第68話:人の口に戸は立てられぬ
ある日偶然にも非番の日が重なったレイアとミーアは、久し振りに姉妹で買い物がしたいという口実で商店街へと出かけた。太陽が空の頂点から降りていき、そろそろ夕日に変わろうとしている時間、そこは夕飯の買い物に出ている人達で溢れ返っていた。
「あらミーアちゃん、久しぶりね」
「え、あ……アディさん!!」
ミーアに声をかけてきたのは、街に住む平民の1人。ユーヤの下で生活していた頃に顔見知りとなった人物である。
「ミーア、この方は?」
「えっと、この辺りに住んでいるアディさん。この街のことについていろいろ教えてもらったの」
「そうでしたか。妹がお世話になりまして」
「え、あ、いや、ど、どうも」
名家の娘らしく丁重にお辞儀をするレイアにつられ、アディもぎこちないお辞儀を返す。その様子が余りにも可笑しく、ミーアは思わず吹き出してしまった。
「……ああ、どうもそっくりだと思ったら。ミーアちゃんのお姉さんね。初めまして、あたしゃアディってんだ。ミーアちゃんがこっちにいた時にゃよく世話になったんだよ」
「と、言いますと?」
「この子が獲ってた魚さね。他と比べて美味しくてねぇ。おかげでこれが中々戻んないんだけど」
前に突き出た腹を叩きながら笑うアディ。彼女が言っているのはミーアがトルヌ村にいた頃の話。何もせずただ居候しているだけでは申し訳ないと、魚を獲って市場の魚屋に買い取ってもらっていた。市場に並ぶ魚はどれも血抜きやわた抜きをしていない状態。『血や腸は温度が高く腐りやすい。そして不味くなる』とは龍斗の言葉。彼の言動が十二分身に染みているミーアは、槍で仕留めた後龍斗と同じように血抜きわた抜きを行っていた。それを偶然買ったのがアディである。丁寧に処理されていて味が良かったと言ったところ、魚屋の主人が誰が獲ってきたのかをリークしたのである。
その後暫く、女3人は他愛もない世間話を延々と続けた。女は話好きで始まったら中々終わらないとは誰が言った言葉だったか。それは昼間の商店街の中であっても変わらなかったようだ。やがて話は家計のことに切り替わった。
「鍛冶師や薬師なんてギルドにも入ってなけりゃ資格も持ってない。そんな平民のあたしらの稼ぎっつったら、畑の野菜か獲った魚くらいさ。一部は店に売って金に換えるけど、まあほとんどは自分で食っちまうね。これでも結構ギリギリの生活さ。そう考えると軍人ってのは良いねぇ。いざという時命張る代わりに、生活は保障してもらえるんだろ?」
「そうらしいですね。私達は傭兵なのであまり保証は高くありませんが。部屋を借りてる分だけ給料が下がってますし。ですが私の場合、姉さんと2人1部屋、給料も共有なのである程度は大丈夫ですね」
「なるほどねぇ……じゃあ将軍はあんたらの何倍ももらってるのかねぇ。軍人だし、おまけに地位も高いし」
「将軍って、ユーヤ将軍ですか? あの方は確か本来の給料の半分ほどしか受け取っておられませんね。それでも傭兵3人分の額ですが」
レイアが口を挟んだ。こういった情報は軍上層部の補佐役を経験した彼女の方が熟知している。
「ははぁ、軍のお偉いさんだってのに全く飾りっ気のない態度。わざわざトルヌ村なんかに住んで、あたしら平民をいろんな意味で助けてくれる。ああいう人なら、そんな話聞いても文句は言えないね」
「あ、お金といえばきぞ――」
「!! ミーア」
何かを言いかけたミーアは、レイアの叱咤を受け慌てて口を噤んだ。しかし時既に遅し。その行為は、アディの関心を引き付けるだけだった。
「あ、何々? 何の話?」
目を輝かせて迫るアディに、困惑したような表情で互いを見合わせる姉妹。やがて意を決した2人は頷き合い、道の端にアディを誘導した。真剣な顔を近づけ、小声で告げる。
「実は……」
「へいらっしゃい!!」
魚屋の主人はいつもの調子で客に挨拶した。しかし、客の方はいつも通りではなかった。今までに見たこともない難しい表情である。あまりに様子がおかしいので、主人は尋ねた。
「どうかしたかい?」
「ん、ああいや、ちょっと悪い噂を耳にしちまってね……」
「噂? 何だってんだそれは?」
「実はねぇ……ほら、このライトベルクで1番のお偉いさんいるだろ。あいつがさ、あたしらの税金やら何やらを独り占めしてるってんだよ」
「なっ!?」
「それだけじゃあない。本国に残ってる内通者の貴族ってな人がさ、ライトベルクのためにと金を送ってくれてるらしいんだけど。その金も全部抱え込んでるとか。フェルミレーナ様の許婚だったかなんだったか知らないけど、所詮奴も他のと同じ、金の亡者だったってことさ」
「……けどよ、唯の噂だろそんなの」
「軍ならまだしも、その上の方の情報はほとんど分からないからねぇ……それに、火の無いところに煙は立たない、て言うでしょ」
客から店へ、店から客へ。家族、友人、親戚……情報を受け取った人は持っている人脈を使って更に多くの人に情報を発信していく。噂は噂を呼び、尾ひれがついて更に大事になっていく。3日後には平民の間で飽和状態となり、ついに軍内部に進出してきた。そして1週間後、情報の誤差はあるものの、砦の一部を除くライトベルク全土において、政治不信が芽生えていったのである。
書くことは決まってるのにそれをどう書けばよいかでだいぶ時間かかってますorz
そろそろですので、気合入れてしょぼくならないよう頑張ります。
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