第56話:忍の定石
「早速だが、ライトベルクの内乱を平定せよ」
翌日、謁見の間に呼び出された龍斗は玉座に座る女王エルペローゼから命令を受けた。この場にいるのはエルペローゼと龍斗の2人のみ。立て膝で控える彼は眉を顰めた。
「……詳細をお願いできますでしょうか」
「お前がレーナお姉様の実子であることは昨日確認した。しかし、未だにそれを信じておらぬ者も多い。王国にとって王族というのは非常に重要なものでな。血縁関係があるからといって易々と認めるわけにはいかない。そこで、王族に相応しい力量を持つのかどうか、試すことにした」
「それが、ライトベルクの平定……」
「そう。19年前に占領されて以来続いているこの内乱を抑えたとなれば、非常に大きな成果だ。どんなに力のある貴族であってもその力量を認めるしかあるまい。全員がお前の存在を認め、賞賛するだろう」
龍斗は一切表情を変えなかった。そのまま彼は、自分が1晩考えて出した結論を話す。
「有難いお話ですが、王族入りなどというのはあまりにももったいない話です。私は王国騎士団に入ることを目標に武闘大会を戦ってきました。それ以上の事は望みません」
この言葉を聞いて一瞬口を歪めそうになったエルペローゼ。しかし自分たちの策を思い出し、首を振って表情を引き締めた。
「お前がそれでよくとも、こちら側はそうはいかない。曲がりなりにも王家の血を引いているのだ。野放しにするわけにはいかない。それと、恥さらしになるが、王国の貴族とて一枚岩ではない。王権を奪って国を支配したいと考える輩がどれほどいるか分かったものではない。そういう人物にとって、お前は喉から手が出るほど欲しい存在なのだ。『お前を王にすることが、この国の正しい在り方なのだ』と大義名分を立てて国を乗っ取ろうとするだろう。そんなことになったらこの国は終いだ。お前が力量を示すことはそういう輩に対する牽制にもなるのだ。奴らの目的は国の実権を握ること。だから『無能な王を立てて自分が権力を握る』という構図を立てている。お前が有能ならば、『お前を王に仕立て上げても実権は握れない』と断念するだろう」
何かを考え込むような様子の龍斗。エルペローゼの言葉は更に続く。
「それにこれは、お前の為でもある」
「私のため……ですか?」
「このままだと、ペルノン男爵のようにお前を認めようとしない連中の中からお前の命を狙う者が現れるだろう。実際、面倒な事になる前にその火種を潰すべきだという意見もあってな。私の、つまり現代国王の命令を遂行したとなれば、国王に忠実で有能な人物という印象を与え、そういう輩を抑えることが出来る」
龍斗は顎に手を当てて考えた。どうするのが一番良いのか。その表情は、先日の公爵としてのウォルトンとよく似ていた。
(内乱の平定……何故それを俺に? 何を考えている……いや、その前にこれはどうするか。受けずに殺されるのを待つか、どっかに逃げるか。……追手が来るな。俺はともかく、義妹達にはきついだろう……受けるしかないか。最初から選択肢なんてないな……だが、せめて俺に有利なようにしたいな……)
龍斗は静かに目を開け、女王を見据えた。そして、1つしかない答えを告げる。
「委細承知。なれど、1つだけ条件を付けてよろしいでしょうか」
「……何だ?」
「その反乱の平定に関わる全権、私に預けて頂けますでしょうか」
女王はしばしの沈黙を置いた。その間に、龍斗が出した要求の内容を噛み締め、問題が無いかを確かめる。そして結論が出た。
「……構わぬ。平定に必要なことは全てお前に任せよう」
「聞き入れて頂き、有難う御座います。任を受けたからには、全身全霊を捧げ全うする所存」
「うむ、良い報告を期待しておるぞ。して、兵力のことだが、騎士団から2000程――」
「お待ち下さい。何故いきなり兵力などと」
龍斗が急ぎ言葉を遮った。エルペローゼは理由が分からず首を傾げた。
