第6話:銀行の信用
中の様子を見ると改めてその広さを思い知らされた。壁際には5人が一度に座れるほどの長椅子が所々に置かれている。真ん中には木の台を横に長くしたようなものが3辺を囲い、その内側では異様に同じ格好をした男女が客の応対をしていた。
「空いてるカウンターは……あった。行こう、東君」
霞に腕を引っ張られながらカウンターの一角に立った龍斗。向かいにいた黒い上着の女性が事務的な声で応対した。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
無表情で眼鏡の奥から睨むような視線を向けられた龍斗。だが龍斗にはその質問に対する答えを持っていない。お金を預けるという目的は伝えられているものの、具体的に何をすればいいのかまでは聞かされていないのだ。
助け舟を出したのは連だった。
「こいつの口座を新しく作りたい。今までに利用経験はない」
「かしこまりました。少々お待ちください」
どうやらこれが目的らしかった。去り際に、
「後は向こうの言うようにしてね。預金を忘れずに」
と耳打ちしていった。連に向けた視線を受付係に戻すと、ちょうど一枚の紙を出してきたところだった。
「ではまず、こちらの欄にお名前と年齢をお願いします」
龍斗は一本の鳥羽を受け取った。いつの間にか台の上には透明な容器と、金属のような光沢をもつ薄い板が置いてあった。中には黒い墨のようなものが入っている。
(墨と筆、か?)
その前提をもって龍斗は羽の先を液体につけた。垂れないように容器の端で余分を落とし、板に『東龍斗 15』と書いた。年齢は漢数字で書こうとしたのを寸での所で思い留まった。板を見せると受付係は文字を確認し、再び龍斗に返した。
「申し訳ありませんが、漢字名の場合はフリガナをお願いします。読み方が特殊な場合などありますので」
納得した龍斗は漢字の上に『アズマ リュウト』と付け加えた。自分の名字、東と書いて『ヒガシ』ではなく『アズマ』と読ませるのは人名地名だけの特殊な使い方だからだ。
もう一度提出すると、
「アズマ リュウト様ですね」
と確認が入り、返却されることはなかった。続いて彼女が出してきたのは針山と奇妙な水晶。水晶の中では黒い砂のような粒が、水に流れるように渦巻いている。針山から一本の針を抜き、受付係が言う。
「では、リュウト様の血を提供して頂きますので、手を出して頂けますか」
「血、ですか?」
思わず聞き返してしまった龍斗。彼女は至って平静な声で説明する。
「はい。大陸全土のお金の動きを管理する場所なので、銀行と契約者の間には信用がなければなりません。その信用のために、血液を用いた契約を行います。銀行側は預かったお金を責任を持って管理すること、及び必要の際には融資、即ち銀行のお金をリュウト様にお貸しすることをお約束します。リュウト様にはその代償として、通貨の価値を疑わないこと、銀行を疑わないこと、また融資を受けられた場合は、定められた期限までに借りた金額に加え、その1割に当たる額を利息として支払うことが求められます」
龍斗は左手を出した。失礼します、と断った彼女が人差し指に針を刺す。一瞬の痛みの後に出てきた赤い液体を謎の板と水晶に垂らす。すると、板が血を吸収しているのか赤い円の範囲がみるみるうちに小さくなり、とうとう完全に無くなってしまった。同時に板が変色し、薄く緑がかった色になった。水晶の方は吸収される様子が顕著だった。黒い粒子が渦巻く中に赤い血の粒子が混ざり合い、一瞬だけ白く光った。その光が消えると、元の黒い渦に戻り、赤は何処にも見当たらなくなった。
「これで契約は完了となります。お疲れ様でした」
指先に包帯を巻いた後、受付係は事務的な声でそう言った。続いて注意事項を述べていく彼女。
「融資を受けた後、一定期間以内にお金の返済と利子の支払いを済ませなかった場合、銀行口座は閉鎖されます。現金取引以外では一切お金を動かすことは出来なくなりますのでご了承ください」
「現金以外で支払できるんですか?」
「はい。基本的にはカード払いが主流となります。これはリュウト様が物を買った場合、銀行に預けられているリュウト様のお金が、相手の銀行口座に移動するというものです。リュウト様から見ると、数字が増減するだけとなりますが、きちんとお金は動いています。但し商人の中には現金取引しか受け付けないという方もいらっしゃいますので、幾らかは現金をお持ちになった方がいいでしょう」
どうやら大陸ではこの金属板――カードを使って支払をするのが主流らしい。感心しながらカードを眺めていると、突然手中にあったはずのカードが消えた。
「……あの、カード消えちゃいましたけど」
「カードはリュウト様の体内に保管されます。支払いなどでカードを出す場合は『マイカード・オープン』と唱えることで出すことが出来ます。逆にしまう場合は『クローズ』です。またこのカードは身分証明証の役割も持っています」
龍斗は試しに「マイカード・オープン」と唱えてみた。広げていた左手の上で光が弾け、先程のカードが出現した。そのことに感心していた龍斗は、次の用件を思い出し、慌てて受付係に告げる。
「預金ってどうするんですか」
「預金ですね。では、今お持ちの硬貨を預けたい分だけこちらにお渡しください」
龍斗は麻袋の中からお金の入った巾着袋4つを取り出し、自分の腰につけていたものも外してカウンターの上に置く。と、ここで龍斗は説明の一端を思い出す。
「確か現金も幾らかは持ってた方がいいんですよね」
「はい」
即答だった。それを踏まえた龍斗は巾着の中身を幾らか整理した。それを終えた上で改めてお金を預けた。巾着袋を次々とだす龍斗に驚いていた受付係だったが、声を掛けられるとすぐに元の表情に戻った。流石のプロ根性というべきか。
「では預金金額をお知らせいたしますので、少々お待ちください」
しばらくして、眼鏡の受付係が戻ってきた。その表情はさっき会った時と違い、強張っているように見える。少々震える声で彼女が言った。
「ええと、リュウト様の預金金額ですが、10ドルク銅貨7546枚、1000ドルク銀貨639枚、10万ドルク金貨87枚、合計で……941万4460ドルク、です」