第54話:首飾りは知っていた
「1つだけ、王家との契約が成立しない場合がございます……それは……同族間において、契約を結ぼうとした場合」
「なっ!?」
「それは!?」
「……つまり、『彼が王族の血を引いている場合』、『王家の者である場合』、ということです」
「何だと!?」
「そんな馬鹿な!!」
「あり得ない!!」
「……どういうことだ?」
「……龍斗様……」
金糸銀糸を煌めかせながら、貴族達が怒号を飛び交わす。龍斗は顎に手を当てて眉を顰めるのみ。マーティス姉妹は困惑した表情でその背中を見守ることしか出来なかった。収拾のつかない騒がしい事態を治めたのは、手を叩く乾いた音1つだった。
「そこまで。お前達が言い合いをしていても何も始まらん。当の本人に色々聞きたいこともある……良いか?」
「構いませんが……そちらのご期待に沿えるかどうかは、私には判断しかねます」
「良い。その代わり、嘘偽りを申すでないぞ。その場合、偽証罪でお前は投獄だ。そのことを忘れぬよう」
こうして、女王エルペローゼによる龍斗への尋問が始まった。
「まず、お前の出身はランドレイク大陸ではないな? 稀に見かけるが黒髪や黒目……そのような特徴は本来大陸には無いものだ」
「はい。確かに私は大陸出身ではございません。私は大陸の隣にある島国、大和で生まれ、そして15まで大和で育ちました」
「ということは、両親ともその大和人か」
「いえ……父は大和人でしたが、母は、恐らくこの大陸の人間かと」
「馬鹿な!! あり得ぬ!! 何を根拠にそんなことを!!」
左の列の真ん中あたりにいた貴族が声を上げた。よく見ればその顔は、国への忠誠がどうこうと言っていた人物だった。龍斗は声に臆することなく、淡々と言葉を続けていった。
「大陸には元来、黒髪黒目という特徴は無いとの仰せでしたね。それと同じで、大和には黒、良くて茶色以外の髪や目の色は存在しません。しかしながら私の母は金髪、そして青い目を持っていました。大和には存在しないのなら、他所から流れ着いたと考えるのが自然でしょう」
「だがそこにはトリトン海流がある!! 大和から大陸へならまだしも、その逆は無理だ!!」
「私が大陸に漂流してから、オリジア等の街で聞いた話ですが、そのトリトン海流とやら、数百年に1回程度の割合で流れが止まるとのこと。もしその時に大陸から大和へと渡っていったのなら辻褄は合います」
「そんな都合のいい話が――」
「ですが、私の母が大和とは違う異国の出身であることは間違いようの無い事実です」
「だが――」
「落ち着け、ペルノン男爵。話が進まぬ……それに、全くあり得ぬわけでもない……」
ペルノン男爵と呼ばれた男は、まだ何か言いたそうにしていたが、女王の目を見て引き下がった。
「して、その母親は?」
「私が大陸に来る1年前に、土砂崩れに巻き込まれ帰らぬ人となりました」
一瞬、沈黙が場を支配した。しかし直ぐに女王が口を開く。
「む、それはすまんかった。しかし、そうなると母親がどのような人物か、王家に関わりのある者なのか知る術がないな」
「そうでもありませぬぞ」
また別の貴族が名乗りを上げた。女王の目がその者を見据える。
「どういうことだ?」
「魔法の1つに記憶を探るものがございます。もしその人物が愛用していた、常に身に着けていたというような品があるならば、あるいはその者の記憶を持っているやもしれませぬ」
「……物に記憶があるのか?」
「……なるほど、それは妙案かもしれませんね」
肯定したのは龍斗だった。
「大和には『付喪神』と申しまして、長い間使われた物には神が宿るという教えがあります。ご神木や岩などは、自身の霊力を以て記憶を蓄えているという話もございます。この世のものすべてに魔力がある、魔力を以て記憶しているとしたら、あるいは可能かと」
「ふむ、では試してみるか……して、お前の母の持ち物はあるのか?」
「はい……レイア、あのネックレス、あるか?」
「はい」
レイアは首の後ろに手を回し、黄金色の鎖を外した。服の中、胸元に垂れていた分を両手で手繰り寄せ、龍斗に手渡す。
「母がいつも身に着けていたネックレスです」
鎖の輪を繋げ直し、両手に引っ掛けて宙にぶら下げた。貝を象った飾りが小さく揺れる。その瞬間、貴族達、いや女王にも動揺が走った。
「金珠貝の首飾り!! これは、王家のご息女の為だけに特別に作られるものでは……!!」
「!! ま、まさか……」
「……では、失礼……時の神クロノスよ。汝は時を司り、過去の全てを知る者なり。今我は望む、彼のものが過ごせし時を。我は望む、彼のものが経た過去を。我が望みしもの、汝の力を以てここに具現せよ、『記憶解読』」
貴族が懐から杖を取り出し、先をネックレスに向けて呪文を唱えた。淡い光がネックレスから宙へと伸びる。一定の高さ、一定の大きさに広がったそれは、春闘の時に見たのと同じようなスクリーンとなった。しかしそこに表示されたのは、勝ち残りのトーナメントでも、試合の進行状況でもなかった。最初に映し出されたのは、エルペローゼと面影が似ている女性の顔。直ぐに貴族の一部、そしてエルペローゼから反応があった。
