第61話:揺れる大地
「将軍!! 大変、大変だ!!」
トルヌ村まで全力で走ってきたセヴル。屋敷の前まで来たときには前屈みになって肩で息をしていた。叫び声を聞いた将軍ことユーヤが、屋敷の影から姿を現した。相変わらず煙管からは煙が立ち上っている。上は着物2枚の重ね着、その上にロングコートのようなものをマントのように引っ掛けている。下は黒いズボンのようなものに黒い鎧の足の部分だけを着けていた。少し違和感を感じるかもしれないが、これがいつもの服装である。
その姿を確認したセヴル。途切れ途切れになりながらもなんとか伝えようと声を出した。
「う、海に、行ってたら、ハァ、か、海賊が……」
「何だと!?」
ユーヤの目に獰猛な光が宿った。その迫力に気圧されてセヴルは立つ力を失った。それには目もくれず、鎧の膝部分に煙管を叩きつけ煙草を落としたユーヤ。屋敷の壁に立てかけられていた、黒光りする巨大なハンマーを片手で軽々と担ぐ。
「おい!! 海賊だ!! 本部に連絡、後ガキは任せた!!」
怒鳴り声を上げると、返事を待たずに海の方へと走り出した。徐々に小さくなっていくユーヤに引っ張られるように、屋敷の扉が開いてチエが現れた。
「セヴル君、お疲れ様。立てる?」
チエが差し出した手を借りて、セヴルは何とか立ち上がった。チエはズボンのポケットからカードを取り出す。魔法具の『通信カード』だ。
〈――こちら軍本部です〉
「獅子のねぐらから緊急連絡。海賊船が来たわ。規模は不明」
〈――了解しました。至急増援を……どうせもう海賊のとこでしょう? 貴女も大変ですね、連絡役押し付けられて〉
「もう慣れたわ。それに夫のサポートは妻の仕事よ」
〈頭が下がります〉
「んじゃ後はよろしく」
そう言ってチエは念話を切った。
ユーヤは全速力で走っていた。脇目も振らずただひたすらに海を目指す。道中彼を見かけた人間は皆彼を恐れて道から飛び退いた。巨大なハンマーを担いで、鬼気迫る勢いで走ってこられたら誰だってそうするだろう。かくしてユーヤはこれといった障害も無く海辺まで辿り着いた。そして、そこに広がる光景に驚き、思わず足を止めてしまった。
(……こりゃあ一体どういう……)
砂浜には汚れたレザーアーマーやプレートアーマーを着た者が10人程寝転がっている。その体のあちこちに赤い線が走っていた。それだけではない。同程度の人数が、1人の槍使いとやり合っていたのだ。その槍使いは、ここ1週間で見慣れた姿をしていた。
(あの小娘……!! まあ良い、後回しだ)
ハンマーを担ぎ直したユーヤは、一歩踏み込むと同時に大きな声で怒鳴った。
「跳べ小娘!!」
言葉はミーアに届いたらしく、彼女の体が宙に浮いた。後ろ向きに1回転し、ユーヤの近くに着地する。
「上出来だ。まさか一跳びでここまで来るたぁ思わなかったが」
「『筋力強化』のお陰、だけでもありません。突然足元が持ち上がったんですが、あれは何ですか」
「説明は後だ。まずぁ下がってろ。巻き添え喰らいたくなきゃな」
ミーアは警戒を崩さないまま、バックステップで10m程下がった。それを音で確認したユーヤが動き出す。
「まずは本丸からだ!! 『ロック・シュート』!!」
左手から岩の塊を出現させ、それを右手のハンマーで打ち飛ばしながら砂浜を歩いていく。狙いはランダムだが、主に海賊船を狙っていた。進路を塞ごうとする海賊には、罵声を浴びせながらその鉄槌で一撃を食らわせ地に沈める。やがて彼は、先程ミーアがいた場所で止まった。地面から湧いて出てきたように砂を被った巨大な岩がそこにはあった。
鉄塊の近くを持つ右手はそのままに、石突に近い方を左手で掴んだ。小回りが利くような構えで、周囲の敵が放つ攻撃を防ぎ、牽制する。ハンマーによる攻撃は1つ喰らえば確実に骨折する。その危険性を分かっているため、ユーヤが1回転すると半径数mの範囲には誰もいなくなった。ユーヤはそれをチャンスと捉えた。
「とっとと沈みやがれ!!」
砂に埋もれていた巨大な岩石を、黒いハンマーで打ち飛ばした。勢いよく飛んでいったそれは、既に何発も岩を浴びている海賊船に大きな穴を開けた。それが致命傷となったのか、穴の部分から木材が次々と割れていき、船体は真っ二つになって沈んでいった。
「船が……」
「嘘だろ……」
「……この野郎、よくも!!」
船を沈められたことに怒る海賊達は、ユーヤを取り囲んで一斉攻撃をしようとした。しかし、ユーヤの方が早かった。
「吠え面かきやがれ!!」
ユーヤがハンマーを砂浜に振り下ろす。その瞬間、辺り一帯に地震が起きた。突然の強い揺れに対応出来ず、海賊達はバランスを崩して倒れていく。この時海辺で立っていられたのはユーヤ1人だけだった。激しい揺れの中、這いつくばって逃げようとする一部の海賊に一撃を加え、意識を闇に沈めていく。
やがて地震は収まった。暫く呆然としていた海賊達だったが、直ぐに逃げようと一斉に動き出す。そんな彼らの頭上を、無慈悲な影が通過していった。
「逃がすわけねぇだろうがよ、ど阿呆共が」
先程通過した影の主5体が、海賊達を囲い込むように地上に降り立った。全長5m程で、その身は堅そうな鱗に覆われている。樹齢何百年の大木のような太い後ろ足には、突撃槍の如き大きな爪。対照的に前足は細いが、折りたたまれた膜のようなものがついている。前足というより、蝙蝠と同じく翼に爪があると言った方が正しいだろう。
ライトベルク反乱軍が誇る『竜騎士隊』、その所属メンバーが操るワイバーンの姿が、そこにあった。
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