第44話:事後処理終了
青い髪の男が去った後、第2ホールにはまだ4人の元奴隷が残っていた。緑色の髪を持つ大男、彼は第5試合の時に斧を振り回していた者である。その横に並ぶのはフード姿の2人。片方は箙と呼ばれる矢を入れるための籠を背負っている。となればもう1人の方がダガーを使っていた方だと簡単に予想がつく。極めつけはローブ姿の赤い髪を持つ少年、その身長とほぼ同じくらいの長さの杖を持っていた。
「あんたらも、もう好きにしていいぞ」
未だ解放されたことに実感が無いのかと思い、龍斗がそう言った。だがそういうわけではなかったようだ。
「いや、それは嬉しいことなんだが……その……」
「僕達、解放されてもどうする事も出来ないというか……」
「どういうことだ?」
言葉を濁す両端の2人に、怪訝な表情を見せる龍斗。4人共が気まずい雰囲気になる中、やがて少年が諦めたように溜息をついた。
「ハァ……驚かないでもらえますか?」
そう前置きすると、少年と大男はそれぞれ隣にいる者のフードを外した。その顔が露わになった途端、一歩後ろでマーティス姉妹が息を飲む音が聞こえた。龍斗も流石に目を見張った。
(まさか……)
箙を背負っていた方は少女だった。赤みがかった栗色の髪はショートカットに整えられ、ぱっちりと大きな目は緑色をしている。そしてその額には、円錐形のこぶのような物、角と呼ばれるものが存在していた。
ダガーの方は少年だった。龍斗と同じ黒い髪に、獣のような瞳の色も黒だった。しかしその頭には、黒い三角形の者が2つ、せわしなくあちこちに向きを変えていた。それはどう見ても動物の耳である。
龍斗は記憶を探っていた。そのような姿を今までの人生の何処かで見たことがあると。やがてそれが何だったのかを思い出した。伝承をまとめた、簡単な絵の中である。思わず口から漏れていった。
「鬼に……犬神?」
「俺は犬じゃねぇ!! 狼だ!!」
その呟きを拾った獣耳の少年が牙を剥いた。角のある少女はその声に驚き少し涙目になっている。大男が獣耳少年を抑えに入り、残る魔術師の少年が説明した。
「彼女はマルム、14歳の少女で鬼人族です。獣耳の少年はガロウ、同じく14歳で狼の獣人族。ガロウを押さえてる男はジャック、53歳のドワーフ族。かくいう僕はハーフエルフのベン。実はこれでも20歳です。……私達は皆人間族じゃない。『亜人』なんですよ」
――亜人。人間に近い容姿を持ちながら、人とはまた違う種族。そして人間には無い特殊な能力を生まれつき持っている種族の総称。
「その内の4種が今ここにいるんですよ。まあ、僕は半分だけですが」
「……亜人、か……」
「……以外に反応薄いですね。普通は皆さんもっと驚くんですが。後ろのお2人さんのように」
大して表情を変えず、口元に手を当てて考え込む龍斗に思ったことをぶつけたベン。龍斗はその声に気付いて応答した。
「いや、驚いてはいるが、元々顔には出さない性質でな。……それに……そう呼んで良いのかわからないが、多分俺は既に亜人を知っている、かもしれない」
「ほう、そうなんですか」
「1つは大和……故郷で見た伝承をまとめた本の挿絵。妖怪の姿として描かれていた中に鬼や犬神ってのがあった。それはその少年少女と似たような姿だった」
「俺は犬じゃねぇつってんだろ!!」
ガロウがキレて騒いでいるが、誰も相手にしなかった。
「1つはオリジアだ。友人が警備隊に勤めてるんだが、今思えばその仲間に、亜人がいたんじゃないかな。それともう1つ」
龍斗はここで言葉を切った。眉間に皺を寄せ、額に手を当てている。その様子に首を傾げる4人。暫くして龍斗が言った。
「もう1つ……物憑き、病みたいなもんだが、それに負けた者の成れの果て」
『――!!』
マーティス姉妹は息を飲んだ。対して4人は訝しげな表情になった。龍斗と同じように眉間に皺を寄せている。
「……病で亜人になる? 聞いたことないなそんなの」
「ええ。亜人というのはれっきとした種族です。突然変異種だとか病の後遺症だとかじゃない。人間がそうであるように、亜人という種族なんですよ」
「ム……分かった。すまんな、この話は忘れてくれ」
首を横に振った龍斗。もしかしたら、物憑きについて何か分かるかもしれないという龍斗の期待は外れた。龍斗は気分と共に話題も変えた。
「そういや、さっきの解放されてもどうしようもないってのは?」
「……ご覧の通り、亜人は人間と違う特徴を持っています。それ故に何処に行っても奇異の目で見られます。人間は人と違うってのに敏感ですから。何処に行ってもあまり良いようにはならないんですよね」
「そう、だから亜人の集落を出ていっちまうとほとんど職に就けない。けど……オリジアで働いてる奴がいるのか、そこには望みがあるかもしれねぇ」
「それならあたし、道分かりますよ!! 途中には鬼人族の集落がありますし、砂漠の中には亜人のオアシスがあるって話も」
「なるほど……よし。すみません、貴重な情報有難うございます。僕達は取り敢えずオリジア方面に向かいます」
「そうか、じゃあ元気でな」
口々に礼を言いながら、4人はホールから出ていった。その途中でガロウが立ち止まり、龍斗の方を振り向いた。
「……狼族は受けた恩は必ず返す。何かあれば力を貸す」
それを聞いた龍斗は鼻を鳴らした。
「頼めることがあったらな、犬っころ!!」
「犬じゃねぇよ!! ちっ!!」
そう叫んだ後、先に行った3人を追いかけるように走っていった。その時、第6試合の終わりを告げる進行役の声が聞こえてきた。
「さて、後2試合見ときますかね。行きますか」
『はい』
そして第2ホールには誰もいなくなった。
会話ばっかりでした。