第51話:王城へ
人の噂も75日――どんな噂も長続きせず、自然に消えていくという 諺だが、エルグレシア王国の熱気が冷めるのはその何倍も早かった。龍斗が姉妹の元に戻ってきたのは、春闘の決勝戦が終わった次の日。更にその翌日までは街中が決勝戦の興奮に包まれ、お祭り騒ぎとなっていた。誰のどの試合が良かったか、誰の試合がどうだったか、誰と誰の試合を見たかった、等々春闘に関する話題には枚挙にいとまがないほどだった。
だがその次の日になると空気は一変、春闘の影は欠片も見当たらない、通常運転の日常に戻ってしまった。ある宿屋の主人は言う。
「『歴史に名を連ねたいなら民に名を刻め』つってな。この通り王国の民は熱しやすいが飽きも早い。そんな連中が忘れられないほどでかい事をやれば歴史に名を刻むことが出来るって教えだが、同時に、有名人になるのはそれだけ難しいんだってことよ」
「……まあ、俺には有難い話だけどな。【水精の天馬】なんて異名はいらん」
「龍斗様が春闘で披露された技を鑑みれば妥当ですよ」
「ミーア、もう時効でいいだろ。出来れば聞きたくない」
「あら、そうですか? ペガサスなんて中々可愛らしい、メルヘンチックで良いと思いますが」
「……レイア、お前いつから言葉の棘に磨きをかけてる……」
石畳が敷かれた真っ直ぐな街道の上を行く馬車の列。その内の1つに龍斗とマーティス姉妹は居た。何時もなら道の上には人が溢れ返り、馬車が通る隙もないのだが、この日は馬車を見た途端に誰もが道の端へと避けていく。王冠を被った獅子の姿が、金糸銀糸で馬車の四面に刺繍されている。エルグレシア王国内におけるそれは王家の紋章を意味している。ここは王都セトレア。その意味を知らない者はいない。故に誰もが自然と道を開けるのだ。
この日馬車に乗っていたのは春闘に参加しベスト16以上に残った者、即ちエルグレシア王国騎士団入団の資格がある者達。騎士団員叙任式のため、セトレア城に招待されたのだ。棄権したとはいえ龍斗はベスト8、十分に入団資格がある人物である。元々入団するのが目的であるため、二つ返事で招待に応じた。マーティス姉妹に入団資格は無いのだが、龍斗が従者みたいなものだと説明すると、あっさり同行が認められた。
「しかし、面白いもんだな。紋章1つで街の様子がこうも変わるか」
「国王家の紋章とは、いわばこの国の全てを代表するものであり、この国の象徴ですから」
レイアの説明に感心しながら窓の外を見ている龍斗。ミーアはふと思いついたことを質問した。
「龍斗様の国……大和には国王はいらっしゃらなかったのですか?」
「国王なんてのはいなかったな……それに相当するとしたら帝か? ああ、帝ってのは、この世を創造された神の系譜を継ぐ一族で、その昔は世界の全てを支配してたらしいが」
「神の系譜、ですか……怪しい話ですね。神が人として生きているなどというのは」
「レイアの言い分も分かるが、そういうことになってるんだから仕方ない。ただ、その神の威光ってのも時間と共に力を失ってきてな。今は実力――武力の最高位、征夷大将軍が国を治めている」
「えっ、人間の武力に、神の力が負けたんですか!?」
驚きのあまり口に出したミーア。レイアの方も目を丸くしている。それに苦笑しながら龍斗は言った。
「大陸での神や精霊は魔法を行使する時に力を貸してくれる存在、現象を起こせるだけの、人を凌駕する絶対的な力を持つ存在のようだしな。魔法というものを見つけ、それを神の力と看做した。そして自然を支配することも可能となった。悪い神が災害をもたらせば、別の神の力を借りて治めるといったところか」
龍斗の言葉に姉妹が頷く。ランドレイク大陸出身ではない彼女達だが、何処の大陸のどんな宗教も、根本的な考え方は変わらないとのこと。
「けど大和には魔法という概念がない。だから自然の支配なんて出来ない。だから、自然現象を神の所業と看做し、そういうものだと受け入れることにした。神の力を人が支配するなど出来ないってな。あらゆる物事が神の所業になり、その度に神や仏やと呼ばれる存在の数も増えていった。ついには『付喪神』つってな、長年大事に扱ってきた道具には神が宿るとも言われた。要するに、大和の人間にとって神という存在は身近なものになっていったんだ。神の系譜を継いでいる一族が絶対的な力を持っているわけじゃない。だから神の存在が身近になればなるほど、その影響力も自然に下がっていったんだ」
姉妹は少々理解しにくい様子だったが、そもそも魔法が無いからという根本的な部分があることで何とか納得したようだった。
「今思うとそういうところも関係あるかな、こっちじゃ神様に何かしてくれって願うのが当たり前だが、大和では神はお願いするもんじゃないって言われてた。何かが起きたら神のお陰、だからな……と、どうやらそろそろ到着らしい」
ほんの少しの間だけ、窓の外が一色に染まった。それは巨大な石壁だった。高さは龍斗の身長の倍ほどもあり、その厚さは馬車1つ分とほぼ変わらない。石壁を抜けた先には、緑の芝生が辺り一面に広がっていた。その真ん中にある整備された土の道路を進んでいく。その道の終着点はただ1つ。無機質な白い石を積み上げただけだが、街の何処にある建物とも比べ物にならない豪華さを感じる。街にある一番古い建物、闘技場を上回る荘厳さと圧倒的な存在感。
「ほう、これが、この国の王が住まう城……セトレア城……」
馬の嘶きと馬車が止まった時の振動を感じるまで、3人は雄大な白亜の城に魅入っていた。
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ユニーク12800人、
本当に読んでいただいて感謝、感謝です。
一応新章になりますが、ネタバレしたくないので暫くは章分けしないつもりです。……内容の予測がついてから読んだって面白くないじゃない←
ところで、何で宗教観の話になったんでしょう? ねぇ、お三方?←