第43話:事後処理 3
「さて、一番の山を片付けたところでだな」
龍斗は残る20人の奴隷を見渡した。実際に戦ったことのある者以外はその顔を見て再び固まった。今は普通の無表情だが、つい先程まで人を人とも思わぬ非情な顔、死すら生ぬるい罰を何でも無いように与えた冷酷さを披露している。いきなりそんなものを見せつけられて平気でいられる人間は少ない。まず抱くのは恐怖であろう。
そんな恐怖の対象が命令した。
「んじゃあ残ってる全員、目を瞑って手の平を上に。そのまま待機で、手に何か乗せられたらしっかり握るように」
マーティス姉妹にも手伝ってもらい、龍斗は彼らの手に何かを置いていった。何も見えないという恐怖を抱きながらも主の命令に従う20人。全員が終わったところで、龍斗は目を開けさせた。
「さて……盟約神ミスラ、契約神ヴァルナの名において、我彼の者達の束縛を望まず、『解放』」
龍斗の体を中心に展開された魔方陣から、白い糸のようなものが10本伸びている。それを導火線に、龍斗の体から10個の白い光球が女性たちの元へ進んでいく。やがてそれは彼女達の胸の中へと消えていった。
呪いによる束縛は相手の魂の一部を取り上げる契約だという。故にその契約を破棄するには、取り上げた魂を返せば良いのだ。
「レイア、ミーア」
『はい』
呆然とする奴隷達の前に龍斗、レイア、ミーアの3人が対峙した。
「其の速きこと風の如し、辻に吹きて斬り裂かん」
『風の精霊シルフよ、その風を我に与えよ。風の刃を与えたまえ』
呪文は違えど効果は同じ。同時に魔法が発動した。
『鎌鼬』
奴隷達は通り過ぎる風を感じた。攻撃魔法を向けられたために思わず目を閉じる。しかし、風によって作り出された真空の刃は、彼らの命を狩ることはなかった。狩ったのは、彼らを縛る『拘束』の源。
「……無い……手枷が、手枷が……!!」
目の前で起こったことが信じられない、驚きと喜びとで興奮が増していく元奴隷達。龍斗はその様子をただ無表情のまま見つめていた。
やがて彼女達は次々と第2ホールを出ていった。始めはやたら感謝の言葉を述べていたり、手に握らされた物、金貨2枚を畏れ多いと龍斗に返そうとしたり、少々騒がしくなったのだが、龍斗が全く応じなかったので直ぐに治まった。今残っているのは、第3回戦第5試合で戦ったあの5人だけ。
『本当に、有難うございました!! そして本当に申し訳ありませんでした!!』
全員が頭を下げるその様子に龍斗は苦笑した。
「顔上げて下さい。情けは人のためならず。人のためじゃない、自分のためにやったことですし」
「と、言いますと?」
青い髪の男が疑問を返す。
「なに、簡単な話ですよ。自分は奴隷など集める趣味は無い。持ってても意味がないから解放したんです。ま、ただ解放しても生活していけないから幾らか渡しといた。それだけです」
「……なるほど」
何やら考え込む様子の男に、龍斗は微笑を浮かべながら言った。
「まあ、でもあんたら相手は正直苦労した。奥の手使わないといけなかったし。心理的には負けた気分だ……特にあんたは格が違った」
「……恐悦至極。強制とはいえ数年間共に戦った仲ですので、それなりのチームワークがあるのですよ。皆、元は力のある冒険者だったとかいう話は小耳に挟んでおります。それと私の場合、格というよりも鍛え方が違ったというだけです。……私は元々、オルドラン家私軍の一兵卒でしたから」
その事実に誰もが驚いた。苦笑しながら男が続ける。
「私がまだ軍に入って間もない頃、ポツンと1人膝を抱えているあの方を見つけたんです。今でこそ悪評だらけですが、昔は長兄次兄よりも出来のいい子と言われていたんです。お2人はそれが面白くないので、弟君に冷たく当たり、あまつさえ暗殺まで企てたとか」
確証がないためにどうする事も出来ず、護衛としてこの男が始終傍についていたという。次第に言葉を交わすようになり、その仲は友人関係と呼べるまでになった。
「ある日言われました。『血の繋がった兄が俺を殺そうとしたことがある。信じられるのは唯一の友であるお前だけだ。死ぬまで俺を守ってくれ』と。私はそれを了承しました。そしてそれを実行するために自らあの方の奴隷となりました。軍属では何時配置換えされるか分かりませんしね。……あの方の蛮行も、元は兄たちから身を守るためのカムフラージュでした。いつの間にかそんな幼い頃の事をすっかり忘れて、ただの愚か者になってしまいましたが……」
「……愚者の振りをする有能な統治者の話は、祖国大和で幾つも聞いたことがある。だがそのまま愚者に成り下がるとは、本末転倒だな」
ええ、と一言呟いた青い髪の男は姿勢を正して龍斗に向き直った。
「ですので、1つお願いがあります……私があの方の下に戻ることをお許し頂けませんか? こうなった今、せめて私だけでも……それに私は、友人の頼みを反故に出来るほど厚かましい性格ではありません」
しばしの沈黙の後、龍斗はゆっくり首を振った。
「それを決めるのは俺じゃない。既に俺は全員を解放した。もう奴隷じゃないんだ。自分の意思で動く自由がある。自分がどうするかは自分で決めてくれ。ただ……それは奴にも当てはまる。あんたが付いていてなお奴が望むのなら……」
「……承知しております。本当に、有難うございました」
深く龍斗に一礼した後、男はホールを出ていった。
「あれは蜘蛛の糸かね? 過去を思い出したところで、良心の呵責が更に拍車をかけるかもしれんな……まあ、俺には関係の無い話だ」
実際、遠くない未来の話、ヴァンサードは龍斗の元を訪れることになる。