第7話:銀行帰りの会話
「……にしても1000万近い財産って凄いね」
「いいなーお金持ちー。ねぇねぇ、100万くらい頂戴よ」
「誰がやるかよ、自力で稼げ」
銀行を出た龍斗達3人は街の中を散歩していた。百聞は一見に如かず。実際に目で見ながら説明を聞いた方が覚えやすいし、地理的なことも把握できる。更に龍斗は霞、連と会話をする中で大陸の言葉を覚えるようにしていた。元々他人よりも記憶力が良いので、一度さらっと説明されただけでも大分覚えることが出来た。会話が続くうちに話すことが無くなり、今は銀行でのこと、お金のことについてが話題となっていた。
龍斗に金を無心して断られた霞は頬を膨らませていたが、ふとあることに気付いた。
「そういえばさ、東君はなんであんなにお金持ってきてたの?」
「ああ。うちは俺以外全員死んだからな。大半は葬式の時にもらった香典だ。最初は泥棒に盗られるよりかマシだと思って持ってたんだが、舟を出した後に気付いてな。香典返しにお土産買って帰るつもりだった」
再び家族の死に抵触してしまった霞はしゅんとなり、ごめんと呟いた。連はそれを聞いて湧いた疑問をぶつけることにした。確かに軽んじて良い話ではないが、当の本人が乗り越えようとしているのだ。その気持ちを尊重してのことである。
「でも香典にしてもちょっと多すぎじゃないか?」
「一つは罪悪感だろう。2人とも知ってるだろ、うちが一度村八分にされたの。解消されたけどやっぱ申し訳ないって気持ちから多めにしたんじゃないかね。もう一つはよく知らないけど爺さんがお偉いさんに重用されてたことだろう」
「なるほどねぇ」
「ところで俺も疑問に思うことがあるんだが」
お金の話題が続いたことで、すっかり忘れていた疑問を思い出した龍斗。
「ドルクが金の単位なのは分かる。でも銅貨が10、銀貨が1000、金貨が10万っていう値段設定は何だ? 今ひとつわからないんだが」
「それはね、大和と違って硬貨自体にお金としての価値が無いからだよ」
霞が答えてくれたのだが、あまりにあっさりしすぎで今一つわからない。同じことを思った連が補足説明する。
「つまり大陸ではあれはただの金属の塊と見て値段を決めているのさ。だから1グラム当たり何ドルクっていう決め方。ただ、元々お金として使うために作られているから一枚一枚価値が違うと意味がない。つまり硬貨はどれも同じ量の金属で作られていることになる。同じ量ということはどれも重さが同じだから、結局貨幣は値段が安定しちゃうんだよね。……で、安定しているからまだ取引にも使えるわけだ」
「ただの金属として、か。もう一つ……これは銀行への信頼に触れちまうけど……あれ大丈夫なのか? 例えばここが他所の国に襲われたりしたらやばい、というか今だって狙ってるとこありそうだな。何せ大陸中の金が集まってるわけだし」
「ははっ、流石は忍、いいとこに気が付くね。それについては本当に大丈夫なんだ。端的に言えば大陸にある全ての国は銀行の融資を受けている、つまりは銀行に借金がある。おまけに国を動かすためのお金のほとんどが銀行にあるから何処も銀行に頭が上がらない。もしオリジアに危害を加えようとする国があったら即座に経済制裁が加えられる。お金を一切動かせなくなるから国が機能しなくなるね」
「国が自力で大金を動かすのは大変そうだな……国にとっても利益が無いのか」
「あ、それと銀行の運営とオリジアの統治は商人ギルドがやってるの。ギルドは何処の国にも属さない独立した組織。それにオリジアは念のために全ての国と不可侵条約を結んでる、だから兵力が無くても国がやっていけるんだよね」
この日龍斗は度量衡の単位、店の看板、お金についてのあれこれを学んだ。それに加え、龍斗は新しく服を調達した。龍斗が着ているのは未だ大和から持ってきた着物に袴。大和では当たり前の格好なのだが、大陸には無い服装のため街を歩けば嫌でも目立ってしまう。人の注目を集めることを嫌う龍斗としては一番に避けたいことだった。まだ少し抵抗があるが、連や霞曰く「そのうち慣れる」とのことだった。
太陽が地平線に沈む頃、2人と別れた龍斗はデイビス夫妻の家に戻った。扉を引くと昼間かと思うほどに明るい光と喧騒が龍斗を迎え入れる。デイビス夫妻の家は旅亭を経営していた。昼間は開店休業みたいなものだが、夜になれば食堂は酒場となり、連日酒飲みがわいわいがやがや騒ぎ立てる。そうして酔いつぶれた客に追加料金で寝床を提供したのが旅亭の始まりらしい。やがては最初から宿泊を目的とする客も現れ、今のスタイルが定着していったのだとトマスは語った。龍斗はそうして客に提供する部屋の一つを貸してもらっていた。
食事は基本的に食堂で行う。龍斗は騒ぎの中心を外れるように、端の方のテーブルに座った。