「ローゼリーナ王后様……!!」
「お母様……!!」
「……申し訳ありませんが、この方は?」
龍斗は直ぐ近くにいる、魔法を発動させた貴族に小声で聞いた。最初は眉を顰めたが、異国出身であるということを思い出し小声で返した。
「あれはローゼリーナ王后様……現代国王、エルペローゼ陛下と、陛下の姉、フェルミレーナ殿下の御母上で……」
ローゼリーナなる人物が画面から消え、代わりに金髪、青い目の小さな少女が現われる。
その後は映像を早送り、ある程度飛ばしながら映像を見た。小さな少女は何かとこのネックレスを覗き込むことが多かったらしく、その度に見える顔が段々大人びたものに変わっていくのがよく分かった。それと共に、龍斗の目が、エルペローゼの目が、貴族達の目が徐々に丸くなっていく。
「これは、母さん……の、若い頃か?」
「何ですって、レーナお姉様!? なんで、あの時死んだはずじゃ……!!」
「フェルミレーナ殿下だ……」
次に映ったのは赤と黒に染まった部屋。揺れる画面で分かりにくいが、どうやら何かから逃げている様子だった。時折映るフェルミレーナの顔に焦りが見える。その周りにいる数人もかなり慌てて走っているようだった。
「これは、一体――」
「……20年近く前、この城に賊が侵入、あちこちに火を放ち、城内を荒らし回った。城内は戦場となって混乱、王族は勿論城外へと逃げ延びたんだが……その際にフェルミレーナ殿下が消息不明になった。何度も捜索したが何の手がかりも掴めず……結局、フェルミレーナ殿下はこの件で死亡という扱いに……」
その後フェルミレーナは誰かと交渉し、海を渡って何処かの街へ。更にそこから何らかの手段で海を渡り、一旦画面が真っ暗になった。暫くした後、画面には白い砂浜が広がった。やがて砂から青い空に変わり、画面より少し上を見るような角度で黒髪の男性が現れた。
「……父さん……!!」
そう呟いた龍斗に全員の注目が集まる。
「これが、お前の父親か?」
「ええ、私の父、東遼一です」
そこから暫く遼一が映る場面が続き、次の場面では黒髪の赤ん坊が映し出された。全員の視線がまた龍斗に集まる。
「この赤ん坊は……」
「ええ、まあ、私でしょうね」
映る赤ん坊は成長していき、更にもう1人、黒髪の女の子の赤ん坊が増える。質問される前に龍斗が答えた。
「あれは妹の美夜ですね」
赤ん坊の成長が進み、やがて、やや幼い面影を残すものの、現在の龍斗とよく似た顔つきになっていった。女の子の方も髪の長い、明るい顔の大和撫子に成長した。
その次の場面は、土や壊れた木材ばかりが映っていた。画面の下側から、徐々に赤い液体が広がっていく。
「……これは?」
「大体3年前、ですかね。家が土砂崩れに巻き込まれまして……父、母、美夜の3人が亡くなりました」
「何と……!!」
「そんな!!」
「……そう……」
それ以降の記憶は、龍斗が形見として麻袋に入れ、そして大陸に来てからの事だったので、記憶を見るのはこれで打ち切りとなった。
「……これが、この、金珠貝の首飾りが持つ記憶です……」
「記憶というより記録と言った方が正しい気がいたします。あまりにも無機質な映像でしたので」
記憶、もとい記録を見た後、謁見の間は非常に重苦しい空気に包まれた。それでもなお、納得できないペルノン男爵が口を開く。
「ぐうぅ、しかし……お主にはフェルミレーナ殿下と似た所が無い。髪も黒じゃし……やはり殿下の血など引いておらぬのではないか?」
「あなた方がフェルミレーナと呼んでいたあの人は正真正銘私の母です。誕生の瞬間も見ていたでしょう。ならば後、何を以て母の血がこの身に流れていると証明すればよいのですか?」
「……『紫龍眼』」
龍斗の問いに答えたのは、男爵ではなく女王だった。彼女の言葉は続く。
「王族、それも直系の王家と認められる者には『紫龍眼』という特徴がある。血の力で目の色が変化するのだ……こんな風に」
エルペローゼは数秒目を瞑り、瞼を上げて龍斗を見据えた。先程まで青かった目が、紫色に変化していた。
「これが発動するのは直系の血を引く者の内、現代国王から見て3親等以内の者に限られる。現代国王は私、そこから考えるとお前は3親等目。我ら一族の血を引いているのなら、お前にもあるはずだ」
「そうですか」
龍斗は女王と同じように目を瞑り、再び開いて女王の目を捉えた。魔力を湛えたその目の色は、女王と同じ紫色に変化していた。
「『紫龍眼』が……発動してる!!」
「紛れも無く、王族の血を……フェルミレーナ殿下の血を引いている……」
……19年前に失われたはずの血縁は、長い時を経て今ここに復活した。
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読んで下さる皆様、本当に有難う御座います。
……しかしこうなると少し怖いですね。自分なりに考えた上で自身持って今のシリーズ書いてますが、読者はどう判断するか……まあ、始めたのは仕方ないので突っ走るしかありませんね←
拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。