第57話:釣れたもの
2/1 タイトル変更、内容もちょこっと削りました。
「タラタラしてんじゃねぇよ、きっちり喰えるもん獲って来い!!」
「分かってるよ!!」
父親の怒鳴り声を背に受けながら、セヴルは掘立小屋から飛び出した。肩に担ぐは、長めの折れた枝に木綿糸を括り付けただけの粗末な釣竿。糸の先についている釣り針も、針金を曲げて作ったものである。こんな釣竿にかかる馬鹿な魚がいるのかと思えるが、餌だけは生きたゴカイという上等なものを使用するので意外にも釣果は良かった。食料調達の中心が彼になったのは自然なことと言える。
この日も彼はいつものように、セルゾア河の汽水域周辺で餌のゴカイを探し出し、良く魚が釣れる場所に向かっていた。砂浜を横切り、磯の方へと歩いていくセヴル。その時、彼の目に見慣れないものが映り込んだ。
「何だ、ありゃあ」
セヴルが見たのは少し大きな茶色の物体。近づいてみると、それは小舟であることが分かった。しかしその舟には帆も無ければ櫂も無い。船の中を覘いてみると、布に包まれた何かが横たわっていた。暫くはそれが何なのか分からなかった。だが正体に気付いた途端、セヴルは釣竿もゴカイも投げ捨てて舟に乗り込み、それに呼びかけた。
「おい、大丈夫か、おい!!」
肩を揺さぶり、懸命に呼びかけるセヴル。その声が届いたのか、それは寝返りを打って目を覚ました。
「おっ、起きたか、良かっ……」
それは、人形のように美しい少女であった。絹糸のようにさらさらとした綺麗な金髪、均整のとれた顔と容姿。自分を映す青い瞳は、さながら宝石のようである。セヴルはそんなことを考えながら、言葉と時間を忘れ眼下の彼女に目を奪われていた。
「あ、あの……」
「え……あ、ご、ごめんなさいっ!!」
少女が声をかけたことで正気を取り戻したセヴル。そして、少女の上に跨っているという現状に気付き慌てて飛び退いた。しかしここは小さな舟の中、縁に足を取られたセヴルは、為す術も無く砂の上へと落ちていった。少女が舟から顔を覗かせ、セヴルの身を案じた。
「あの、大丈夫ですか?」
「まあ、何とか……て、そんな場合じゃない」
セヴルは素早く起き上がると、来た道の先を見据えて呟いた。
「漂流か……取り敢えず将軍かな?」
セヴルは少女を引き連れて、ライトベルクの内陸部トルヌ村に向かった。見渡す限り掘立小屋と農地しか無いという典型的な農村。しかし1軒だけ、掘立小屋よりもかなり立派な木造の屋敷が建っている。大きさも小屋3つ分くらいあるだろう。木製の扉には金属の輪っかを咥えた、同じく金属製の獅子の飾りがついている。その輪っかに手をかけ、扉を叩きながらセヴルが呼びかけた。
「すいませーん!! 将軍、いますかー?」
暫くして扉が開いた。中から現れたのは艶のある黒髪を腰まで伸ばした、白い肌の女性だった。
「あら、セヴル君じゃない。どうしたの?」
「あ、チエさん。えと、将軍に会いに来たんだけど……」
「ああ、あの人なら多分裏の畑じゃないかしら」
チエと呼ばれた人物がそう答えると、セヴルは屋敷の裏手に回った。畑が見えてきた丁度その時、何の前触れもなく足元の大地が揺れた。突然の地震にバランスを崩した2人。少女は直ぐに立て膝の体勢を作りバランスを安定させた。反対にセヴルはどうにも出来ず、千鳥足のままダンスのような動きを取っていた。
直ぐに地震は収まった。セヴルが安堵の溜息をついたところで少女も立ち上がった。辺りを見回すセヴル。畑の中に目当ての人物を見つけた彼は、畑に入らないギリギリの所まで寄って声をかけた。
「おーい、しょーぐーん!! 話があるんだけどー!!」
常人では扱えそうにない大きな鉄槌を振り上げていた男が2人の方を振り向いた。
「――ほう、つまり何か、魚釣りに行って女を釣ってきたのか」
「な、なんてこと言うんですか!!」
勢いよく立ち上がり、男の言葉を耳まで真っ赤にして否定するセヴル。それを見た男は意地の悪い笑みを浮かべた。だがそれも長くは続かなかった。
「とまあ、冗談は置いといてだ。まずはその小娘のことだ」