「何故って……戦に武力は必要不可欠だろう」
当然だと言わんばかりの女王に、龍斗は飽きれたように力を抜いた。
「……戦において、確かに兵力は必要です。ですがその前に、重要なことがあるのです」
「兵力よりも大事なこと?」
「はい。まず何よりも必要なのは『情報』です。敵側の戦力や能力、地理、状況……ありとあらゆる情報を集め、それを基に用いる兵力や戦略を決める。それが定石ではないのですか?」
エルペローゼには返す言葉が見つからなかった。どうやら彼女の中にそういう考えはないらしい。そう悟った龍斗は首を横に振り、諦めたように声を出した。
「……まあいい。内乱平定に関する全権は頂きましたので、私のやり方でやらせて頂きます。では、失礼」
「え、ま、待って!!」
話を切り上げて立ち去ろうとする龍斗。エルペローゼは慌てて引き留めた。
「情報って、どうするつもり?」
「どうって……草をやるんですよ」
『草』とは敵地に潜入し情報を収集、伝達する人間のことを指す。『間諜』『スパイ』『密偵』等とも呼ばれるが、表立って口にするのは憚られる存在であるが故にパッと聞いただけでは分からない言葉、隠語を用いるのである。
「草だと……!! 無理だ。何回も送ろうとしたけど、まずライトベルクにすら入れなかった!!」
「策は幾つか用意してあります。それに、全権は私にあるのですから」
再び言葉を失った女王。だがここで彼女は、ある可能性を思いついた。
「……お前が反乱軍側に寝返らない確証は無い。それに城から出ていったきりどこかに逃げるかもしれない。行かせるわけにはいかんな」
「ならば契約しますか? 陛下の信用とこの命を質に、全権を預かると」
「……『騎士の誓い』が無効だったのを忘れたか」
「それは血縁のある一族の中においては主従関係が成り立たないということでしょう。上下関係ではなく、対等な立場の者同士の契約なら、血筋に関係なく成立するでしょう」
「――という訳で女王陛下との契約がなされたわけだが」
「……正直、何か裏があるように思いますが……」
ミーアが率直に苦言を呈した。隣にいるレイアも、同意とばかりに首を縦に振る。
「……まあ、後から冷静に考えてみたら厄介払いかもしれんが……受けたものは仕方ない。失敗したらその時は、この国を去るだけだ。さて、2人共。準備は良いか」
「今回の作戦の全容は把握しております」
「龍斗様の為、全身全霊で仕事させて頂きます」
太陽が沈み、夜の帳に包まれた頃。兵士の巡回ルートから外れた王城の庭で、龍斗とマーティス姉妹は作戦内容について最終確認をした。2人の顔を見て決意を感じ取った龍斗は頷いた。
「よし、じゃあここからは別行動だ。くれぐれも情報に惑わされるなよ」
『我に光を、『蛍光』。其の速きこと風の如し。我走るに大地を欲さず。即ち我宙を駆けんとす、『天駆翔走』』
仄かな光を宿した3人は、それぞれ別の方向に宙を駆けていった。
「内乱平定、引き受けてくれて何よりだな」
「ええ、まあ。ただ……予想外なことが幾つか。契約に命を賭けると言われた時は冷や汗ものだったわ。私が奴を殺そうとしているって言われかねないもの。それについては、『完全に王国を裏切った時』ということで誤魔化しておいたわ」
時を同じくして、王宮の中。執務室の中にて、エルペローゼとウォルトンが密談をしていた。シャンデリアの無い執務室には、大きな窓から明かりが差し込んでいる。その光源たる月を見上げながら、ウォルトンは呟いた。
「さて……奴はどうするのか。お手並み拝見だな」
エルペローゼは首を横に振り、口を閉ざしたまま部屋を出ていった。その様子を見て肩を竦めると、ウォルトンもまた後を追うように退室した。
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さて、ここまで来たらそろそろ章分けをしたいと思います。主旨が出てきましたからね。