第69話:行動開始
「……ふむ……」
「どうしました、ランゴバルト卿?」
執務室で顔を顰めているランゴバルト。机上の書類はすべて処理してあるため、その表情の原因は別にあると踏んだルートが尋ねた。
「ん、ああ……いや、最近どうも様子がおかしいなぁと思ってね」
「と、言いますと?」
「何というか……ここ最近軍の人間に避けられているというか、何か距離を感じるようになったというか」
そう言いながら頭を掻くランゴバルト。平民と関わることは全く無い。軍との関わりについても、緊急事態が無ければ1日2回の報告時に連絡係と話をする程度。僅かな時間でしかないし、内容が内容だけに下手に言ってしまうと相手の機嫌を損ねる恐れがある。わざわざ貴族の怒りを買おうとする冒険者(無謀な者)などいるはずも無かった。お陰で、経済を担当する貴族一派に噂が伝わることは無かった。不自然にならないよう控えめな口調でルートが言う。
「そうですね……何か良くない噂でも流れているんじゃないですか? そうだとしたら誰も教えてはくれないでしょうね。自分の立場が危うくなりますし。まあ、他の可能性も考えられますが」
「む……なら、どうするか……」
腕組みをして考え込むランゴバルト。それを見かねたルートは自身の考えを提案した。
「そんなに気になるなら、私が調べてみましょうか?」
「なっ、何だと!?」
ランゴバルトは驚き、直ぐに反対した。曰く、ルートという存在を公にしないという方針を崩すことになる、と。その言葉を受け流し、ルートはさらりと言ってのけた。
「それは自分で言ったことですから、ちゃんと守りますよ。こうすれば、問題ないでしょう」
ルートは顔を撫ぜるように片手を動かした。それだけで、相手の目に映るルートの顔が変わっていった。即ち黒髪黒目、龍斗の顔に変化したのである。一瞬目を見張ったランゴバルトだったが、直ぐに納得の表情を見せた。
「……そういえばそんな事も出来るのだったな君は。だが他にも問題があるぞ」
「どうやって情報を得るか、ですか? 恐らく軍人に聞くより平民に聞く方が早いと思います。軍に流れているくらいなら平民にはもっと広まっているでしょうし、平民の方が噂好きですから。となると、ユーヤ将軍がいるトルヌ村なら安全でしょう。ランゴバルト卿はご多忙ですし、私が行った方が効率的でしょう」
「ふむ……それもそうか。将軍には一報入れておく。すまないが、よろしく頼む」
「――というわけで、お邪魔してます」
「何が『というわけで』だど阿呆。来られるこっちは迷惑だってんだ」
ユーヤの口から大量の煙が、深く長く吐き出された。場所は勿論トルヌ村にあるユーヤの屋敷、姿はルートである。タイミングを計ったように、チエがお茶を入れて戻ってきた。
「まあまあ良いじゃない、ミーアちゃんがいなくなってちょっと物足りなかったところよ。はいどうぞ」
「有難うございます……うん、やはり緑茶は良いですね」
湯呑を受け取りお茶を飲むルート。一息ついたところでユーヤが探りを探りを入れてきた。
「……てめぇの言う噂ってのは俺も掴んでる。あの野郎が金をせしめてるってやつだろ。立場の問題から平民にゃ軽率に行動するなと釘を刺してあるがな……で?」
「『で?』とは?」
「実際のところどうだって話だよ!! てめぇなら知ってんじゃねぇのか?」
睨むような視線を向けるユーヤ。ルートはそれを正面から受け止め、ユーヤを見据えた。同時に表情が消えてゆく。
「……実はそのことなんですが。これを」
「ん? ……おいおい何だこれは、支出過剰ばっかじゃねぇか!!」
渡された書類に目を通したユーヤは思わず声を上げた。それは、ライトベルク全体の収入と支出を著した決算書であり、ご丁寧に十何年前のものとごく最近のものとがあった。追討ちをかけるように、更に紙を手渡したルート。
「それからこれです」
「……『今回はこれだけ金が不足しています。本国の資金を上手く誤魔化してこちらに寄越してほしい』軍の隠語がちらほら見えるが、内容的にはこんな感じだな。こっちはそれに対する返事で、まあ了解ってとこか」
「筆跡確認とかしてみましたが、間違いなくランゴバルト卿の直筆ですよ。その偽の決算書と共にその手紙を送り、本国の内通者から金を受け取っていた、ということです。考えてみて下さい。このライトベルク、反乱を起こしてから19年間独立を保ってるんですよ? そんな場所が赤字だなんていうのは、おかしいと思いません? それにこんなやり方で政治して19年持つと思いますか?」
それを聞いたヤマモト夫妻は、難しい顔をしながらごく僅かに頷いた。ルートの問いに対する返答ではない。中身は同じかもしれないが、これはそれぞれが内に秘めていた疑問に対する確信を表す行動であった。
「……つまり噂の方が本当だった、てこと……?」
「そういうことですね」
急に視界が真っ白になった。ユーヤの煙草から出る煙だった。煙管を膝に思い切り叩きつけ、落ちた灰を踏みにじる。そして厳しい目つきをルートに向けた。
「で? てめぇは何が目的だ? 何故俺の所に来た?」
「……では、本題と行きましょうか」
その視線を正面から受け止め、ルートは『金珠貝の首飾り』を取り出した。詠唱を済ませスクリーンを呼び出す。首飾りが見てきた『記録』が、映し出された。