ハンマーに片足を乗せ、丸太に腰かけている男の顔から笑みが消えた。やや前屈みになり、覗き込むような視線を少女に向けた。男が女を値踏みするようなものではない。肉食獣が獲物を狙っているときの、野性的で獰猛な視線である。それを浴びた少女は軽く身震いした。
「……なんですかこの人は。今にも襲い掛かってきそうな……」
「あーっと、この人は――」
「小僧、てめぇは黙ってろ。……悪いな嬢ちゃん、獅子は兎を狩るにも全力を尽くすもんでね。取って喰ったりはしねぇ。まず、あんたが何故、どうやってここに流れてきたのか、きっちり話してもらおうか」
セヴルの隣に座っていた金髪の少女は少し俯き、重く沈んだ声で訥々と語った。
曰く、自分は北方大陸の出身であること。家族と共に船に乗り、ランドレイク大陸を目指していたこと。その船が海賊に襲われ、占領されたこと……
「……海賊たちに見つからないように船内を移動。そして緊急避難用の小舟を見つけ出したのですが、そこで海賊に見つかって……父と母は急いで私と姉を船に乗せると、小舟を海に下ろしました。そして……悲鳴を聞いた後どうなったかは分かりません……」
涙ながらに語られる壮絶な話に、セヴルはただ絶句するだけだった。ハンマーを持つ男は、いつの間にか煙が立ち上る細い管を咥えていた。少女を見据える視線は獰猛さが消えており、人間味を感じるものに変わっていた。
男が1つ深呼吸をした。息だけでなく、白い煙も同時に吐き出される。
「つーことはよ、流れてきた奴はもう1人いるってことになるな。嬢ちゃんの姉ちゃんが」
「いえ……その姉も、途中で、船が転覆した時に、行方不明に……」
ついに嗚咽が勝り、顔を沈めてしまった少女。困ったように頭を掻きながら、男が呟く。
「やれやれ、こいつぁどうすっかねぇ……」
「まあ、あまり警戒しなきゃいけないような子じゃないんじゃない?」
そう言って現れたのは腰まで伸びた黒髪と雪のように白い肌を持つ女性、チエだった。男は目を見開いた。咥えていた管が落ちそうになるのを拾い上げ、チエに目を向ける。
「なんでぇ、聞いてやがったのか」
「あんたに別の用事があって来たら聞こえちゃってね……北方大陸から来る途中で海賊に襲われ、小舟で逃げてきた。話の筋として不自然な点は無いわね。それに彼女が着いたのは海側。王国からあそこに向かわせるのだったら、まず海を警備してる誰かが見つけてるわ」
「……だな。おい」
男はセヴルに小さな布を投げた。それがハンカチであると気付いたセヴルは、俯く少女の肩を叩いて差し出した。
暫くして、落ち着いた少女はゆっくりと顔を上げた。眉尻を下げて、頭を掻く男が言った。
「あーと、悪かったな。実は今、ここは訳ありで内乱の真っ最中なんだ。王国の方から流民の振りして間諜が侵入しようとしてるんでな、こっちとしてもまずその対策をせにゃならないんだ」
「……いえ、お気遣いなく。内乱の最中でしたら、致し方ありませんわ」
そう言った少女に、チエが尋ねた。
「それで貴女、これからどうするの? 何か当てはあるのかしら?」
「……姉の消息を調べたいとは思っているのですが……何分、身寄りもないし、お金も……」
「なら、暫くここにいたら? 助けが必要なら、ある程度なら何とかしてあげられるし、ねぇ?」
「まあ、事情が事情だしな。それが一番良いだろう」
「い、いえ、そんな、ご迷惑をお掛けするわけには……」
困惑した様子の少女に、チエが冷静な意見を言った。
「それに、もし貴女が焦って何処かに行って、貴女のお姉ちゃんと入れ違いになったりしたらどうするの? 焦らず、落ち着いて、しっかり準備してから動けばいい。でしょ?」
そう諭された少女は頷くしかなかった。その返事に満足したチエは少女に頷き返す。
「本当に、有難う御座います。それと、貴方も。助けて頂いて有難う御座います……あ、申し遅れました。私、ミーア・フォルデント・マーティスと言います」
「え、あっ……いや、俺何もしてないから……あ、そ、そういや名乗ってなかったな。おお俺はセヴル。しがない農家の息子だよ。よろしく」
「あたしはチエ・S・ヤマモト。よろしくね」
黒髪の女性、チエは名乗った後に男を指差した。
「で、あれがウチの亭主の……」
「ユーヤ・T・ヤマモトだ。一応ライトベルク反乱軍の将軍と呼ばれてる」