。
「やはり民のため、ですか」
「……ああそうだ。確かにあの野郎に利用されてたってのは気に食わねぇ。この戦いが続く意味もねぇと思う。だがよ、俺かて自分の立場ぐらい分かってらぁな。俺が抜けるっつーことは、ここの主戦力、軍の大半が抜けることに繋がる。そしたらライトベルクはどうなる? まず戦っていけねぇ。本国に明け渡したところで、今までの補償分だとか言って搾取するだろう……国相手に逆らうよりは、野郎1人を相手する方がよほど楽だな。奴に利が行かないよう、民に利があるように俺が物言い役をする」
「『民あってこその国』、ですか」
「ああ」
返ってきたのは肯定。要はそこだ。将軍は自分の利のために動くことはしない。では誰の為か。民だ。つまり平民。最も人数が多く、最も権力の無い階級。彼らの命、生活、それを守りたいがためにこの人は戦っている。自身の給料を減らしたのは、その分を民に充ててもらうため。わざわざ辺鄙な村に住んでいるのは、民に何かあった時即対応出来るようにするため。全ては本当に民のためだ。だからこそ。
「だからこそですよ。本当に民を思うのなら、一番民に負担の無い手段を取るべきです。今の生活は19年続いていると言えど不安定。こんなこと言うのもなんですが、こちら側が負ければ終わる」
「だからずっと負けねぇように――」
「負けなかっただけで、勝ったわけではない。違いますか」
とっさに言い返したんだが、言葉を詰まらせたところを見るとどうやら図星らしい。まあちょっと考えれば分かることだ。勝てるのならライトベルクに留まっていない。さっさと進軍して領土を広げているはずだ。
「余計な搾取が無い。戦に巻き込まれない。『安全で平和』、民が一番望んでいるのはそれです。現時点では、ランゴバルト卿の支配下ではそれを実現出来る見込みは無い」
「本国だったら出来る、と?」
「私を誰だと思ってるんですか。これでも王族直系の息子ですよ? 本国は喜んで歓迎してくれるでしょう。それに、王族直系の言葉を無視して生きていける貴族様っているんですかね?」
険しい顔つきの将軍が黙り込んだ。言ったことは嘘じゃない。全てが、じゃないけどな。
「……暫く時間くれ」
「ええ、構いませんよ。では私はこれで」
席を立ち、広間から出ようと扉に手をかけた。と、その時。
「おい」
呼び止められた。無言のまま振り向く。将軍の背中は見えるが、表情は全く見えない。ゆっくりと、迷いを含んだ言葉が聞こえてきた。
「……本当に、出来るのか。民に余計な負担をさせねぇ、そんなことが」
「ええ、可能です」
断言し、後ろ手に戸を閉めて部屋を出た。そりゃあそうだろう。この件を治めるために必要な全ての権利は……この俺にあるのだから。




